憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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一幕 天邪鬼を憑かせた男

三 あの日の妖怪

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 周囲は暗く、長屋に灯る各々の部屋の灯りが通路を照らしたが、永最の泊まる部屋の両隣は灯りどころか、人がいる気配がなかった。

 夕飯前までは宿泊者がいたので、どこかへ行っているのだと、何気に思い、自分の部屋の戸を開いた。
 入った直後、生まれてこの方見たことも無い髪色の男が、布団の上で木を彫っていた。
 嫌々掘っている表情は伺えるが、彫り具合、角度を確認する眼つきは本物である。

「――誰だお前!」

 声に反応し、作業を止めて永最を見たものの、男は視線を戻して作業を再開した。

「坊主が夜這いか?」

 坊主。恐らく修行僧の事を指しての事なのだろうが、なぜこの見知らぬ男が自分の素性を知っているのかと悩むも、男の掘る姿をよく見ると、髪色は赤銅色だが、髪型、顔、顔の傷跡が幸之助であると示していた。

「……幸之助…殿か?」
「ああ? ああ、そうだな。……そうなるわな」

 幸之助に似ていても、
 ”短時間で性格も髪色も変色するのか?”
 その疑問を早く解決したくて仕方なかった。

「違う。お前、何者だ!? 幸之助殿に何した」

 双子か、顔の似た兄弟の線も考えたが、何より髪色がこの国では偏見を持たれる。そのような容姿の人物が部屋など貸してもらえるはずもない。
 謎の男は作業の手を止め、永最をじっと見た。
 暴力を振るわれると身構えたが、男の発言からそうでないことが判明した。

「……ああ。お前、あの時寺で泣いてたガキか。デカくなったもんだ。一目じゃ分かんなかった」
 再び彫刻作業を開始した。
 この返答で男の素性を証明する回答を得た。

 両親に捨てられた日の夕方、ススキ畑の探索を終え、階段へと戻った幼少の永最が目の当たりにした、異国の服を装った、赤銅色の髪色の男性。 
『さっさと寺に行け。親は来ねぇぞ!』
 そう告げた男。存在は、永最が嫌う”妖怪”。それが眼前に、幸之助の姿で彫り物に励んでいる。

「お前、あの時の……幸之助殿に何をした!」
「うるさい。外に聞こえてもいいのか?」

 言われて外を気に掛けたが、騒がしくもなく、誰も部屋を覗いていなくて安堵した。

「妖怪……だっけか? お前、俺らが見えるんだろ?」
「妖怪風情が私に口をきくな! 今すぐ祓ってやる」

 永最は手荷物から、自分が必死に書き記した薄い書物を取り出し、人型の妖怪を払う頁を開いた。

「おうおう。やるのはいいが面倒はごめんだ。小声で頼むぜ」

 妖怪の男は素知らぬ様子で彫り物に励む。傍らで、書かれた五列の文章に力を籠め、憎しみを籠めて永最は唱えるものの、妖怪の男に微塵として変化を及ぼさなかった。

「声に怒りが籠ってるぞ。もっと力を抜けばいいんじゃないか?」
「黙ってろ!」その怒声も小声である。

 再び唱える。今度は経を唱えるように冷静に唱えた。しかし結果は同じである。

「声に気持ちが籠ってないなぁ。坊主の端くれだったら経でも唱えればいい。何とかなるんじゃないか?」

 明らかに馬鹿にした態度である。

「もういい。とっておきだ」

 開いた頁は大型の妖魔を祓う詠唱文が記していた。
 細かい文字が三十行。修行中に読まされた経文を思い出す漢文である。
 永最はそれを読むと、次第に経文を読んでいる口調で唱えていた。

「――あ痛っ!」
 何かが効いた。

 静かに興奮する思いを抑えて男を見ると、人差し指を切ったらしく人差し指を銜えていた。

「あー効いた効いた。さすが坊主の唱える”霊験あらたかな経文”だ。俺なりに必死に抵抗したが情けない、有り様がこれだ。もう懲りたから、これで勘弁してくれよ」

 完全に馬鹿にされている。

「ふざけるな!」これはかなり大声が出た。「お前は一体何なんだ!」

 妖怪の男は、梁のある窓の向こうから気になって覗き込む連中を見た。

「あ~悪い。連れが迷惑かけたな。もう済んだから安心してくれ!」
「ったく、長屋宿だから気をつけろよ」
「全くだ。人気のないとこで怒鳴れよ。昨日から寝てねぇんだよこっちは!」

 永最の怒声に怒り心頭の声が、永最を戒めた。
 外の連中が部屋へ戻ると、妖怪男はため息を吐いた。

「お前も人間なら他人の迷惑を考えろ」

 なぜ自分が妖怪に説教されているのか。その悔しさと怒りを無理やり沈め、一端冷静に問答するため正座して男と向き合った。

「どうした? 耳障りな子守唄はもうしまいか?」

 右頬がピクリを吊り上がったが、冷静にと、自分に暗示をかけた。

「お前、なぜ妖魔祓いが効かないか知ってるな」
「知ってるが、お前に教える義理が無い。お前は俺らを祓いたいんだろ? そんな奴に教えると思うか?」

 御尤もなことを平然と告げ、妖怪男は彫刻刀も彫り物も手放し、壁に凭れた。

「あー疲れた。ずっと彫ると肩が凝る。なんでもっといいモノを……」小声で愚痴る。

 妖怪祓いに気をとられ、大切なことを思い出した。

「教えろ妖怪。幸之助殿はどうした」
「ああ? 今は寝てる。あいつが寝てる時は大体俺が出てる。とはいえ、あいつが起きてる時に俺が出てる時もあるがな」
「お前、幸之助殿の身体に憑いているのか」
「落ち着けよ”駆け出し”」『修行僧』を指している。「何も好き好んで憑いてるわけじゃない。幸之助にも了承を得ている」
「嘘を吐くな!」怒りがこみ上げたが、声量は抑えている。
「だったら今度会ったとき訊いてみろ。それと、妖怪と呼ぶな。どんだけ種類がいると思ってんだ? 『妖怪』ってのに」
「では、お前は一体何者で、何の妖怪だ」
「俺はお前ら人間で言うところの【天邪鬼】、だそうだ。名は【志誠しせい】。好きな方で呼べ」

 志誠は、掛布団上の木屑を払い、布団に潜った。

「話は終わってないぞ」
「今日は終わりだ。朝早ぇから寝かせろ」

 肩まで布団をかけ、壁側を向いて寝息を立てた。その姿は、自然と黒髪に変化し、幸之助に戻ったと思ったが、起こしても志誠は現れないと永最は直感した。

 まさかこれほど身近に妖怪と接する機会が訪れると思わなかった。

 あまりにも日常の一時のような、自然すぎたことに意表をつかれ、自身も布団に潜り寝ようとした。
 しかし、もう一度妖魔祓いを行えば志誠は祓えると思い立ち、静かに唱えるも、幸之助の寝息が無駄であったことを証明し、仕方なく寝ることにした。
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