憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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四幕 静かに関わっていた者達

三 過去を見る人・柏木 菊乃

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「――ちょいと。田舎から帰ってからの菊乃の様子。随分と嬉しそうだけど何かあったのかい?」
 宿の女将が男性従業員に訊いた。
「俺にも分からん。挨拶に行った時にはもうあんな感じだったそうだ」

 柏木かしわぎ菊乃きくのには誰にも話せない秘密が二つある。それが数日前、一風変わった旅人に二つとも見抜かれてしまった。
 男性は長屋宿での宿泊を記帳した時は、頬に酷い傷跡を残してはいても、優しそうな面持ちであった。しかし二日後の、里帰りにおける付き添いとして依頼した時は、眼つきと人相が、愛想の良い御仁ではなくなっていた。
 文字通り『変貌』した印象である。

 里帰りの同行依頼は唐突であった。

 身重な身体の菊乃を気遣い、牛車の所有者も車を一新し、揺れの少ない道を選んだところまでは良かった。しかし、突然の団体宿泊のための人手不足により、旦那が突然同行出来なくなった。
 そんな折、もう一度長屋宿での宿泊を望んだその男性に頼み込んだ。
 所持品から旅侍と思い、見知った修行僧が嫌気を露わにしていない様子から、悪徳侍ではないと判断して、その男性に護衛を指名した。

 見返りに僅かばかりの銭と宿泊代無料を条件に、男性は快く引き受けた。この時の面構えはすでに鋭い眼つきであった。

 出発の前夜、男性が女将と話をしている光景を目の当たりにした。これといって変わった様子は窺えなかったが、菊乃は妙に気になって同行中に男性に尋ねた。

「昨晩、女将と何を話していたのですか?」

 男性は話そうとせず、そのまま寝転がって寝てしまった。
 牛車の運転手に話を聞かれてはならないと気遣った配慮であると、後に菊乃は知った。

 目的の町に到着する手前で男性は牛車を止めるよう指示した。
 菊乃は男性に事情を訊きたい為、男性と共に降りた。口実として乗り物酔いとすれば、運転手に疑われる必要も無い。それは、どうしても二人きりになる為の嘘であった。

「さあ、理由を話していただけますか?」
 こうなることも予測してか、男性の口から返された言葉が菊乃の秘密の一つを見事に見透かしていた。
「俺が危険と思わないってことは、あんたの予測か? それとも眼の力か?」

 躊躇し、半歩引き下がった。

「眼に関する力は大きく分けて三つだ。一つは常人に見えない生物が見える。二つ目は先のモノ、いわゆる遠くや壁の向こうなど、主に千里眼などと言ってるそうだ。三つ目はこれも先が見えるが、今度は未来など予知などだ」
「……どうして………そんな話を?」

 あくまで知られてはならない。知られれば変な目で見られ疎外される。

「安心しろ。誰にも漏らさねぇよ。何より、そのことで女将に訊きたいことを聞いた」
「貴方一体何者ですか? それに、女将に何を」
「あんたは気づいてないだろうが、時折眼の色が黄色く変わる。それは眼に何らかの力のある証拠。女将との世間話で大方見当がついた。過去、宿で起きた殺人の隠蔽に関わったんじゃねぇのか?」

 そんなことまで。
 二つ目の秘密を突かれ、さらに引き下がった。
 あからさまに分かりやすい菊乃の反応に、男性は呆れた。

「だ~か~ら~、誰にも言わねぇし、気に病むな。めんどくせぇ」

 この男は一体何者か? 無意識に眼の力を使ってよく見たが、何も見えない。

「俺を見ても無理だ。まあ、後で説明してやるよ」
「旦那の殺人なんて聞き捨てならないよ。それに隠蔽だなんて物騒にもほどがあります」
「そうでもないぞ。その時の状況を考えたらその言葉が適切だ。殺人が起きた時代と当時八つの旦那の年齢、先代の親方性格を考えれば、まあ想定出来るだろ。旦那が先代を刺したってな。人を殺した奴は、状況次第では子であろうと裁かれる。まあ、当時の状況が隠蔽には最適だったんだろ? 旦那は八つ、先代は嫌われてる、あんたの眼の力を誰も知らない。他者を欺ける条件は揃ってる。表向きは盗人の犯行とされてるが、未だ手がかりが無いってのは不自然だろ。背格好ぐらいは不審者としての情報があっていいのに、これっぽっちも情報が無い。どれだけやり手の盗人だ?」

