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6 思わぬ所での収穫
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八月九日午前七時。
身支度と準備を調えて今日の調査へ向かおうとする憂志郎が部屋を出ると、寝間着姿の晴子(Tシャツと半ズボン姿)が階段から近づいてきた。
「おはざます」
略した言葉の挨拶。どの時代でもよく耳にする言葉となっている。
寝ぼけた面構えの、布団に転べばそのまま寝てしまいそうな晴子は、憂志郎へ朝食の準備が出来たと伝えた。
遠慮はしていたが、”掃除や晴子の面倒を見て貰っている人に悪い”と、ヨネが準備してくれている。ご飯と味噌汁だけでいいと憂志郎は遠慮していたが、食卓には残り物のおかずが入った小鉢が二つ加わっている。きんぴらゴボウと豚と里芋の煮物。
「すいません、朝は忙しいのに」
調理場では調理師の人達がすでに仕込みを始めている。
ホールの仕事まで時間があるので、ヨネは家の用事をしている最中で、憂志郎の朝食はその次いでだと伝えた。
晴子は二度寝をしているので、晴子の朝食と向かい合わせに憂志郎は食事をし、二十分後に食器を洗って調査へと赴いた。
さらに二十分後、二度寝から起きた晴子が憂志郎を探すも、ヨネから朝のだらしなさを注意され、仕事に出かけたと教えられた。
一緒に食事出来ないと残念がりながらも晴子は朝食をとる。
前日は洋佑が誘いトンネルへ向かったのではと危険視し、沖島郷三郎殺人の容疑者に関する調査がおざなりとなった。
松栄屋から目星を付けた三箇所のトンネルへは離れており、洋佑が向かいそうな一番離れたトンネルへ向かうも無駄足に終わった。
徒労の一日を終え、今日は容疑者のアリバイ場所へ向かうと決めた。その一人、酒屋の男性従業員が行きつけのスナックへ向かった。
二時間後、犯行現場からスナックまでの距離を計るだけでも往復は不可能と判明する。
(……やっぱどう考えても無理だわな)
スナックの常連や従業員に話を聞こうにも、まだ午前十時。開店すらしていないし、容疑者と接点が無い他人同士だから質問も慎重に言葉を選ばなければ不審者だ。
「あれ? こないだの」
声をかけられたのは清太であった。
「あぁ、どうも」
「ここで何をされてるんですか?」
憂志郎は前回出来なかった自己紹介をし、光清町を調べ回ってここへ辿り着いたと嘘を加えた。
「上司が厳しくて」
決まり文句のようにいない上司について口にするのが当たり前となっていた。
「広岡さんは、仕事で?」
「ええ。今日は敷物交換を終えて、今から風呂屋の掃除です」
「この暑い中ご苦労様です。一つお伺いしたいのですが、この時期って、やっぱりこんなに人が多いので?」
夏休みを謳歌するやんちゃな子供達とは別に、一般人と、それに紛れて強面で派手な服装の男達を何人も見てきた。
「まあ、もうすぐ祭りですからね。夕方とか夜には太鼓や踊りの練習なんかもしてたり」
「へぇ、じゃあひろ」
「あ、ごめんなさい。もう時間なんでいいですか?」
急な呼び止めだったので無理もない。
憂志郎は呼び止めたお詫びを告げた。
「今度、時間が合えば宜しくお願いします」
「はい。では」
清太が去って行くと、上手くいかないもどかしさが残る。内心では度々見かける強面の男達についても情報を得たかったのだが。
一度松栄屋へ戻ろうと帰路について三十分後。
「あれ? 羽柴さん?」
松栄屋の従業員女性・広田良江に呼び止められた。
洋佑と相席したさいの手際よい女性とは思えないおっとりした印象に、ギャップを感じていた。
「あ、どうも。これから仕事ですか?」
「ううん、今日は午後から。朝のうちに済ませないといけない家のこととか、買い物とか。この辺も調べてるんですか?」
見回しても歴史に関係しそうなものは何一つない。
「とりあえず光清町を回ってみようと思って。何かあるかもって来たけど……」
「この辺は民家ばかりだし、スナックもあるけど……」傍に寄って囁いた。「行くならお盆明けの方がいいわよ」
口調、少しにやけた、妙に楽しそうな表情、どことなく噂好きの印象を受ける。
「え、どうしてですか?」
ついつい憂志郎も小声で返す。相手に合わせるほうが話が進みやすいから。
「沖島郷三郎って知ってる?」
「ええ。たしか松栄屋にも来てましたよね」
