憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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五幕 宿すモノの片鱗

六 仇討ち

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 二人は藪を抜けた広場手前で異変に気づき、木陰に身を隠し様子を伺った。
 広場では数人の野盗に幸之助と剛一郎が取り押さえられ、野盗の親玉であろう人物が刀の切っ先を幸之助に向けていた。

(どうするのだ。このままでは二人とも……)小声で言い合いだした。
(俺が回り込む。お前は石でも投げて奴らの気を引け)
(そんな無茶を!)

 宗兵衛が身をかがめて動き出すと、即席の危険度の高い作戦を実行する前に事態は好転した。
 突然、次々と野盗たちが倒れだした。
 それは狼狽える野盗親玉を残し、二人を拘束していた周りの者から次々倒れた。
 束縛から解放された二人は各々の武器を取り、幸之助は子分の野盗の動きを止めるべく、顔や手足を重点的に攻撃した。木刀を使用しているため、やられた野盗たちは痛みに地べたで転がり蹲って悶え苦しんだ。
 剛一郎は一心に親玉へと斬りかかった。まるで仇討ちのように憎しみの籠った恐ろしい眼光を相手に向けている。
 宗兵衛は剛一郎の実力を実感しているが、その剣術を見事に捌き、難なく躱す野盗の実力の高さにも感服した。
 手助けをしようにも、壮絶な斬り合いを繰り広げている二人に近寄れない宗兵衛を他所に、目を見開き、時折口角が上がり悦びの表情をちらつかせる幸之助の異変に永最は気付いた。

「……駄目だ。あんなのは幸之助殿ではない!」

 なぜあのような表情を滲ませるかは分からないが、ただ、早く止めないと幸之助が今までの無邪気な幸之助ではなくなる。その一心が永最を幸之助の元へ向かわせた。当然、どのように止めるかなど分からない。
 空には今にも土砂降りの雨が降りそうなほど、重く重厚的な、黒みの濃い灰色の曇天が漂い、ゴロゴロと稲光が遠くの空で光った。

「――やめろ幸之助殿!!」
 永最の声に幸之助は見開いた眼を向けると、勢いよく覆いかぶさってきた永最に両腕を取られた。
「は、なせ! 放せぇ!!」
「落ち着くんだ幸之助殿!!」

 そんな二人を数人の野盗が襲ってきた。

 幸之助が永最の腕を払い、腹部を蹴って飛ばし、自身は野盗へ襲い掛かった。
 相手の腕を取り、後ろに回り、その勢いでゴキィッ。と鈍い音を立てた。
 野盗は激痛に悶え肩を押さえ、地面に頭を擦りつけ苦しむが、野盗の刀を握った幸之助はそれを振り上げた。

「駄目だ幸之助殿!!」

 その叫びが引き金のように、幸之助の左脇腹と左足に何か細い物が刺さった。さらには近くの野盗もそれが刺さり地面に倒れた。
 幸之助は、片膝をつき、腹の針と足の針を抜き、ぼやける視界を醒ますかのように、体中に力を籠めた。それは、刀を握る手にも見るからに籠っていることが伺える。

「幸之助殿!」永最は彼の肩を揺すった。「大丈夫か! しっかりするんだ」
 しかし幸之助は一点を凝視し、荒い息遣いを続けた。
 我を忘れ様子がおかしい事態を、どうにかしようと宗兵衛に助言を仰ごうとしたが、向こうもそれどころではなかった。


 どこからか飛んで来た針の仕業なのだろう。野盗の親玉が有利にも関わらず、両膝をついて頭を差し出していた。それを好機とばかりに剛一郎はとどめを刺しにかかったが、それを宗兵衛に阻止された。

「そこを退け宗兵衛ぇ!!」
 怒りで敬称すらない。
「お前さんがこの野盗にどのような恨みがあるかは知らんが、勝負は決した」
 膝をついた野盗は横たわった。周囲の野盗たちも寝息を立てている事から睡眠薬が仕込まれた針であると判明した。
「だったら止めてみろぉぉぉ!!」
 真剣で斬りかかる剛一郎の攻撃を躱し、続けてくる連続した斬りつけに、宗兵衛は必至になって受け、そして躱した。


「まずい! 剛一郎殿は我を忘れてる! 幸之助殿! 分かるか。宗兵衛殿への攻撃を止めさせるんだ!」
「――駄目だ。あいつらは人を殺したんだ」
 幸之助の見開いた眼は、斬り合う二人を捕らえていたが、言葉は二人に向けられたものではないということは、永最にも理解できた。
「あいつらは大事なものを奪ったんだ。目の前で汚したんだ! 嘲笑って、馬鹿にして、皆を襤褸布ぼろぬののように扱ったんだぁぁ!」

 別の何かを彼の眼は映し出していた。

「何を言ってるんだ! よく見ろ! 宗兵衛殿が殺されてもいいのか!」
 それでも幸之助の罵声は止まらない。
 見かねた永最は、大きく息を吸い、叫んだ。
「何をやってる天邪鬼!!」
 服の裾を掴んだ右手から無意識に鳳力が現れたが、永最は気づいていない。
 その力が幸之助の思考を止めた。
「今まで寝てたのならさっさと出てきて止めろぉ!! 二人がどうなってもいいのかぁぁぁ!!」

 即座に幸之助の髪が赤く染まり、舌打ちと同時にその体は駆けた。刀は手放している。

退け宗兵衛ぇ!」

 志誠の叫びに反応した宗兵衛は横に転がり、迫る者に対応しようと剛一郎は振り向くも、志誠が一歩早く彼の懐へ潜り込み腹に手を当てた。
 一瞬、体中の血か筋肉か何かが波打つような衝撃を体感した剛一郎は、体中の力が急激に抜け、刀を落とし、膝をついた。

「どいつもこいつも」
 息切れ激しい志誠が、剛一郎の肩に左手を乗せ、右手を後頭部に当てた。
「世話を焼かせんじゃねぇ!」
 気功を軽く両手に込めると、一瞬にして剛一郎は気を失った。

 両膝、両手を地面につけ、汗だくに息を切らせた志誠に宗兵衛が駆け寄った。

「どうした天邪鬼!」
「もう一仕事だ」
 志誠の両手を中心に、地面に光の陣が出現した。それは特殊な象形文字のようなものを円陣が囲んでいる、見た目にも複雑さを伺わせるものである。

「これは……天邪鬼、何を封印する気だ!」
 宗兵衛を無視して儀式は続けられた。
「東よりいずるは制止の徒、西よりいずるは抑制の徒、北からのくさびはやがて南の楔へ至る。天照す陽光よ、我望む者を防ぐ礎となれ! 堅牢自縛けんろうじばく!」

 円陣が急激に発光し、あまりの眩しさに永最も宗兵衛も視界を腕で塞いだ。
 その光は円陣の光か、落雷の雷光か。それほどまでに眩しい。
 目を開け、明るくないことを確認すると、同時に轟く雷の音と、騒がしい土砂降りの雑音が同時に襲った。
 永最の視界の先に、志誠の背を揺すって呼びかける宗兵衛の姿が飛び込んだ。

 一体、何が起きたのか。

 混乱する中、暫く響く雨の騒音が混乱する永最には、不思議と心地よかった。
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