憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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三幕 安らぐ村での奇縁

三 消えゆく繋がり、甦る縁

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 昼飯時を過ぎた昼下がり。
 志誠が世話になっている老夫婦の家に着くと、薪割りを行っている永最の姿と横で見物する男性の姿が視界に飛び込んだ。
 二人の会話を聞くと、男性は見物と言うより指導である。

「ほれ、斧を振り落とすのに力入れんでええ。これ全部割ることが出来んくなるぞ」
「でも、小さい頃から薪割ってるから大丈夫だよ」
 感心し、喜び合う親子のような二人。
 微笑ましい様子を伺う傍らで、事情を知る志誠には虚しさを抱かせた。
「ああ、帰ってたのか幸之助殿」
「ああ。突然出て悪かったな」

 老夫婦の前では志誠を幸之助と名乗ってる。それは、幸之助の身体に天邪鬼が憑いているという事を隠すためであり、この永最の訊き方は正しい行動である。
 そう、本来はその筈であった。
 疑念を抱かせたのは、永最が薪割りの手を止め、不思議そうに志誠を見たからである。

「どうした? 口調が変だ。何かあったのか?」

 ただ素直に、『天邪鬼・志誠』という存在が消えていると直感させた。恐らく赤銅色の髪色も黒髪にしか見えていないのだろう。
(……幸、代われ)
 虚しさは幸之助にも伝わった。それは、いつも表に出す豊かな表情の一部が引きつって、苦笑いのようにしか見えなかった。

「あ、ちょっと嫌なことがあっただけ……」

 詮索はされず、再び穏やかで楽しい薪割りが再開された。

 一日の仕事を終え、早めの風呂も済ませ、夕餉時を迎えた。

「残暑になると暗くなるのが早くなったなぁ」
「じきに秋になって寒くなるから、冬支度を急がないと」

 もう、旅の事など永最の頭にはない。ここでの生活に溶け込んでいた。

「…………もし」
 今まで黙っていた幸之助がつぶやくと、食事中の老夫婦と永最が向いた。
「別れた息子さんが大きくなって戻ってきたら、どうしますか?」
「おい幸之助殿、何を言うんだ」真剣に、強めの口調である。

 責める永最を制止し、女性が答えた。

「勿論家族として迎え入れますよ。……けど……無理でしょうね」
「どうしてですか?」
 男性が代わる。
「六歳の子を森に囲まれたススキ畑に捨てたんだ………許してもらえるとは……」

 それ以上の答えは返ってこなかった。

「いい加減にしないか幸之助殿。不謹慎すぎるぞ」
 場を取り繕うように、永最は話を変えた。

「そうだ。薪割りは今日済ませたから、明日は大根の種を撒いて、魚の干物も作りましょう。父さん、母さん」

 幸之助も志誠も耳を疑った。
 二人の思いに反し、老夫婦は何の疑問も戸惑いも無く会話を成立させ続けている。

(……これが、導師様が言っていた)
(ああ。どうやら俺らも腹を括らなきゃならねぇみたいだ)
 心中で話し合う二人は、徳泉の推論に納得した。

 ◇◇◇◇◇

 徳泉は言った。

「九分九厘その夫婦とお前の連れは親子だろうさ。確実と断言できんのは、この目でみておらんからだが。そんな事はさておき、お前の話通りなら色々な面倒事が重なっているぞ」
「面倒って生死に関わることか?」
「この異変にそこまでの危険性はまだ無いな。しかし、その連れは何かを宿している。いや、憑いていると言い換えた方がいいな」

 志誠の眉間に皺が寄った。

「やけにはっきりしねぇな。一体何が憑いてるってんだ」
「さあな。偶然が奇妙に起きすぎている点を考慮すると、その結論が成り立つ話だ」

 詳しい説明を志誠は求めた。

「寄った村で生き別れの両親がいた。
 いつも見えていた異念体が見えなくなった。
 寺に幼い時分から住んでいて鳳力が使えない。
 幻体を憑かせた人間、お前達の事だが、そんな奴に出会った。
 奇縁か偶然か……運が良いと言い換えも出来るが、もっと現実的に言い換えるなら、”何かが憑いている”が適した表現だな。それなら説明がつく」
「憑いてる奴ってのは特別な力でもあるのか?」
「お前達がいい例だろ。鳳力の手練れである天邪鬼がいるのだ。剣術だけ達者な幸之助はそれだけで他者が見れば鳳力使いの侍であろう」

 言われてみて納得した。

「けど、その連れの憑いているモノは恐らくなにかの異念体か幻体の片割れ。まれに祓われきれなかったモノに憑かれた人間は、幻体や異念体の出る場所、境場などに引かれる性質を持つと言われている。導師の仕事で何度か見たため間違いないだろう」

 思い返せば、人が立ち入らない廃神社の境場で寝ていた幸之助を見つけたのも永最であった。

「でも、死にはしないなら危険じゃないだろ」
「それは、お前の選択肢次第だな」
 微かな焦りが表れた。
「な、なんで俺が関係する」

 徳泉は残りの茶を飲み干した。

「その連れと夫婦は、異常発生した白風と境場の気によって記憶を塗り替えられている。子を焦がれる両親の想いと、両親への想いがしこりとなっている者、しかも何かに憑かれている。双方の心中の気質が同質なら、それに触れた亜界のモノ達は同調して記憶を書き換える。つまり近い将来、難なくそいつと夫婦は文字通りの親子として村で暮らすだろう」
「いいことじゃねぇか」
「お前の事を忘れてな」

 即答が、一瞬で何か分からない焦りのような感覚を生みつけた。

「見えないモノが見えなくなったのなら、それに関する記憶は不要この上ない。さらに近い未来には村まで来た経緯も、まあ可能性としては五分五分だが捨てられ、捨た経緯すらなかったことになるだろう」
「……ば、万々歳じゃねぇか。あいつは昔虐められた。親も苦労して町を出た。嫌な過去とおさらばってんなら、このまま――」
「そうはならんよ」

 言葉を遮っての否定。
 その真剣さの伝わる語気には、まるで説法のような凄みがある。

「いいか。人間と言うのは必ず苦難と幸福が交互に訪れる。報われん努力もやがては別場所、別の形で何かしらの成果を上げる事の方が多い。それで得た賛美は喜びに変わり未来へ向かって生きる為の活力が生まれる。努力でなく苦難もそうだ。やがて訪れる幸福への通過点だ。お前の連れは過去の苦労、苦難の先にお前達と出会い、ようやく両親に会い、家族を覚えた。しかし、過去の苦労の忘却を代償に得た幸せは、すべからく仮初かりそめでしかない。得体のしれぬ何かにより与えられた幸福は、先の未来でその幸福を満喫した愚者を供物とし、何かが食すだろう。言い換えるなら餌でしかない」

「飛躍だろ。ここには導師もいる。祓い手もそこら中にいるこの国で、幻体や異念体の連中に何できるんだ」

「労ぜず与えられた喜びなど所詮は紛い物。その裏を見なければやがては多大な苦難に見舞われる。それが凄惨な殺しにより家族を引きはがす事態を生む可能性が常人に比べ遥かに高い。人としてあるべき理をねじ曲げたツケだよ。その者を真に救いたいなら方法を教えるが、後はお前達で決めろ。しかしこれだけは覚えておけ。見誤った選択の先は必ず後悔しか残らん。後悔はしこりであり、重しであり、枷となる」

 志誠は何も言い返せなかった。

「後はお前次第だ」
 徳泉の気迫に圧され、緊張が走った。
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