「あの人絡みで、ヤクザとかが動いてるって噂なの。町で怖そうな人とか見なかった?」
「結構見てます」
「でしょ? あたし、スナックのママと知り合いだから、ここだけの話だけど、よく通ってるみたいなのよ強面の男連中。なんでも、沖島郷三郎が政界に進出するかもって噂もあるみたいだし、色々ピリピリしてんだから」
よく知っているなと、感心しながらも、憂志郎は軽く驚いて返した。
「あ、そういえば、昨日も松栄屋で沖島さん、怒鳴ってませんでした?」
「ああ、あれね」
良江から聞いた情報は、料理の味が薄すぎると文句をヨネに怒鳴りつけたのをきっかけであった。さらに問題なのは、調理場へ報せに行ったら昭三郎が今にも怒鳴り込みそうなほど顔を赤くして起こっていたという。
「あたし、あの場にいたからすっごく嫌で嫌で。どうにか親方さんが換えの料理出して頭下げて、けどまだ怒鳴り散らしてたのよあの沖島。思い出すだけでも腹たってきちゃった」
まだ続ければ良江の不平不満は堰を切ったように溢れ出そうだ。
立ち話に感けて、用事を思い出した良江が腕時計を見て慌てる。
「ごめんなさい、話過ぎちゃった。買い出し行かないと」
「俺に構わずどうぞどうぞ」
手を振り合い、良江は小走りで去って行った。
思いがけない所で沖島郷三郎に関する重要な情報を入手出来た。
政界進出。
もし選挙で票を稼ごうとするなら、光清町へは祭りを口実に訪れ、密かに選挙に関係する人達と顔見せか賄賂で根回ししている可能性は高い。
今日まで何人も目にした強面の男達は、良江の噂通りかもしれないと思えてしまう。
懐からメモ帳を取り出し、暗号文字で短く情報を書き留める。こうすることで、もしメモ帳を誰かに見られても言い訳が立つからだ。
長年の経験から、憂志郎のメモに綴られる沖島郷三郎に関する情報は、政界進出や裏組織との会合、賄賂などの黒い話の気配は感じられない。らくがきと思われるのが良い所だ。
この度も記者見習と謳っているので、新人記者の必死の暗号変換だと言い訳がしやすい。
書き終えて帰ろうとすると、妙にざわつく気配を感じた。
(え、まさか……)
それが奇案の関係者だと勘ぐるも、すぐに気配が消えた。
嫌な予感がするも、調べようが無い。
(こっちも面倒すぎるだろ)
二つの面倒な案件。それが重なっている現状を、密かに嘆いていた。
身支度と準備を調えて今日の調査へ向かおうとする憂志郎が部屋を出ると、寝間着姿の晴子(Tシャツと半ズボン姿)が階段から近づいてきた。
「おはざます」
略した言葉の挨拶。どの時代でもよく耳にする言葉となっている。
寝ぼけた面構えの、布団に転べばそのまま寝てしまいそうな晴子は、憂志郎へ朝食の準備が出来たと伝えた。
遠慮はしていたが、”掃除や晴子の面倒を見て貰っている人に悪い”と、ヨネが準備してくれている。ご飯と味噌汁だけでいいと憂志郎は遠慮していたが、食卓には残り物のおかずが入った小鉢が二つ加わっている。きんぴらゴボウと豚と里芋の煮物。
「すいません、朝は忙しいのに」
調理場では調理師の人達がすでに仕込みを始めている。
ホールの仕事まで時間があるので、ヨネは家の用事をしている最中で、憂志郎の朝食はその次いでだと伝えた。
晴子は二度寝をしているので、晴子の朝食と向かい合わせに憂志郎は食事をし、二十分後に食器を洗って調査へと赴いた。
さらに二十分後、二度寝から起きた晴子が憂志郎を探すも、ヨネから朝のだらしなさを注意され、仕事に出かけたと教えられた。
一緒に食事出来ないと残念がりながらも晴子は朝食をとる。
前日は洋佑が誘いトンネルへ向かったのではと危険視し、沖島郷三郎殺人の容疑者に関する調査がおざなりとなった。
松栄屋から目星を付けた三箇所のトンネルへは離れており、洋佑が向かいそうな一番離れたトンネルへ向かうも無駄足に終わった。
徒労の一日を終え、今日は容疑者のアリバイ場所へ向かうと決めた。その一人、酒屋の男性従業員が行きつけのスナックへ向かった。
二時間後、犯行現場からスナックまでの距離を計るだけでも往復は不可能と判明する。
(……やっぱどう考えても無理だわな)
スナックの常連や従業員に話を聞こうにも、まだ午前十時。開店すらしていないし、容疑者と接点が無い他人同士だから質問も慎重に言葉を選ばなければ不審者だ。
「あれ? こないだの」
声をかけられたのは清太であった。
「あぁ、どうも」
「ここで何をされてるんですか?」
