憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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一幕 天邪鬼を憑かせた男

五 竹藪の化物と謎の女性

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 奇妙な突風が吹きつけた。
 志誠は風上へ木刀の切っ先を向け、懐に右手を突っ込んで待ち構える。
 この時永最は、志誠が左利きなのだと気づいたが、何かの違和感を抱いた。

 鬱蒼と茂る竹の隙間から、まるで風が目に見えるかのように白い霧のような靄のような、半透明な帯状の存在が何枚も何枚も流れ込んできた。
 これ自体に危険はないと理解している志誠は、剣先を変えることなく流す。しかし永最のほうに流れた白い帯たちは、まるで獲物でも見つけたかのように彼の周りを取り巻くよう密集した。

「な、なんだ!」
 彼の声が聞こえていないかのように志誠は見向きもしない。
「おい! なんなんだ天邪鬼!」
「阿呆! 祓霊文を早く唱えい!」

 混乱の最中、後ろから女性の声がした。
(フツレイブン?)
 唱えるモノの意味は分からなかったが、唱えるモノ。それは志誠から渡された木の巻物しか考えられない。

 急いで開き、経文を読むようにその文を読んだ。

「人知れず、人ならざる形を成した迷者達。久遠の闇を纏いて足掻き、散らして蠢く。世 に焦がれ生者を妬み憑きし体無き者よ――」

 延々文章を読み続ける永最の変化を見て、女性は違和感を覚えた。
(この者、鳳力ほうりきが無いのか?)

 女性は永最の背に手を乗せると、静電気に触れたように一瞬で離したが、一呼吸ほどの間を置いて、また手を乗せた。すると途端に今まで蠢いていた白い帯たちは一斉に散った。

「――安寧の地より…って、え?」
「案ずるな。私がこうしている間、お主は白風しらかぜに憑かれることは無い」
「あ、貴女は?!」
「話はあの者の用が済んでからだ」

 志誠のほうを向くと、いつの間にか緑色の炎に焼かれたような人間と剣を交えていた。

 緑の炎を纏った人間は、剣と言うより黒い棒に炎を纏わせている。それも、自ら纏わせたのではなく、持ったものに炎が移った印象を与える。

 志誠と炎の人間。
 武人の剣技の競い合いや殺し合いとは違う、並の人間が行うようなものでもなく、全く別世界の斬り合いが繰り広げられていた。

 手早い剣の打ち合いが続いたと思えば、炎の人間が突如消え、志誠の後方に現れ斬りつける。
 それを受け止め払うとまた消え、右から現れる。数回その攻防が続くと志誠が相手の一撃を躱すと同時にしゃがみ、両足を斬る。斬られた足は炎が消えたように散り、暫くするとまた生える。
 今度は炎の人間がまるで蜂の羽ばたきのように目で追えないほどの連続した斬り込みを始めたが、志誠はそれを木刀で受け、後方や左右に跳び躱した。

(幸、長引くと不利になるぞ)
「大丈夫。もう手は読めた。五手で決める」
 永最は気づいていないが、髪色は志誠だが表に出ている人格は幸之助であった。
「天邪鬼、決めるよ」

 木刀を握り直すと、敵の振り下ろした一撃を受け流し、一歩踏み込み右腕を斬りおとした。
 間もなくしゃがみ両足を斬り、胴を横一直線で斬り、淡く光った右手の平で相手の上半身に掌打で飛ばした。

「今だ!」幸之助は木刀を地面に突き立てた。
「分かってる!」人格が天邪鬼に変化した。

 志誠は両掌を木刀に翳し、左手の平を左回しに半回転させ指先を地面に向けると、木刀が発光し、突き刺した地面から光の円陣がゆっくり広く大きくなって現れた。
 ある一定まで円陣が広がると、見計らって両掌をそれぞれ指先の方向へ動かすと立ち上がり、円を描くように両腕を左右に動かし両腕を左右に伸ばす姿勢をとる。
 最後に左右の親指と人差し指の間同士を合わせ、手を重ねた。

