憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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三幕 安らぐ村での奇縁

五 霧晴れた朝

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 すべてが虚ろいで見え、微睡まどろみの中で理解した、自分のいる場所が荒れ地であると。
 空に旭光きょっこう広がり、周囲の色合いが次第に表れだした頃の事。

 眼前で動くのは、はっきり人間と判る影二体と人間の形と思しき黒い何かが数体。正確な数も輪郭もはっきりしない相手に斬りかかる二人の人間。といった状況である。

 二人の姿はぼやけているが、髪色で一人は誰か判明した。
 赤銅色の髪の人物。志誠と思しき者が地面に木刀を突き刺し、暫くしてそこら中の地面が斑に光り出した。
 そこで急激な睡魔に襲われ、瞼が自分の意志で開ける事が困難となり、ぼんやりとした明朝の光景が次第に暗闇の世界へと塗り替えた。

 暗い闇の中で感じたのは鼻孔を通り過ぎる空気。香り、匂いは何もない。
 あるのかもしれないが、無臭に近い空気を何かに例えるとするならば涼しい空気。冷たくなりかける空気。秋を思わせる空気。
 体感からも、時期的にも夏から秋への変わり目である為そのように抱かせるのだろうが、これが今、自身の中で最も適切な表現だと言える。

(   いこん   撒き    作りましょう      とうさ  )

 温かで穏やかな雰囲気を抱かせる家の中。
 途切れ途切れの言葉を発する自分。
 見知らぬ人たち。

 嬉しく楽しいのに、どこか胸を締め付けるほどの苦しみを与える光景が、暗闇に灯る蝋燭の灯りのように仄かに映り、まるで蛍の光が消えるようにゆるりと絶えた。

 ◇◇◇◇◇

 夢と判断したのは、眩しい陽光が自らの顔面に注がれ、現実に引き戻された時。
 あまりに眩しく、光を鬱陶しがるように腕で視界に陰りを作って防ぎ、起き上がると、ようやく涙がこめかみを伝っている事に気付く。
 風が吹いた時、妙にそこが涼しい気がしたからである。

「……なんだ、ようやくお目覚めのようだな」
 見知らぬ男性が、日も登っているというのに焚火に薪をくべていた。

「え……っと、誰………ですか?」
 寝ぼけ眼で男性と辺りを見回し、自分の置かれた状況を思い出そうと記憶を整理したけど、上手く思い出せない。

「儂は佐竹田さたけだ宗兵衛そうべえおもに用心棒やらなんやら、刀で斬ることを生業としておる。盗賊などではないから安心しろ」

 一人称を”儂”と言う辺りと、生やしたての口髭の印象から四十歳後半を印象づける。しかしよく見ると、目元やその他の顔の皺が少ない。
 三十前半でこのような顔つきの者を何度か見たことを思い出した。
 紹介が終わってもさすがに気まずく、視線をどこへ向ければいいか迷いつつ、焚火へと向けた。

「目覚めましたか永最様!」
 気まずい会話を途絶えさせる、溌剌とした幸之助の呼び声に二人は振り向いた。
「少しですが魚とこんな物もあります」

 と言ってもどこから用意したのか、魚籠に五匹の魚と布袋にキノコ、木の実が入っているのが見えた。

「あの短い間でこれだけ手に入れたのか?!」
 宗兵衛は驚きながら訊く。自らも魚獲りを嗜む為、森の中へ行って半刻もしない間での成果は正に神業と思えた。
 幸之助は地元の老人に頂いた経緯を話すと、宗兵衛の興奮も治まった。
「世の中には御仏の化身のような方がおられるもんなんだな」

 言いながら宗兵衛は、手慣れた手付きで魚とキノコに枝を刺し、焼き始めた。

「幸之助殿……訊きたいのだが、なぜ佐竹田殿と。どういう経緯でこのような状況なのでしょうか。何より、なぜこんなところにいるのだ?」
「永最と言ったな。僧侶なら様付けか? 佐竹田の姓はあまり馴染みが無いのでな、宗兵衛と呼んで下され」
「あ、でしたら私の事も永最と、様無しでお願いします。まだ目上の方から呼ばれ慣れて無くて」

 やり取りの区切りを見計らって幸之助が切り出した。

「説明の前に、永最様は海に着いた後のことは、どこからどこまで覚えてますか?」
 訊かれて思い返すも、不思議とほとんど覚えていない。
「村を見つけたところまでだな。後はうろ覚えだ。どこかの家にいたとか、誰かと話していたとか」

 徳泉の説明は的中していたと証明された。
 それはつまり、後に教わった忠告も守らねばならない証明でもあった。

 忠告は、村で起きた事実を教えると教えられた者の思考、憑いた何かの定着が不安定となり、周囲の異念体達に影響を及ぼし、永最の記憶も人格も狂わせてしまう。

「永最様は異念体に当てられて、虚ろいだまま村で二日過ごしたんです。ほら、自分からは鳳力が使えないでしょ。この国の大町の導師様の知恵を借りて、宗兵衛様と天邪鬼で異念体を祓ったのです」

 自然と零したが、『赤の他人の前で天邪鬼の名を出していいのか?』と、疑問は視線で宗兵衛に語り掛けるように送った。
「幸之助殿……? 宗兵衛殿は……」

 疑問が何か、宗兵衛は心得ていた。

「案ずるな。元々は祓い手見習いの身。儂も鳳力の扱いが下手で、剣術ばかりが上手くなってこのような立ち位置にはいるが、亜界の連中の事も理解している。無論、天邪鬼の事は昨日からの付き合いだが委細承知だ」

 視線で幸之助からだと示された。
 胸をなでおろし、幸之助の説明を続けてもらった。

「永最様も無事なようですし、これから目的地へ向かいます」
「目的地? 導師様に会う旅の筈。何か目的が出来たので?」
「はい。導師様に会い依頼を受けました。ススキノさんが話した六赫希鬼。あれを祓いに向かいます。場所は檜摩かいまの国です」

 場所を聞いて、永最は視線を反らし、ゆっくり大きく息を吸い、握りこぶしを眉間に当て溜息を吐いた。

「どうしたのだ永最」

 宗兵衛が名を呼ぶと、不思議と兄に呼ばれているような錯覚を起こす。寺での兄弟子達からの言葉遣いにどことなく似ているからだと思えた。

「檜摩の国は、私と幸之助殿が初めて出会った町の近くの山を越え、国境を越えたところにある国ですよ。海は初めて見れましたが、また十日以上もかけて来た道を戻る羽目になるのかと思うと……」
「安心してください。同じ道は戻りません」

 理由は二つ。
 一つは永最にあの村を見せると何が起こるか分からないため。
 もう一つは、目的の町へは別の通路のほうが近く安全なため。

 この時期、嵐により川の氾濫事故に遭いやすく、来た道には大河を通る町があったため、足止めをくわないようにすることも理由である。

 そうこうしている内に魚が焼けた。
「ささ、まずは朝飯朝飯」

 宗兵衛は二人に焼き魚と茸を渡し、質素だが朝餉あさげを迎えることが出来た。
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