憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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五幕 宿すモノの片鱗

二 小宴会

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 長屋宿に三人が揃って集まったのは、仕事を初めて三日後であった。

 永最は毎日帰っており、宗兵衛は薪割りで意気投合した者の家に二日間泊まり、幸之助も剛一郎の家に泊まり込んでいた。
 集結した三人は、久しぶりの再会に酒を持ち寄って小宴会を行った。
 この時、幸之助は志誠に変わっている。

 各々、この三日間の出来事を簡単に説明し終え、猪口に注がれた酒を掲げて乾杯し、飲みあった。

「しかし、なぜ幸之助は顔を出さん。久しぶりだというのに」

 志誠は片膝を立て、スルメを肴に酒を飲む。不意に、入口に視線を送ったが、すぐ元に戻した。

「この三日、あいつが体の主導権を握っててな。無理が祟って気を失ってんだよ」
「無事なのか志誠」永最はまだ酒を飲んですらいない。
「ああ。むしろ元気すぎなのが不可解すぎるが、まあ、お気に召す兄貴分が出来たってんで、喜んでるから仕方ない」
「ふ~ん。天邪鬼も気遣ってるんだな。いい奴じゃねぇか」宗兵衛は永最に視線を向けた。「なんだ? お前はまだ酒飲んでないのか。飲め飲め」

 遠慮する永最に、宗兵衛は強引に猪口を口に当て、無理矢理飲ませた。
 途端、みるみる永最の身体が火照り、無性に次の酒を飲みたい衝動にかられ、酒を進める宗兵衛に向かって猪口を差し出し、入った酒を飲み干した。

「しっかし、志誠は一体何が目的なのだ?」

 言って今度は、猪口を使わず瓢箪に口をつけて飲み始めた。
 その光景に宗兵衛は気分が良くなり、志誠は迫りくる永最に危機を抱いた。

「お、おい。何だってんだ」

 永最は、据わった目でじっと志誠の顔を眺めると、瓢箪の酒をさらに煽り志誠の肩に腕を回し、顔をさらに近づけた。

「水臭いではないかぁ。なぜ私に話してくれんのだぁ? 出会った時のきょうを恨んでいるのかぁ? 効かんから良いではないか! 私は、効き目の無い経唱人形きょうとなえにんぎょうと成り下がったからいいではないかぁ……。鳳力も大したことない、ちんけな能無し僧侶なのだから良いではないか。――恐いのか?」

 感情の起伏が激しく、今にも口が顔に当たりそうなほどに接近し、自虐話を聞かされる。
 煙たがる志誠を他所に、この光景がどうしようもなく面白い宗兵衛は助けることなく、腹を抱えてうつ伏せに、衝撃的な笑いに悶絶していた。

(こいつ……絡み酒か!? 宗兵衛あいつはああだし……仕方ない)

 志誠は永最の顔を押しのけ、酒の入った瓢箪を奪い取った。

「まあ、俺もお前を信頼はしている。一緒に旅して悪い奴ではないと言い切れる。……けどな」
 瓢箪の口を永最の口に押し付け、ゆっくり注いだ。
「ほ~ら。もう一口飲め」

 三口ほど飲むと、永最は瓢箪を払い、ぐるぐる頭を回し、志誠に抱き着いた。

「あ~まのじゃ~~~くぅ~~~」
 寂しがる子供が、親に抱き着くような無邪気さを感じながら、志誠は永最の首と背の付け根の所に手を当てた。
「ゆっくり寝てろ」

 わずかに気功を手に起こしグッと押さえると、永最は指圧された時の程よい気持ちよさを感じ、唸り声をあげ、眠り落ちた。

「ったく、とんだ災難だ」
「……くくく、うっ」宗兵衛は大きく息を吸った。「あ~愉快愉快。まさか堅物の永最にこのような一面があったとはな」
「他人事だな。今度はてめぇがこうなる番だぞ!」
「構わん。その時はその時で適当に対処する。それよりもこの一面はなくならんでほしいもんだ」

 志誠は酒を飲み直した。
 視線を入り口へ向け、次の相手と話す心構えを改めた。

「さて、誰か知らぬが男の宴会を覗き見るのは些か野暮ではないか!」

 宗兵衛が志誠の意を確認すると、外に向かって声を張り上げた。

 入口の戸が開くと、志誠は驚きすらしない。
「……やっぱりお前か」
 その人物を知らない宗兵衛に反し、志誠は分かっている様子だ。

「夜分に加え、楽しい宴会に水を差して申し訳ない」
 ススキノの姿に、知り合いかどうか宗兵衛に訊かれ、顔見知り程度と志誠は返答した。
「あんたに盗み聞きの趣味があるなんて意外だな」
「はて、私は見知った顔を町で見かけた故、挨拶にと此方へ今し方参ったばかり。盗み聞きとは穏やかな言い回しではないな」