 菊乃は冷や汗をかいた。

「女将も旦那も何の偏見も持たれず仕事が出来ているのは、関係者が隠した証拠。その中にあんたもいたって考えるのが自然だ。女が集まりゃ噂が広まって迫害される。あんだけ宿に女従業員がいるのに、犯人の噂も無く、怨霊の仕業と怪談が生まれる始末だ。犯人である旦那の悪口すらも出回っていない。つまり、当時の目撃者はあんた一人か、もう一人いたとして女将だろうな。それなら巧妙な隠蔽が可能だ」

 菊乃は見つめた。

「なんでそう思うのさ。そもそも、八歳の男児が人を殺すって考えが既に不自然じゃないのかい?」
「刃物で刺しゃ人は死ぬ。八つの男児が出来ねぇ訳ねぇだろ。あんたの年齢は女将から聞いた。姐さん女房ってか?」

 男性は首元が痒くなり、搔きながら続ける。

「弟を護る姉のように、当時の旦那を護ろうとしたあんたが隠蔽に携わったのなら分かりやすい。息子を護る女将があんたに協力を望んだのなら、それも合点がいく。”何があっても秘密を貫き通す”と、それぞれに決意を固めたのは容易に想像がつく。けど、この二つの仮説には共通の大きな穴がある」
「………穴?」
「隠蔽のための状況証拠だ」

 見抜かれている。菊乃が隠し通した二つの秘密を見事に。
 冷や汗が背中を伝うのを感じていた。

「あんたにしろ女将にしろ、突然八つの男児が人を殺せば動転する。隠蔽しようにもしきれない。見ず知らずの人間を犯人にでっち上げようにもさすがに無理がある。なんせ状況が状況だからな。けど、それがまかり通った。それが出来たのはあんたのおかげ。ってなると必然的にあんたの眼の力も判明する」

 じっと見られながら空いた僅かな沈黙の間が、妙に長く感じた。

「――未来予知」

 男性の的中した推理により、菊乃の中で何かが崩れるのを感じた。
 それは体感にも影響を及ぼした。と言っても体が崩れるようなものではなく、奇妙な体の軽さ、狭い部屋から出たような開放感である。

「未来を見たあんたは、前もって隠蔽の準備を行い、あたかも目撃者を装い共犯者となり旦那を救った。女将があんたに信頼を寄せてるなら、その場に女将もいた。そんなとこだろ」

 感服した。男性の推理は、的の中央を少しだけ外しているものの、正解と言って過言ではない。

「お見事です」菊乃は観念した。「……私はいろんな方の未来が見える。と言っても見たい時期を見るのではなく、その者の特別な時期、私は分岐点と呼んでいます」
「分岐点?」
「ええ。今回の場合だと、あの人が救われるかそうでないかです。刺激的な場面ばかりではありませんよ。想い人とすれ違うかそうでないかとか、安売りに間に合うとかそうでないかとか。意識を集中、向かい合って会話している方でもそうです。眼が勝手に見てしまい、幼い頃は苦労しました。今では勝手に見える回数は減りましたが、自分の意思で見たいと思えば見えるようにもなりました」
「すごいな。初めてそんな人間に会った」

