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五幕 宿すモノの片鱗
三 剛一郎の洞察
しおりを挟む長屋での小宴会から五日後。
「さすが。………幸之助とは全く違う」
剛一郎が称賛する相手は、肩が上下するほど息を切らせている宗兵衛。
二人は木刀で手合わせを繰り広げていた。
剛一郎との手合わせを、無邪気な子供のように生き生きと語る幸之助の話に宗兵衛が触発され、剛一郎に手合わせを願い出たのである。
激しい打ち合いの末、柄の握りが緩み、一瞬斬り払う動作が遅れた剛一郎の隙をついて、突き出した木刀を相手の首元に当てた宗兵衛の勝利で終了した。
公式の手合わせ同様、木刀を鞘に納め一礼の動作で相手への敬意を示すと、大きく息を吸って呼吸を整えた。
「何をもってさすがだ? とんだ嘘つきめ。謙遜な態度で油断させたと思いきや、眼つきも太刀筋も足さばきもなかなかのものではないか。もし師がいるのであれば話をしたいものだ」
「師はいません。育ちが上品じゃない分、木刀も真剣も振り回して生きなければ生活できなかっただけです。しかし宗兵衛様の剣術は不思議だった。一般的な誰かの門下であれば一定の動きは似ているのだが、基本の型とは別の型を持って見える。ただの剣客ではないのでしょうが、真剣勝負だと今の動きは命取りになりますよ」
「すごいな。どんな生き方したらそこまで見抜けるのやら」
一度剛一郎に目を向けると、ゆるりと流すように背けた。
「お前さんは祓い手って呼ばれる連中の事を知ってるか?」
悩む素振りのまま返答された。
「詳しくは……」頭を左右に振った。「しかし、目に見えない化物を倒す集団がいる話は聞いてます。俺はそんなの見えないですから、信じようもありませんが」
「まあ、俺の師はその連中関係者でな。祓い手の術を教えようと、祓い業の剣捌きに普通の剣客の剣術が身に着き、ごちゃまぜ剣術完成って訳だ。これでも結構治った方だが、お前さんとの手合わせでまだまだ治しようがあることに気付かされた。礼を言う」
互いに会釈しあうと、剛一郎は向きを変えた。
「では、そちらの方の番ですね」
視線の先の永最は手を振って否定した。
「滅相も無い。私は剣術など全く。子供のチャンバラが良い所だ」
「すまんな。俺の好奇心でお前さんと手合わせをしに来ただけで、あいつは興味本位の観戦だ。なんでも、幸之助の剣技を見て、それを超える手練れとやらを見たいのだそうだ」
「ああ。幸之助の動きは確かに見所が満載だ」
呼び捨てに幸之助は何も思っていない。何より、二人は兄弟のような雰囲気もある。
「しかし動きが激しい分、無駄な所が多い。刀を持ちかえればいいところや、下がって体制を立て直せばいい所を反動に任せて回転したり、近くに木々があれば忍者のように飛び回って斬りかかる。何かの舞のような動き、舞術と言った者もいましたがそれに似ている。ここまで動けるのは木刀だからでしょう。真剣なら刀の重みで反動が大袈裟になり動きが鈍る。真剣勝負なら体力が早く底をつき斬られるでしょう」
「あっぱれ。改めてお前さんと話をしたい。どうだ、いい汗もかいたし風呂でも行こう。温泉の多い国、もし良い所があるならそこへ行こうではないか」
「いいですね。幸之助、お前も行くだろ」
満面の笑みで幸之助は返事した。
「ほう。剛一郎に幸之助。兄弟みたいではないか。なら永最、俺らも兄弟同様の付き合いをしようではないか」
背中をバンバン叩かれ、永最は咳込んだ。
「ああ、ああ~。長い歩き旅で多少強くなったが、まだまだひ弱いなぁ」
「宗兵衛殿の力が強すぎだ。加減を覚えて頂きたい」
「堅い。兄貴とかぁ、もっと砕けた言い方もあるだろうて」
「しませんよ! それに、幸之助殿も畏まった言い回しで話している。だったら私も」
「してないぞ」
まさかの返答に面食らった。
確かめるように宗兵衛が幸之助に確認とると、うん。言ってない。と、敬語は一切ない。
その様子を見て、日頃の対応を思い返し痛感した。
永最は宗兵衛と志誠の会話が定着し、幸之助と宗兵衛のやり取りは最初の数日の事しか覚えていなかった。
三人で旅をしていても早く寝るのは自分が先で、その後のやり取りは全く見ていない。こうなっていてもおかしくなかった。
「永最。そろそろお前の堅物をほぐす時が来たのだ。風呂でその辺も一変しようではないか」
「風呂は入るがそれはいい。修行僧の身で」
「そこが堅い。人の世で生きてるのだ、人を知るいい機会。郷に入っては郷に従えと言うだろ」
「私のことは結構です。そんなことは放っといて早く行こう宗兵衛殿」
「兄貴と呼べ」
「呼びません!」
この後、永最の気が滅入りそうになるまで三人に絡まれ、尚且つ夜には酒を飲まされ弄ばれた。
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