憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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二幕 思惑の旅路

五 別々の道

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 町の飯屋で注文した料理が配膳されるやいなや、余程腹が減っていたのか志誠はがつがつと三人前の丼物、天婦羅二人前をたいらげた。

「おい。妖怪なら遠慮と言うものを理解しろ」
「ああ? 食ったもんは幸の身体に入る。故に幸のもんだ。何ら問題ないだろ」

 二人のやり取りが一段落するとススキノが本題に入った。

「境場で話していた貴殿の依頼主たる女性。……妙な女とはどういう事だ?」
「んあ? ああ、目の色が変わる女だ」

 永最は馴染みの女性が浮かんだ。

「目の色が変わる事になんら支障はないんだがな、あの目で見られるとどうも調子が狂う。ほとんど対応を幸に任せたが、この町に着くと別れてすぐにあの神社で休んだ」
「なぜあの神社まで戻った? この町の宿に泊まればいいものを」
「理由は二つ。一つはあの女から離れる事」

 たびたび件の女性を“あの女”と呼ばれ、永最だけが不快な気を抱いていた。

「もう一つは俺の鳳力を戻すのに境場が必要だったんでな。丁度通りかかったからこれみよがしに向かったんだ」
「して、その女性は何処へ向かったのだ?」
「さあな。前の町からここまでの護衛ってだけで、それ以上は詮索しなかった。ただ、別の町の実家に帰るだとかどうとか」

 志誠の説明と、ススキノらしからぬ、自身をこの町に誘った事を照らし合わせ一つの疑問が浮上した。

「ところで、ススキノ殿もそうなのだが、どうしてこの町に来るのに誰かと一緒でなくてはならないのだ?」

 突然の話の切り替わりもそうだが、その質問があまりにも永最が無知であるかを物語っており、二人は唖然とした。

「志誠の護衛と言っても車か何かであろう。ススキノ殿も祓いに関するの旅ならそれなりに強いだろうに。なぜ私に同行を求めたのだ? ああ、ついでに今更ながら、二人の旅の目的は何なのだ? これ程までに出会う縁のある者同士、目的話さずというのはあまり良い気がせんではないか」

 胡坐をかいて膝に肘を乗せ、その手で頭を抱えている志誠。
 溜息を吐き、椀等を片付け盆の上へ一纏めにしているススキノ。

 呆れ顔の二人に不信感を滲ませ訊くと、二人はそそくさとその場を去るように帰る仕度を済ませた。
 志誠の、「来い」の一言により永最は黙ってついていくほかなかった。


 町の傍を流れる川沿い。人気のない場所で話の続きが再開された。

「まったく。お主は箱入りか? 知らぬ存ぜぬで旅を続けると、あれよあれよと罪人達の餌食だぞ」
「同感だ。俺らに出会った運の良さは御仏の加護だ。入念な感謝を石仏にでも祈っとけ」

 なぜここまで責められるのか。
 それ程馬鹿げたことは言っていない筈。

 思い返すが不審な所に見当がつかない。

「な、なぜそこまで責められねばならない」

 堂々と訊く姿が、二人の顔を、呆れたと言わんばかりの表情に変えた。

「三つ、言っておく」
 三本の指を見せつけたススキノの眼力に、妙な力強さを感じ取った。
「一つ。お主はここいらの民たちが特殊な力を持った者を嫌悪していることは知ってるだろ」
 幼い頃から妖怪が見えたことでいじめられた過去が、その質問を理解させた。
「しかし奇妙な迷信は存在する。あの道は、女一人で通るとあの世へ連れ去られる迷信。特殊な眼を持つ私は気に留めんが、志誠殿の護衛した女性は強く信じたのだろう」
「けど、牛車を利用したのなら、運転手がいる。一人ではありません」

「二つ目。近くで戦があればその近辺は役人や雇われ侍などが見回りを行ってはおるが、このような田舎には中々見回りの手が行き届かん」
「つまり、俺は盗賊や落ち武者払いの護衛だ」

「私はお主に同行を願い出たのはお主一人でやり過ごせるとは思えんと判断した私なりの気遣いだ。それに、別の道であれ、あの村から他所へ行く道中、危険な輩が徘徊している危険はあったからな」

 永最はぐうの音も出ない。

「そして三つ目、志誠と幸之助殿の理由は知らぬが、私の旅の要件は幻体や異念体が絡んでいる。あのような飯屋で話す内容ではない。お主も『自分は妖怪が見えます』と、大衆の面前で堂々と言わんだろ。無知だけならまだしも、気遣い、配慮に欠く行動だぞ」

 潔く、叱責されたのだと受け取り素直に謝った。もれなく二人の深呼吸のような溜息の返事がされた。

「私は鬼を捜している」
「鬼? 妖怪の?」

 現実的に物事を判断し、発言、行動をしているススキノからは考えられない言葉が告げられた。

「まあ、一種の比喩だ。鬼とは言っても、絵巻物や妖怪奇譚に登場するような角を生やし金棒を振り回すモノではない。人に憑き、害を成す異念体と言ったところだ」
「どのような容姿をしているのですか?」
「さあな。姿を現すまでは人間そのもの。外道、盗人などと大差ない。ようやく見つけたとして、憑かれた者の周囲で異変が起き、異念体自体も姿を示す。その形は様々で、まさしく鬼や大きな狼の姿をしているとも聞く」
「そいつぁ【六赫希鬼ろっかくきき】って奴だな」志誠が答えた。
「貴殿は理解がある分話が早い」

