憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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四幕 静かに関わっていた者達

一 露天商・山岸 一之介

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 初めに、山岸一之介がその女性を見て抱いた印象は、”近所では見ないほどの色白く触れれば絹を撫でるほど滑らかと思える肌”であった。

 一之介は大通りの傍で、知り合いから譲りうけた陶器、掛け軸、木や竹で作った籠や椀、硝子小物を並べて売っていた。いわゆる露天商である。

 御上おかみの条例上、露天商には制約が課せられている。

 1 春先から秋半ばまでの期間。
 2 日の出から日が西の山にかかり空が暮れなずむまでの間。
 3 通路の端、契約で指定された場所。

 他にも細かい指示はあるが、大まかにはこの条件において個人が持ち運びできる物品の売買が出来る。

 百姓仕事の傍ら、十日の内に五日か七日、山岸一之介は小物(たまに庭で出来た作物の加工品・主に乾物)を売っていた。

 仕事を掛け持つ理由を述べるなら、過去に露天商の儲けで掘り出し物を買った一人の百姓仲間の話が影響している。その安値で購入した掘り出し物がとても貴重な物であり、それを売って大金を稼ぎ、貧乏から裕福な生活へと変貌したという。

 『わらしべ長者になれる』と、一之介は下心を内に秘めながらこの生活を開始した。

 役所での手続きは面倒で、露天商を始めれば最低でも一年(春先から秋口の後、冬の間は町の雪処理の仕事や諸々の雑用を任せられる)は続けないとならない。

 内なる野心を実現させようと躍起になった一之介は、現在三年目の夏の終わりを迎えようとしていた。
 ここまで来れたのは、ひとえに周りの人々の協力の賜物たまもの。などという美談ではない。

 ただ、運が良かった。それだけである。
 しかし一之介本人は、実力と自身の顔立ちの良さに笑顔だと、自惚れている。

 運が良いのは、馴染みの者の多くが細工事を生業としており、修行のため作ったものをもらい受けた。勿論、売った報酬の半分は手渡している。
 家庭内においても、嫁と両親は働き者で、生まれた子供も多く、上から八歳の双子の男児、六歳の女児、四歳の男児と今年生まれた女児。
 上三人は父親の事をだらしないと言われて育ち、生活のため母と祖父母の手伝いをする逞しい子に育った。

 自惚れている一之介だが、周りの主婦たちの間では中々に”いい男”で通っている。
 どれだけ嫁が『何もしない旦那』、『ていたらく』などと本心を漏らしても、『亭主関白な旦那』、『堂々と時より見せる頼りがいのある行動が魅力』など、自分たちの旦那と比べてどうしても一之介は美化された。

 そんな一攫千金を狙わなくとも、得と言わざるおえない運の良さを持ち合わせた一之介は、不意に現れた色白肌の女性に一目見て魅かれた。
 それは女性の美しさもそうなのだが、得体の知れない不思議な雰囲気。例えるなら、蜜の香りに魅かれ花に寄ったが、ある一線を超えると命を失うような危険がある。
 不倫をしてでもこの女性をものにしたい直感があるものの、品定めをしている内に何がそう思わせるのか、女性に警戒心も抱かせた。

 それは、女性の顔立ちが異国者だからなのかもしれないが、それでも美しさに魅かれている事には変わりない。

「な……何か…良い物あったかい?」

 持ち前の笑顔もぎこちない。
 腹の内で焦っている自分を拒絶し、静かに冷静さを取り戻した。
 さらに二呼吸すると、自然と落ち着き、普段通り振舞えた。

「どれも良い彫り物だが……随所に彫りが甘い所が見られる。これはお主の彫り物か?」

 目が合うと脈拍が上がる。身体がいつもより熱く、体臭が妙に気になった。

「お、俺が全部作れるわけがない。ダチや馴染みの仲間だ」

 女性は納得するともう一度品を眺め、陶器の地味な香炉を手に取った。

「これもお主の仲間が作ったものか?」

 見た目に比べ、古臭い話し方がさらに魅力的に思わせる。

「そいつは家の床下整理した時に出てきたもんだ。別にいわく付きじゃねぇから安心していいぞ」
「いや、これはお主が大事にとっておくといい。誰が見ても古ぼけたものであり、どのように売ったところで一文、二文がいいところだが、お主が幸福の恩恵を受けているのもこの香炉のおかげであろう。置物にしろ、香を焚くにしろ、光の当たる場所に置いておくといい」

 なぜそのように断言できるかは理解出来なかったが、何故か反論せず受け取った。

 誰かから聞いたことがある。世の中には不思議な眼を持つ者がおり、どこかの将軍、巫女がそういった力があると。
 それを思い出して、女性の意見を受け入れた。
 香炉を受け取った時、女性の魅力と危険性を備えた雰囲気の合点が、不思議な眼や力を持っているからなのだと結びつけた。そう、強く判断した。

