憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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六幕 あの日の真相

二 屋敷へ

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 丑の刻――

 真冬の様に肌に痛い程の寒い風吹く中を、永最と志誠は街外れの屋敷へと向かった。
 まだ十一月の半ばを過ぎた頃なのに日暮れ時以降、吐く息は白く、深夜の今時分いまじぶんになると厚着をしていても震えてしまうほど寒い。
 そんな中、志誠は呼吸が多く、外気に関わらず顔から汗を流し続けていた。

「どうした志誠。あの野盗の件以来様子がおかしい。元は幻体なら、導師やススキノ殿のような方に見てもらった方がいいだろ」
 返答の前に鼻で嗤われた。
「随分妖怪好きになったもんだな。俺を祓うんじゃなかったのか?」
 忘れていた本来の旅の目的、嫌いな妖怪を祓う話を蒸し返され慌てた。
「ば、馬鹿を言うな。妖怪は祓うが、お、お前は特別だ。祓わんでおいてやる」
 事情を省いた苦し紛れの言い訳に、軽く笑われて返された。
「何が可笑しい!?」
「いや、気にするな。……お前こそ、えらく警戒してるじゃねぇか。僧侶のくせに木刀なんか持ちやがって、物騒極まりない」
「き、気にするな。昼に街を歩いていたら、たまたま如月孟親が行列率いて歩いてたんだ。万が一、警備がいたら厄介だからな」

 言葉にまとまりがない。これも苦し紛れである。何より永最は武器を持って戦ったことがなく、仮に警備がいたところで大した対抗も出来ない。
 言い訳には理由があった。

 ◇◇◇◇◇

 初めてこの街に訪れた永最は、孟親の行列を見かけたら道の端に寄り、通り過ぎるまで頭を下げる習慣を知らなかった。
 傍観している姿が孟親の目に止まり道の真ん中まで引っ張りだされた。姿勢を崩し地面に倒れた永最は、自分を見下す孟親を包む黒い塊が真っ先に目に止まった。それは、行列を傍観している時には見えなかったのに、互いの目が合うと姿を現した。
 黒い塊から血のように真っ赤な点が八つ。
 なぜ頭を下げないのか。と問われ、黒い塊の赤い点がまるで自分を睨み付ける目のように見え、恐れから返答が遅れ、さらに声も震えた。
 自分は初めてこの街に訪れた為このような習慣を知らなかった。そう言ったつもりであったが、相手に伝わったかは分からず、道の傍らから聞こえる小声の噂話が妙に明確に聞こえた。

 ――ありゃ駄目だ。
 ――殺される。
 呟きを黙らせる、シッ! の音。

 命の危機を感じつつ、二人は互いに目を逸らさず相手の出方を伺っているようにも見えた。そんな中、永最はこの事態をどのように切り抜けようかとも思考は働かず、不思議と幼い頃虐められた廃屋敷の夕方の光景が浮かんだ。
 まるで雷のように一瞬だけ光景が思い出されたと思うと、なにも思い出されない。かと思うと鮮明に虐められる光景が思い出される。
 その繰り返しが続くと、嵐が過ぎ去るように何一つ思い出されなくなった。

「以後気をつけろ」
 見計らったようにその言葉を掛けられ、孟親一行は永最を通り抜け先に進んだ。
 駆け寄ってきた街人に忠告され、その場は無事に済んだが、今夜対峙しようとする相手に丸腰で説法を聞かせるのは到底無理な話であった。

 ◇◇◇◇◇

「それにしてもこの街は余程安全なのか? 見回り人が一人もいない」

 本来、小さな村、集落、町などは夜分の見回りはおらず、住人達が協力するか大事の事件が起きた場合、数日間は見回り人が歩いている。一方、大きな街の場合は必ず見回り用の役人が担当で歩いている。
 しかしどういうわけか、この近辺では見当たらない。
 彼らに見つからず孟親の屋敷に向かおうとした二人ではあるが、幸い周囲を警戒する必要がなくなった。

「出来ない。か、しなくなったんだろうな」
「なぜだ?」
「奴の六赫希鬼が行った悪事の成果だろうよ。さっさと見つけて退治しねぇと、もっと人が殺されるぞ」
「なぜ殺される話になる」
 何時しか、二人は遠くにある孟親の屋敷を確認できるところまで来ていた。
「お前は鳳力が弱く、普通の人間同様だから気づかないだろうが、あいつの屋敷から死体が転がる戦場と同じ淀んだ『気』が漂ってやがる」

 今晩は満月とまでいかずとも綺麗な月明かりで周囲が明確に視認出来た。当然孟親の屋敷も静寂の中、ひっそりと佇んではいるが、志誠が言うような不気味な何かは確認できない。

「おまけに……血…だろうな。臭いまでしてきやがった」
 まだ遠くにある屋敷からの異臭は、永最の鼻では捉えることが出来なかった。
 志誠の言う異変より、別の事が気がかりで仕方ない。それは、着こんでいるもののまだ寒いはずが、志誠だけは顔から汗を流し続けている事。
「おい、本当に大丈夫なのか!?」額に手を当てようとするとその手を払われた。
「気にすんな。さっさと済ませるぞ」

 何かを隠している。それが幸之助と関係している事は察することが出来る。けど本当にそれだけが原因なのか? 
 あの野盗との一件以来、封印されているであろう幸之助は表に出てこず心配に思えたが、身の安否を知っている志誠はこの通り何かの焦りと疲労が目に見える。

 本当にこんな状況で孟親に憑いているあの巨大な黒い物体を退治できるのか?
 心配だけが募りつつ、孟親の屋敷に二人は辿り着いてしまった。

 いくら有名武家の息子のための屋敷とはいえ、外壁だけでも中々立派な造りをしている。そんな屋敷で、まさか警備が行き届いていないのか、屋敷の扉が少し開いていた。
 不自然すぎる。と疑念を吐露した永最の心中に解答を告げるように、謎の発汗に加え呼吸も僅かに多くなった志誠がつぶやいた。

「入ってこい……だろうな。罠だろうがどうせやり合うんだ、迷ったところで仕方ない。行くぞ」

 先頭をきって屋敷に入る姿。誰が見て分かるほど何か焦っている姿。
 それでも永最はついて行くしかなかった。
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