 ススキノは何かを隠している。
 出会ったときから志誠は、心中で抱いていた。その正体を暴く糸口もきっかけも、未だに見いだせていない。

「まあ、酒の席なんだ。細けぇ話は良しとしようや」宗兵衛は瓢箪をススキノに向けた。「どうだい一口」

 ススキノは床に落ちている猪口を、一口だけと言って差し向けた。
 宗兵衛の注いだ酒を一口飲むと、一息吐いた。
 その姿に宗兵衛はススキノの色気を感じ取った。

「色っぽいなあんた」
「褒めても付き合う気はないので悪しからず」

 呆気なくフラれたが、宗兵衛はススキノへの好意の視線を背けることなく、度々眺めた。

「ここにいるってことは、あんたも檜摩の国の六赫希鬼絡みか?」
「察しがいいな。足止め理由はお主等と同様であろう?」
「ついでに文無しだから短期仕事で三人揃って銭稼ぎだ」

 視線で、志誠じぶんに抱き着いて寝ている永最。顎で宗兵衛を指した。
 永最はほうっておき、ほろ酔い気分の宗兵衛は手を挙げて返事した。

「まだ名乗って無かったな。佐竹田宗兵衛と言う者だ」
「紹介が遅れてすまぬ。ススキノといいます」
「六赫希鬼目当てという事は、貴女様は祓い手。しかもかなりの手練れなのでしょうな」
「実力の程はさておき、祓い手であることは確かだが、それが何か?」

 まるで品定めのような眼つきでススキノを見た。

「……いんや。ますます魅力的だな~ってな」
「やれやれ、女性の一人旅故、あまり虐めて下さるな」

 それをあっさりと吐き捨てる様子に、宗兵衛もススキノが何かを隠していることを感じ取った。
 これ以上、宗兵衛との話は無意味と判断し、話相手を志誠に戻した。

「さて、酒も頂いて無言と言うのも宴会の席では失礼。一つこちらの疑問に答えてもらっても?」
 志誠は酒を一口啜って視線を向け、ああ。と、呟いた。
「お主、幸之助殿に憑いてさぞや長いであろう。異念体を相手にしている時の馴染み具合を見て思った」
「ああ。もう十数年にはなるな」
「ほう。では、これから六赫希鬼に向かうのであれば気を付けねばならんな。……もう気付いてはいると思うが」

 酒を猪口に注ぎ、返答せずに啜った。
 どういう事だ? と訊いたのは宗兵衛である。

「祈想幻体が人に憑くという事は、そう長くは憑けんのが道理。志誠のように十何年も憑くには、それなりに手練れの導師等が憑かせたのは見る者が見ればわかる。しかしこうも長く憑いたまま、六赫希鬼のような強大な気を乱す存在を相手取れば、志誠その者の存在が散る危険がある。それを分かっているのかという話だ」

 宗兵衛は目を見開いて志誠を見たが、志誠は問題ないと告げた。

「本当か?! 無理してないか」
「案ずるな。問題ないのは事実だ。証明しようが無いのも事実だがな」
「まあ、お主がそういうのならばそれを信じるしかないな」
「分かったらさっさとお前さんの宿へ帰るんだな」

 ススキノはそうさせてもらう。と立ち上がったが、置き土産のように吐き捨てた。

「何を隠してるか分からんが、強大な敵には手を出さん事だ」
「秘匿はお互い様だろ。まあ、忠告は聞いといてやる」

 ススキノが部屋を去ると、宗兵衛は聞き耳を立てて、ススキノが去るのを感じ取った。

「二人揃って本音隠しの腹芸に興じるのは構わんが、あのような魅力的な女に嫌悪をむき出しにするものではない。まあ、妖怪には分からんだろうがな」
「この際だから聞いておくが、なんでお前も祈想幻体を妖怪と呼ぶ? 一応祓い業に携わってんなら、幻体とかでいいだろ。あと、あの女は辞めとけ、隠し事の上手い女は後々苦労すると聞くぞ」

 宗兵衛は鼻で嗤った。

「剣術は群を抜いてるが鳳力術はからっきし。くだらん縛りを嫌う性分故に幻体も異念体も好きに呼ばせてもらってる。だからお前を名で呼びもするし天邪鬼とも言う。妖怪とも言うぞ。後、女の趣味は他人には理解できんもんだ」

 納得したように志誠はため息を吐き、再び二人は酒を啜った。
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