れつ! 静懺照せいざんしょう!!」

 咆哮に呼応して円陣が炎の人間の足元へ移動すると、光の柱が敵を巻き込んで上昇すると、炎の人間は間もなくして跡形もなく消えた。


 炎の人間が消えると、一面を漂っていた白風も静かに消えた。
 志誠が永最のほうを向くと、傍にいた女性が視界に入った。

「あんた、何者なにもんだ? 竹藪に迷い込むのも、こんな朝早くからそんな成りの女が出歩くのも妙な話だ」
 夜逃げとも思われたが、それだと背負うほどの風呂敷包みがあるはず。けど女性にはそれが無かった。
 女性の服装は町娘の着物姿であり、永最と幸之助が出会った町ではこんな着物は誰も着ていない。
 腕を組んだ女性は感心したといった面持ちで志誠を見る。

「ほう、面白い殿方だ。こっちの妙な青年も気になるが………。私はススキノといいます」

 志誠は女性に疑いの目を向けつつ、話を続けた。

「俺らに何の用だ?」
「待て待て。当たり前のように話を進めるな」
 永最はススキノの素性、容姿、自身を守ってくれた結界の事が気になった。

「ススキノさん。お召し物や私を守ってくださった技。それから志誠」
 向きを変えた。
「あの連中の事」
 今度は二人同時に見た。
「諸々の事を分かりやすく説明してくれないか」

 ススキノは眉間に皺を寄せ、首を傾げて志誠に視線を向けた。

「お主達、友か仲間ではないのか?」
 志誠は頭を掻いて呆れ顔で答えた。
「昨日出会ったってだけで、そっちはたまたま面倒事に首突っ込んだ哀れな下っ端坊主だ」
「――哀れではない!」すかさず言い返した。

 そのやり取りを他所に、ススキノは話を進めた。

「まあ……さておき、坊主とは僧侶を指しての事であろう。気功はともかくとして、鳳力はそこそこあるはずだ。初見であれ、この巻物の文を読めば白風をあしらう位は容易なはず」
 ススキノの言葉から、大事な何かを身に着けていないと察知した志誠は、怪訝な表情で永最を見た。
「はぁ? お前、修行してたんじゃないのか!?」

 何より話の全容の見えない永最は、志誠同様の怪訝さを表情に出した。

「二人で分かったように。何の話か分からないが、修行はきちんとこなしていた。下っ端は雑用がおもな役目だ。読経や写経は兄弟子達よりこなした回数は少ないが、怠けてなどいない」

(……あのガキの頃から寺にいるなら……どういう事だ?)
 志誠の疑問はどう推理しても情報が少なく、今では何も解明できない。

「とにかく、ここでの用は済んだのであろう。まずここを出て、それから説明しよう。祓ったとはいえ、穢れた白風跡は体調を崩す要因になりかねない」

 ススキノの提案を二人は受け入れ竹藪を抜けた。
 藪を抜け本道へ出ると、顔を出した朝日が辺りの風景を明確にさせ、清々しくある。

「ここでは話が出来ん。少し進んだところに休憩するには申し分ない場所がある。そこで話をしよう」

 志誠は永最の方を向いた。

「いいのか? 俺や幸は前の町に戻ればいいが、お前さんは急ぎの旅なんだろ?」
「いい。どうせとりあえずの遣いだ。急いてはいない」
「なんだそりゃ」
 ススキノはこれから向かう方を指さした。
「なんであれ、私事で近くの森の中の集落に用事がある。私に協力してくれるなら連れとして迎え入れてもらうがどうだ?」

 二人の問答に永最が先に意見を述べた。

「人助けなら私は構わない」
「俺は話を聞いてからだ。初対面の得体のしれん女は危険だからな」

 ススキノは軽く笑むと、先頭に立って歩き出した。二人もそれについていった。
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