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五幕 宿すモノの片鱗
五 相談
しおりを挟む「さて、どういう風の吹き回しだ? お主から私を呼び出すとは珍しい。幸之助殿への許可は得たのか?」
永最が出張から帰ってから二日後の夜、志誠はススキノの宿泊している宿へ訪れた。
話し合いの場所は宿の食堂。ここは決められた時間までの食事を許可されている。
「幸はここ最近出ずっぱりで俺と変わるや、気を失ったように落ちてる。長屋の連中の事も気にするな。未熟な僧侶は酒飲ませて潰した。もう一人も人と会う約束があるってんで留守だ」
「それで、お主が私に訊きたい事情と言うのは何だ?」
少食なのか、ススキノの食事はご飯に漬物と味噌汁とだし巻きだけであり、話ながらも淡々と食べていた。
「お前さん、それなりの祓い手だろ。手練れの見抜き方は知り合いの導師から聞いてるんでな。そう判断した」
ススキノは気にせず黙々と食事を続けている。
「以前、白風や小物の異念体が蔓延してる村で永最がその村の住人になりかけたことがあった。実は幸の奴も似たように、知り合って間もない奴を兄のように慕ってる」
「良い事では? 男所帯の旅で兄のような存在に出会える。些かむさ苦しい話ではあるが、幸之助殿には喜ばしではないか」
「茶化すな。それで――」
何を訊こうとするか分かり、すかさず口を挟んだ。
「この町、もしくは幸之助に何か起きてるのか? そう言いたいのだろ」
素直に志誠は答えを待った。
「この町にもお主らにも変化はない。素直に幸之助が兄のような存在を見つけただけなのだろう。……しかし……」
言おうか迷い、箸を置いた。
「なんだ?」
「いや、お主の要件とは別なのだが、二つ気になることはある」
「前に言っていた長年憑きすぎるってやつか?」
「いや。そちらはお主の秘密に関することなのだろ? もう気にはしとらんよ。……檜摩の国への通路がまもなく開通するのは知っているか?」
その情報は、町の伝言板に掲げられており、志誠は頷いて答えた。
「これは忠告だ。檜摩の希鬼に関わるな。あれはもう悪鬼羅刹の類いだ。そんな不安定な鳳力で行くと殺されるぞ」
情報の出所を訊いたところで、答えがないであろう事は断言できた。そんなことより、自身の鳳力の現状を見抜かれていることに、微かな焦りを志誠は抱く。
「一応、頭の片隅にだけは入れとく」
無理のある強がり。
一瞥するススキノには、当然見抜かれているが、彼女は茶を一口飲み、話を続けた。
「二つ目だが、私は呪いもしていてな。この檜摩の地で不穏な出来事が続くと出ている。ここ最近の天候不順が続くのもそれが原因だ」
「俺はその手の技はからっきしだから何とも言えねぇが、亜界の連中絡みか?」
「ああ、特に異念体だ。覚えておくといい、不自然な天候不順は異念体絡みだ。そして幸之助殿と永最殿、この二人は異念体に酷く干渉されやすい。原因は分からんがこの地で再会したとき、鳳力の質に変化があり、彼らに接する傍の地力に僅かな歪みを見た」
志誠はススキノの眼を見て何も答えず茶を飲んだ。
まるで話を区切るように、宿の従業員が食堂閉店の報せに来た。
丁度、ススキノも食事を終えていたので、湯飲みに入った残りの茶を飲み干した。
「最後に呪い話ついでだが、間もなくお主等は災難に見舞われる。数日続くみたいだが、逃れたくば面倒な地に踏み込まんことだ」
「結局は、六嚇希鬼祓いの邪魔をするなって事だろ?」
「そう思いたくばそれでも構わんが、強がるならその弱まっているお主自身の鳳力をどうにかしてからにせい。底が見えているぞ」
そう言い残すと、ススキノは去って行った。
志誠の思惑までは気付かれてないだろうが、確かに今後の事を考えなければならない。
ふと、菊乃の未来予知を思い出した。
”幸之助と永最が暴走する”
志誠の秘密と照らし合わせると、志誠は逃げることが出来ず、さらには対処法も浮かばない。
焦燥だけが募った。
――二日後。異変は起きた。
前日、檜摩の国への通路が開通したことで、日雇い労働で路銀を稼いでいた旅人の多くが町を出た。
さらに数日前から隣町に凶悪な野盗集団が出没したため、三人が宿泊している町の男勢の大半に討伐要請を掛けられた。そのため町の防衛が手薄になったのを見計らい、別の野盗集団が町に襲撃をかけて来た。