 当然永最は訊いた。「なんですか。ロッカクキキとは。それが鬼の名前ですか?」

 説明を志誠がした。

「生きもんじゃねぇよ、”現象”みたいなもんだ。簡単に言えば、ある特定の条件下で現れる数体の強力な異念体だ。大昔に出没したのが六体だったために六赫とついたが、祓い手が増えたことで出現する数も性質も変化してる。そんなにも増えなくなった」

 まるでおとぎ話の由来を聞いたかのように永最は納得し、感心した。

「感心するものではない。その分、力が強力になり、並の祓い手が十人集まっても祓いづらいモノに変化した」
「では、打つ手がないのでは……」
「私はな。しかし、祓い手にもすごい連中がいてな。【四導師よんどうし】と呼ばれる、いわば最高位の祓い手だ。その者達の協力を仰ぎ、希鬼を祓う事が多い」

 ススキノの要件が判明し、次は志誠と言わんばかりに、二人の視線が志誠に向けられた。

「俺はあっちこっちの導師に会う必要がある旅だ」
「導師とは、先ほどの四導師の事か?」
「位で言うなら下の連中だ。ごく一部の神社や寺の主を務めてる奴や、城に仕えるお抱え導師だったりだ。俺も好き好んで幸の身体に憑いてる訳じゃ無くてな。まあ色々あってこうなった。詮索はしないでもらおう」

 目で、なにかしらススキノに訴えてるようにも見える。
 どう抱いたかは、彼女の表情からは判断出来ないが、納得はしてくれた。
 話が済むと、別れる雰囲気が漂った。

「お前さんは手紙を届ける旅だったな。また縁があったら会えるだろうて」
「そうだな。鳳力に関し、気になるところはあったが、ここでの別れも運命さだめゆえ、それまで。と言うだけだ」

 二人が各々の道に歩み始めた。
 出会いは数奇なもの、二人の特徴や担っている事は特殊すぎてついてはいけない。
 志誠に至っては嫌いで嫌いでたまらない妖怪である。

 しかし……。

 思うと、声が出た。

「――ちょ、ちょっと待って下さい!」
 二人は永最のほうを同時に向く。
「私は何も分かりませんが、出会って今までにない体験をさせて頂き、少なからず見識が広まりました。しかし、このまま蔑ろにするのはどうかと思います。どちらか、もう少し共に同行出来ませんか?」
「確かに、お主の意見一理ある。散々干渉させておいて捨てるのは確かに不躾やもしれぬな」
 口ぶりからススキノが同行させてくれると思えた。
「しかし、私とはこれ以上の同行は出来ぬ。お主が嫌なのではない。この先、”拙い実力の鳳力使いが生きていけぬ旅路ゆえ”が理由だ。悪く思うな」

 眼力が『嘘をついていない』と証明している気がする。

「俺に至っては護身だ。お前さんは俺や妖怪を”祓いたい殺したい”が心情だろ? 同行する理由が無い」

 もう、志誠を説き伏せるしかない。必死になって言い訳を考えた。

「お、お前は導師とやらに会うのだろ? 信仰の道を歩んでいる賢者様方がお前を祓わずにいるのだ。その理由を知るまでの旅でも」
「止めとけ。お前さんもよっぽどだが、俺の知る限り導師も変わり者ばかりだ。気に召す事情が聞けずに、お前が喚く、叫ぶ、が目に見えてる」
「そこまで無礼者ではない」
「何より、大事な文を届けるのが目的の旅だろうに。なぜそうまでして俺らに関わる」
「文はついでだ。渡せば私はその足で旅に出る」
「どこへだ?」
「分からぬ。当て所ない旅だから、先にお前についていくのだ」
「道理になってないな。お前さん、原点を思い出せ。妖怪を祓いたいんだろ? その辺の寺や神社に行けば運よく祓い手に会えるかもしれねぇ。そいつの下で修業して祓い尽くすほうが効率がいいだろ。それに、文の届け先こそが祓い手の場所という可能性もある。早々に向かう事を薦める」

 確かにそれも考えられる。蓬清が三賀嶺の国の神主に宛てた文である以上、そう思える節もある。

「では幸之助殿はどうだ? 私がついて行きたいと言えば承諾してくれるはずだ」
「幸の意見は却下だ」
「なぜだ薄情者」
「あの気分屋に任せれば俺の身が持たん。幸に振り回されてる今以上に振り回されれば、俺があいつを祓いかねん」

 何を言っても拒まれる。揚句にとった行動は、志誠の傍に無理やり寄った。

「なんだ気持ち悪い」
「いいではないか。私もこちらに用があるのだ」

 なら先に行け。と道を譲られると永最はその場へ座った。
 理由を聞くと疲れたから休むと言い、志誠が歩くとついて行く。
 さすがに苛立ち怒鳴ったが、永最は知らんふりをしてしゃがみ込んだ。

「諦めて連れて行けばいいのではないか? どちらが妖怪か分からん」

 二人を見ていたススキノは反論して来た志誠に対し、「好きにせい」と言い残し、その場を去った。

 強情な男を前にして、ようやく志誠は諦めた。
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