 女性は何も買わず去った。
 そしてその日から一之介は奇妙な錯覚に陥った。それは誰かに見られている感覚である。
 何をしていても見られている感覚は治まらなかったが、気にしても仕方ないと割り切ると、次の日の夜からは気にも留めなかった。
 一之介は幽霊を信じない為、そういった存在に対する恐怖は無かった。

 二日後、あの魅力的な女性が見知らぬ男性と話している光景を目にした。
 同日夕方も畑仕事を終え、帰宅途中の溜池沿いでも目にした。
 更に二日の間に、何度も同じ男性や別の男性と話している姿を目にした。
 そして翌日、露店で小物を売っていると、あの魅力的な女性が現れた。
 見慣れたせいもあり、脈拍が上がることは無い。それは、何人もの男性と話している姿を見て、何かが冷めていたからでもある。

「あんた、この町に越してきたか何かか? 何度も見かけたぞ」
「そうか。何かの奇縁やもしれぬな」品を拝見しながら話した。「しかし、この町での用は済んでな、今日発つ前にお主の品を買おうと思い、参った」

 まさか、一目見て自分に気を抱いたのでは? 
 そう思うと、やや冷めていた興奮と忘れていた緊張を思い出し姿勢を正した。

 女性は、翼を広げ、滑空の様子を表している鷲の彫刻を手に取った。それは薄い四角い木の板に鷲の絵を描き、立体的に掘ったものである。

「お主の仲間はこれからも成果ある作品を作っていくであろう。この者達との縁を大事にするとよい」

 彫刻の代金を払うと、颯爽と女性は去って行った。

 その日を妙に照れながら過ごした一之介は、この日以降、女性と会うことは無かった。

 ◇◇◇◇◇

「ススキノ殿、御無事で」

 彫刻を買い終え、町の外の人気のない丘に辿り着いた時、向かいから一人の男性が近寄ってきた。
 男の名は伊生いせい

「苦労かけたな。あの露天商の監視、さぞや退屈で気疲れしたであろう」
「いいえ、鈍感な者であった故、むしろ気安くございました。それより、一体であれ六赫希鬼の討伐、ご苦労さまです」

 祓った希鬼は、彩夏が遭遇した希鬼である。
 手間取りはしたが、力のぶつかりあう苦労ではないため、男性の気遣いを素直に受け入れてよいか、悩ましいところであった。

「面倒な希鬼だが、対峙すれば骨が折れるほどの強者では無かった。それほど苦労はないよ」

 伊生は別の事に疑問を抱いていた。

「しかし、なぜあの町は希鬼の影響を受けなかったのでしょう」
「恐らくあの露天商の香炉。偶然拝見したが、名のある導師が念や印を込めたのだろう。悪意のない異念体が纏わっていた」

 香炉の価値を鑑みても、あんな所に存在するのは偶然である。それをあの無頓着な男性が所持していた事と、運の良さに感服した。

 伊生は、次の目的場所の確認をとった。

咲良技さくらぎの国を経由し、檜摩の国へ向かう。この二国に不穏な情報が入ってな。お主には別命で動いてもらいたいことがある」

 伊生は内容を聞き、了承すると、別れる前に訊きかえした。
「時に、あの術を本当にお使いに?」
 過去に幾度かこの問答を別の部下と交わしたことを思い出し、ススキノは嫌気をほんのり表情に表した。
「どいつもこいつもくどいぞ。この任を賜った時に覚悟は出来ておる筈だ」

 覚悟。それは命を失う事を指していると理解できる。

「いえ、我々ではなく……」
 表情から、死ぬ覚悟が本当にあるか。と、訊かれている気がした。
「あの術の使用者はほぼ死に至ります。なぜそのような術を……」

 やれやれ。と漏らしてから説明した。

「あの鬼の名を見た時、この術しか対処方法が無くてな」
 迷いなく答えた様子を伺い、その点は納得した。そこで他の事を訊いた。
「では、なぜ? 俺への別命もそうですが、他の者達にも四導師の事を調べる必要が?」
「それが重要と思ったからだ」

 伊生はこれ以上の詮索は無意味と判断した。理由は、大まかな理由が省かれた返答。これをススキノがするということは、何を訊いても重要な部分が省かれ続ける可能性がある。

 伊生の意見に間が空いたところで、ススキノは告げた。

「それよりあの術は人数が決められておる。故に死ぬことも、ここまで来たら逃げることも許さん。人に気を回す前に自分たちの覚悟を揺るがすでないぞ」

 そう言ってススキノは去って行った。
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