日課である読経を川辺で唱えていた永最は、まさにその最中である光景を目の当たりにした。
数人の野盗が二人の逃げ惑う女性に斬りかかった光景。女性たちの生死は不明。
助けに来た刀を持った役人たちが野盗たちを斬りつけた。血飛沫から野盗たちは死んだものと思われる。
事態の異変を即座に伝えないとならない。頭に浮かんだ指示に身体が勝手に動き、志誠、宗兵衛のいる部屋の戸を開けると、二人はすぐにでも発つ準備をしていた。ただ、身体の主導権は志誠でなく幸之助であった。
「大変だ! 町が襲われてる」
「分かってる。永最、お前も武器を持て。刀なら襲撃してきた連中から奪ってやる。それまで桑でも鎌でも備えてろ」
窓から何かを見た幸之助は、宗兵衛と永最の準備を待たずして無言で部屋を飛び出した。
「待て幸之助! 早まるな!」
「様子がおかしい。何か見たのか?!」
窓の外を見ても野盗を成敗する数人の町人の姿しか見えない。
「幸之助の事だ。剛一郎の所に向かったはずだ。あいつにとってこの町での深いつながりは奴だけだからな」
「行きましょう」
二人も幸之助の後を追いかけた。
◇◇◇◇◇
町の異変に気付いた剛一郎は、自身の中に何年経っても消えることのない出来事を思い出した。それはすぐさま鮮明に脳裏に描かれ、同時に湧き上がる怒りが刀を握らせる。
雲一つない清々しい穏やかな晴天日和を、一瞬にして地上を地獄絵図のように作り上げた存在。
人々の悲鳴。
炎に焼かれる家、家畜、人々の死体。
まるで呪いのように延々と続く悲鳴、叫び、近親者の自分の名を呼ぶ叫び声。
血塗れの愛しい家族の死体。
嘲笑う盗賊たちの不潔な装いと見苦しい野蛮な姿。
瓦礫に埋もれ、気づかれずに野盗たちの、その親分の姿を焼き付けた恨みの眼差し。
剛一郎は野盗であれば誰であろうと斬り殺す覚悟を十年前から固めている。
大きな背の頼りがいのある父親、優しい母親、自分の後をついてきた弟と妹。それを瓦礫の中から殺されていく姿を目の当たりにし、何もできなかった無力な自分を呪った。
今まで用心棒、剣客、果ては落ち武者にまで剣術を学んだ。中には悪事を働くようになった師を剛一郎が斬り殺す事態もあった。
その時剛一郎は歓喜した。剣術を教えた者達よりも強くなっている。いずれ来る仇討ちが成就されるであろうと。
今までも何度か野盗と対峙したことはあるが、今回は少数の集団ではない。自然と刀を握る手に力が籠る。
野盗たちは進行方向の反対にある藪から現れていることが予想でき、一目散に野盗の親玉の場所へと向かった。
◇◇◇◇◇
剛一郎の家へと辿り着いた永最と宗兵衛は、もぬけの殻となった家で何度も剛一郎の名を叫んだが、荒らされた様子も、血の跡も無いことからここにはいないと判断した。
「町の野盗を退治しに向かったのだろうか」
「いいや。だったら途中で出くわすか見かける筈だ。あの見晴らしのいい段々畑で見かけないのはおかしい」
「幸之助殿もいないとなると……」
「野盗の親玉を潰しに行ったのかもしれん」
「どうしてそのように?!」
「勘だ。行くぞ!」
宗兵衛の予想はすぐに的中した。
剛一郎のように野盗たちの進行方向と逆にある藪を目指すと、無残な血に塗れた野盗の死体。二人は恐らく剛一郎がやったのだと判断した。
理由は二つ。
一つ、町にいる役人達はここまで手が回らないのは町をみれば分かる。
二つ、十数日の滞在であれ、剛一郎以外の手練れがこの町にいると思えない。主に旅人や遠征に赴いた剣客たちが泊まる長屋でも宿でも、そういった人物は見かけなかった。
もしいたとしても、とうに檜摩の国へ向かったか、遠征にかられている。
剛一郎の実力を痛感している二人はどうしてもその死体の山を作り上げたのが、あの爽快な表情の好青年だと思いたくなかった。
その死体の山に、不審な死体がちらほらあった。
腕や足が不自然な曲がり方をして折れている。
顔の一部が殴られたように腫れている。
そんな姿の野盗たちの胸や腹部をまるで棒でも突き刺されたような傷跡がある。
宗兵衛だけが、それを行った人物の心当たりに行き着いた。
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