 菊乃は微笑むと、当時の事を語り始めた。

「先代の親方はとても厳しく、仕事以外では家族にも幼い使用人である私にも、平気で殴って怒鳴るような御方でした。特に主人は男児であり、跡継ぎであるがゆえに過激な指導を行っていました。私は当時の主人の気晴らしにでもなればと思い、遊び相手や相談相手になりました。しかし私の眼が見ました。主人が旦那様を刺し殺す光景、その場を目撃したのが女将さんである光景を。殺された場所に行っても何もなかったのですが、必ず起こりうることは承知しておりました。幸い、その場所は裏口に近い部屋。通路も石を詰めた床でしたので足跡が判別することは無かった。架空の犯人を作れば、足跡を残すことなく逃走出来る通路も想定出来、後はその日が来るのを待つだけでした」

「犯行日は女将さんや旦那の服装から判断したのか?」
「さすがですね。何度か同じ服装の時がありましたから、無駄足を踏んだこともありました。……旦那様が刺された当日、気が動転している女将さんと主人の前に現れ、目撃者となりました。女将さんは犯人を女将さん自身にしようと私に提案し、言い聞かせて来ましたがそれでは何も解決しない。私も舞台役者で無い為、気が動転したように見せかけるのは苦労しました。冷静に架空の犯人を作り上げ、裏口から逃走した作り話を、女将さんと夫に言い聞かせました」

「しかし、その後で平然と生活してたんだろ。女将やあんたはともかく、あんたの主人はさすがに気が滅入るだろ」
「ええ。当時の主人が落ち着くまでは苦労したと聞きました。そして理由はどうあれ、女将と主人は働き場所と住む場所を変え、女将も私を突き放すかのように別の宿の使用人にさせました。今の女将を見ていると、もしかしたら私への気遣いだったのかもしれません。そして、二十歳を過ぎた頃、縁とは不思議なものですね。夫と偶然出会いました。あ、その時は顔を見てあの時の主人だとは思いませんでしたが、頻繁に会うようになり話を聞いてあの時の男児だと知りましたが、愛し合い今に至ります」
「女将は驚いただろ」
「ええ。ですが、融通の利く方でして、他言しない事を条件にお付き合いを認めてもらえました」

 菊乃は安堵しながらも、男性が不意に漏らすのではと思い、念押ししようとしたが、決して漏らさない。と、先に言い残して去ろうとした。

 菊乃は他の要件を思い出し呼び止めた。

「こちらも要件がございます」
 男性は振り返った。
「貴方様は何者でしょうか? 人の様で人ではないのですが」

 男性は鼻で嗤った。

目敏めざとい眼だ。……一応訊く。どうしてそう思うんだ」
「貴方の中には二人いる。一人は笑顔の男性。この御方は未来が見えました。しかし、貴方は見えない。表情もどこか違う。……貴方様は人なのですか?」

 これは逃げられないと確信し、一部真実を語った。

「理由あってこの身体に憑いている。おたくら人間が分かりやすい所の妖怪って奴だ。あんたの眼は俺には効かない」

 俄かに信じられないが、自分も未来予知の眼を持っている分、常人よりは信じることが出来た。
 男性が、互いに秘密は他言無用だと言い、去ろうとした。

「待って下さい」
 再び立ち止まり振り返った。
「あの………もし宜しければお願いがございます」
「なんだ」
「貴方はまた、永最様と共に居合わせます。日は分かりませんが、あの御方は苦難と向き合う日が来ます。私が見たのは最悪の未来、狂気をむき出した永最様が、夕方ですが、誰かを殺める未来です」

 男性は本格的に聞き入った。

「もう一つ、もう一人の貴方様も同様に苦難に見舞われます。しかし、何故か笑っているのです。不気味に、楽しそうに」

 深刻に悩む表情を露わにした。

「異質な存在である貴方様なら、未来を変え、お二人を救えるかもしれません。どうか、救ってはいただけませんでしょうか?」

 暫く黙って、男性は「気が向いたらな」と告げて去って行った。

 菊乃は、男性の背を眺め、未来予知の眼が動いた感覚に捕らわれたが、やはり何も見えない。ただ、春の陽気のような、穏やかな気分が包み込んだ。
 未来予知は使っていないが再び男性の背を眺めると、不安が払拭された。

 菊乃も男性と反対の方向。町へ向かって歩き出した。
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