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三幕 安らぐ村での奇縁
四 老人と幸之助
しおりを挟むまだ日も昇らぬ明け方。しかし周囲の輪郭がはっきりしている頃合い。
幸之助はある森の河川沿いに、魚を獲りに訪れた。
半刻程前、ある人物と共に志誠が異念体に関する仕事を終え、朝餉仕度の為、魚を取る準備を整えていた。
「おや、こんな朝早くに魚獲りですかな?」
幸之助が声の方を向くと、腰も曲がっていないしっかりとした足取りで近づく男性老人を捉えた。
こんな時間に現れた老人に警戒し、立ち上がった。
「おやおや、そんなに警戒せずとも、ただのしがない老人ですぞ」
しかし妙な胸騒ぎか、警戒心か、気がまるで治まらない。
「御爺さん、こんな時間に釣り?」
既に老人の魚籠には数匹の魚が入っていた。
他にも、腰に下げた布袋には、何かの塊が複数個入っているよう、凸凹に膨らんでいる。
「おうよ。儂の流儀でな、空が明けてから採取や狩りをするのが好きでな。ほら、秋が近いと空気が澄んで心地よいであろ? 昼間はまだ暑いから気分が乗らん。今日は調子が良くてこれだけ獲れたわ」
見せびらかした魚籠を元に戻した。
「そういうお前さんは、今までここいらで? この時間に魚を釣る奴はおらん筈だが」
今は志誠は眠っており、気の利いた嘘や出任せは思いつかず、誤魔化す事に専念した。
「連れと旅の途中、野営で一晩過ごしたんです。それで、朝餉を……」
老人は幸之助の魚籠が濡れてすらいないのを確認し、さらには食い物となるものを備えていない状況を見る限り、これからなのだと、状況を理解した。
「なんだ、ここいらの地の者でないなら、こいつをやるわい」
老人は自分の魚籠と、腰の布袋を手渡した。
「え、……どうして!?」
「お前さん、この川の魚を舐めておるな? どういう訳かこの時期中々獲れんでな、色々コツを掴まにゃならんのだ。見るからに、釣り竿を持たんお前さんは、素手か、太い木の枝でこさえた即席の銛で獲ろうとしてるようだが……」
老人は幸之助の周りを見回し、目を閉じて頭を左右に振った。その素振りで、全くなっていない事を示した。
「悪い事は言わん。ただでくれてやるから、それを持って行くといい」
「こんなに沢山! ただでは受け取れませんよ」
じゃあ、とばかりに老人は幸之助の新しそうな魚籠を手にした。
「儂の使い古しの魚籠とお前さんのを交換で良いだろ? どうせ魚はまた獲りゃ日が昇るまでにはある程度は獲れる。これで手打ちとせんか」
幸之助は戸惑い、本当にいいのか迷った。
「ええい、目上の者の恩義は素直に受け取らんかい馬鹿者」
これ以上引っ張ると、老人が本当に怒ってきそうと判断し、魚籠と布袋を持ち、深々と頭を下げてお礼の言葉を述べ、去った。
◇◇◇◇◇
幸之助の姿が見えなくなったとき、老人は呟いた。
「あの若造、只者ではないな、アオよ」
老人の中から濁声で返事があった。
「ワシらと同じ類だが、まだ何かが燻ってやがる。得体のしれん何かがな」
六蔵は何やら思うところがあったが、その答えと結び付けるには、まだ情報が足りなすぎる。
「どうすんだ? あの女には言わねぇ方がいいと思うぜ」
「なんじゃ? 腹の探り合いがしたいのか?」
「よく言う。お前もあの女も隠し事ばかりだろうが。仲間かどうかも分かったもんじゃねぇ。あの若造の事だって何かしら気づいてる筈だぜ」
「ええい、口汚い河童が。あの方も考えがあっての事で、情報不足でまだ公にできん現状くらい理解せんか」
「だってよぉ……」
六蔵は頭を掻き、幸之助の魚籠に目を落とした。
「まあ、お前がそんな口なら、懐石の件は金輪際無しとしようではないか。川魚でいいだろ」
それを出されると、アオは何も言えず、更には必至になって反論した。
「ちょ、そりゃねぇぜ! 殺生すぎる! 分かった。もうあの女を悪く言わねぇから」
「あの女と言う言い方から改めよ。今はススキノと名乗っておるから、そう呼ぶようにしろ」
アオの”あの女”発言に今まで抵抗があり、ここでようやく修正出来る機会を得たとばかりに告げた。
アオは渋々納得し、改めて懐石の件を許してくれたかを確認した。
いよいよ山から朝日が顔を覗かせ始めた頃、六蔵はその場を離れた。
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