憂志郎は前回出来なかった自己紹介をし、光清町を調べ回ってここへ辿り着いたと嘘を加えた。
「上司が厳しくて」
決まり文句のようにいない上司について口にするのが当たり前となっていた。
「広岡さんは、仕事で?」
「ええ。今日は敷物交換を終えて、今から風呂屋の掃除です」
「この暑い中ご苦労様です。一つお伺いしたいのですが、この時期って、やっぱりこんなに人が多いので?」
夏休みを謳歌するやんちゃな子供達とは別に、一般人と、それに紛れて強面で派手な服装の男達を何人も見てきた。
「まあ、もうすぐ祭りですからね。夕方とか夜には太鼓や踊りの練習なんかもしてたり」
「へぇ、じゃあひろ」
「あ、ごめんなさい。もう時間なんでいいですか?」
急な呼び止めだったので無理もない。
憂志郎は呼び止めたお詫びを告げた。
「今度、時間が合えば宜しくお願いします」
「はい。では」
清太が去って行くと、上手くいかないもどかしさが残る。内心では度々見かける強面の男達についても情報を得たかったのだが。
一度松栄屋へ戻ろうと帰路について三十分後。
「あれ? 羽柴さん?」
松栄屋の従業員女性・広田良江に呼び止められた。
洋佑と相席したさいの手際よい女性とは思えないおっとりした印象に、ギャップを感じていた。
「あ、どうも。これから仕事ですか?」
「ううん、今日は午後から。朝のうちに済ませないといけない家のこととか、買い物とか。この辺も調べてるんですか?」
見回しても歴史に関係しそうなものは何一つない。
「とりあえず光清町を回ってみようと思って。何かあるかもって来たけど……」
「この辺は民家ばかりだし、スナックもあるけど……」傍に寄って囁いた。「行くならお盆明けの方がいいわよ」
口調、少しにやけた、妙に楽しそうな表情、どことなく噂好きの印象を受ける。
「え、どうしてですか?」
ついつい憂志郎も小声で返す。相手に合わせるほうが話が進みやすいから。
「沖島郷三郎って知ってる?」
「ええ。たしか松栄屋にも来てましたよね」
「あの人絡みで、ヤクザとかが動いてるって噂なの。町で怖そうな人とか見なかった?」
「結構見てます」
「でしょ? あたし、スナックのママと知り合いだから、ここだけの話だけど、よく通ってるみたいなのよ強面の男連中。なんでも、沖島郷三郎が政界に進出するかもって噂もあるみたいだし、色々ピリピリしてんだから」
よく知っているなと、感心しながらも、憂志郎は軽く驚いて返した。
「あ、そういえば、昨日も松栄屋で沖島さん、怒鳴ってませんでした?」
「ああ、あれね」
良江から聞いた情報は、料理の味が薄すぎると文句をヨネに怒鳴りつけたのをきっかけであった。さらに問題なのは、調理場へ報せに行ったら昭三郎が今にも怒鳴り込みそうなほど顔を赤くして起こっていたという。
「あたし、あの場にいたからすっごく嫌で嫌で。どうにか親方さんが換えの料理出して頭下げて、けどまだ怒鳴り散らしてたのよあの沖島。思い出すだけでも腹たってきちゃった」
まだ続ければ良江の不平不満は堰を切ったように溢れ出そうだ。
立ち話に感けて、用事を思い出した良江が腕時計を見て慌てる。
「ごめんなさい、話過ぎちゃった。買い出し行かないと」
「俺に構わずどうぞどうぞ」
手を振り合い、良江は小走りで去って行った。
思いがけない所で沖島郷三郎に関する重要な情報を入手出来た。
政界進出。
もし選挙で票を稼ごうとするなら、光清町へは祭りを口実に訪れ、密かに選挙に関係する人達と顔見せか賄賂で根回ししている可能性は高い。
今日まで何人も目にした強面の男達は、良江の噂通りかもしれないと思えてしまう。
懐からメモ帳を取り出し、暗号文字で短く情報を書き留める。こうすることで、もしメモ帳を誰かに見られても言い訳が立つからだ。
長年の経験から、憂志郎のメモに綴られる沖島郷三郎に関する情報は、政界進出や裏組織との会合、賄賂などの黒い話の気配は感じられない。らくがきと思われるのが良い所だ。
この度も記者見習と謳っているので、新人記者の必死の暗号変換だと言い訳がしやすい。
書き終えて帰ろうとすると、妙にざわつく気配を感じた。
(え、まさか……)
それが奇案の関係者だと勘ぐるも、すぐに気配が消えた。
嫌な予感がするも、調べようが無い。
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