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第五章 渼帝国のお市
第六十七話
しおりを挟む市と久実の結婚が決まり、白薔薇宮殿は喜びに包まれた。異界からの姫君は、必ずこの白薔薇宮殿で一度、結婚式を挙げる決まりとなっている。ここでの式は仮式となり、王子の国で行う式が、本来の結婚式だ。彼女らの仮式は同時に行うことになり、宮殿内は、その準備で華やかな装飾が施されている。侍女達は、パタパタと駆け回り、衣装や装飾品を持った商人たちの出入りも激しくなった。この世界では、男が女の花嫁衣裳を選ぶ決まりとなっているので、晧月はらしくも無く頭を悩ませた。ーーザァブリオは、悩み過ぎで知恵熱を出した。
結婚式まであと僅かという時……市と久実は、久しぶりに、二人だけでお茶を楽しんでいた。
「それにしても、本当に良かったのですか?」
「え?」
市の問いに、久実はこてんと首を傾げた。持っていたカップをソーサーに置き、市はずいっと身を乗り出す。
「だから……ざぶ殿のことです。本当にあのような殿方がお相手で良かったのですか?」
市の頭に浮かぶのは、自分の名を何度も『エッチ姫』と間違える無礼な男の姿だ。あの男は、頭の中がすっからかんに違いない。何度、名前を正しても間違えるのだから。もしくは、わざとやっているのだろうか。何にしても、無礼極まりない男である。久実がザァブリオに対して、満更でもなさそうなのは知っていたが、いざ結婚となると納得いかないのだ。
市の不満げな顔に、久実はうーんと首を捻った。
「私も、わからないのよね」
「えっ」
「でも……嫌いじゃないのよ。あの人の事」
照れたように笑う久実は、恥ずかしそうに市から目を逸らした。その表情は、好きと言っているようなもので、市は諦めたように乗り出していた身を引っ込める。
「まぁ、悪い人ではありませんものね……ざぶ殿は」
「うん、馬鹿だけどね」
二人でクスクスと笑い合う。きっと今頃、ザァブリオは大きなくしゃみでもしているだろう。
笑いが引いて、久実は喉を潤わせる為に紅茶を口に含む。そして、お返しだとばかりに「お市ちゃんこそ、どうなのよ」と言うものだから、市は紅茶を零しそうになった。
「ど、どうとは……?」
「決まってるじゃない!晧月とのことよ。あなた達一体どこまで進んでるのよ」
「な……」
顔を赤く染めた市の反応に、久実は笑みを深くした。
「接吻はしたの?」
市にわかりやすいように、キスではなく接吻と言えば、彼女の顔が更に真っ赤に染まる。それは、したと言っているようなものだった。かくいう久実も、つい先日ザァブリオに無理矢理唇を奪われたのだが、それは伏せておくことにする。
「は、破廉恥でございまする!そのようなお恥ずかしいこと……っ、聞かないで下さいませ!」
「慌てちゃって、ウブなんだから」
フフッと笑いながら、歳上の女性の余裕を見せた久実であったが、彼女もザァブリオと初めてのキスをした際に、ウブな反応でザァブリオを喜ばせたのはここだけの話だ。
そんな和やかなお茶会に、突如として、乱入者がやって来た。派手なメイクに、下品なドレスを着た女……里奈である。バァン!と大きな音を立てて扉を開けた無礼な女に、市は不快そうに眉を寄せた。
「無礼な……何用じゃ!」
「……なんで」
ポツリと言葉を紡いだ里奈の肩は、わなわなと震えている。俯いていた彼女がバッと顔を上げ、嫉妬混じりの表情で市達を睨み付けた。
「何で、あんた達が選ばれて、私は選ばれないのよ!?」
いきなり、何を言うのだ。市は目の前の不愉快な存在を、冷ややかに見つめた。そもそも、この女は誰なのだ……と市は、すっかり里奈の事など、忘れてしまっている。価値の無い人間の事など、高貴な姫君であった市は覚えない。
「そなた、誰じゃ?」
真面目な顔をして言うものだから、里奈はカッと顔を赤くした。
「また、そうやって私を馬鹿にして……!!」
怒りと屈辱に、里奈は歯をギリギリと鳴らす。どうして、この二人は王子と結婚する事が出来るのか。ずるいではないか。自分だって一緒に召喚されたのに。自分だって、異界からの姫君なのに。里奈がカッコイイと思っていた晧月と、ザァブリオを手に入れるなんて……!
ザァブリオの弟であるキティーリオは、里奈のタイプではない。どこの国の王子だったか忘れたが……もう一人いた金髪の王子は、ゲイだったらしく、この白薔薇宮殿から逃げ出したと噂で聞いた。ろくな王子が残っていないじゃないか。里奈は内心で、憤る。
「ずるいのよ!あんた達ばっかり!里奈の方が、ずーっと可愛いし若いのに!!」
癇癪を起こした子供のように、泣き喚いて、里奈は部屋を飛び出していった。
その様子を、ポカンとした顔で眺めていた久実が口を開く。
「結局、何だったのかしら……?」
「さっぱり、わかりませぬ」
そもそも、あの女は誰だったか……と真剣に考える市とは違い、久実は里奈の事を覚えていた。まぁ、当然である。市が特殊なのだ。
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