憑く鬼と天邪鬼

赤星 治

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六幕 あの日の真相

三 窮地

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 屋敷の扉を抜けてすぐの異変。襲ってきたのは異臭であり、いち早く気づいたのは志誠である。
 鼻を右腕で押さえる彼に反し、永最は中庭の山積みにされた黒い何かに気づいた。異臭も感じているが志誠ほど激しく動揺していない。

「おい、あまり離れるな永最。どこから奴が来るか分からん」

 曖昧に返事し、永最はなにより中庭の黒い山に釘付けであった。
 月明かりに照らされてもその山の正体は明確にならない。ただ、棒状の何かと襤褸布の山だと、表面上、そう判断できた。
 襤褸布を一つ手に取ると、何やら冷たく、ねっとりした物が手に付いた。
 付いたものを眺め、指を擦り合わせて濃度を実感した。

「……これは……」
「俺の食事となった大人の骨と服だ」
 たった今、如月孟親の存在に気づいた。いつから居たかはまるで分からない。
 縁側に胡坐を掻いて座り、彼を包むように黒い塊が八つの赤い光を点し、まるで獲物を狙っているように思えた。

「離れろ永最!!」
 志誠の怒号をも阻むように、屋敷から生えた黒い太い柱数本が、永最と志誠の間に突き刺さり壁となった。
 完全に孤立した永最は、持参した木刀を孟親に向け構えたが、その構えも見よう見まねで、対抗できるとは思えない。

「昼間の忠告を無視して来るという事は、餌になる覚悟だな」
「こ、これは……何人殺したんだ」
「知るか。腹が減ったから殺して喰った」
「どうやって他人に気づかれずに殺したんだ!」
 易々人を喰えば、噂どころか、国が孟親を討伐に赴いてもおかしくない。それがなく、平気で殺しを行えた理由が気になる。
「初めはその辺で寝てる奴を喰った。一応人間の世で生きてる分、不審がられると色々面倒でな。この屋敷は俺の力と権力を上手く使った結果できた屋敷だ。そのため人肉の解体保存に事欠かなくなった」
「保存……って!?」

 足を何かにすくわれた。
 地面に倒れるや両手も何かに引っ張られ、宙に浮き、無様に大の字で捕獲された。
 浮いてる最中、何に両手足が獲られているのか確かめたく、どうにか動く頭で両手足を眺めると別の事に気付いた。それは、周囲が白く太い糸がそこら中に張り巡らされていて、手足を絡めとった糸はその周囲の糸群に繋がっていた。

「保存は豚や牛の解体と同じだ。血を抜き、内臓を取り、解体し、洗い、干す。この屋敷だと誰も寄り付かんから作業がしやすかったぞ」
 永最はこれから自分が解体される光景が浮かび、手足を激しく動かし叫んだ。
 叫び声が癇に障った孟親は、視界を撫でるように手を動かすと、瞬く間に白い太い糸が永最の口に巻つき黙らせた。
「鳥や牛は毛を取るのに苦労するが、人は服を裂けばそれで後は可食部だ。女や肥えた男は歯ごたえは無い。鍛えられた奴は噛みごたえはあり美味いが……お前はなさそうだが……まあいい。保存は多いに越したことがないからな」
 孟親は小太刀を鞘から抜き歩み寄った。
 んー! んんー!! と叫ぶも虚しく、傍まで孟親が寄った時いよいよ死が身近なものとなった。
「昼間は妙に感じたが、今はそうでもない。やはり気のせいだったな」
 意味の分からない呟きについて考察する余裕が無い。
 何度も叫び暴れたが、どうにも対応できないでいた。しかし、服を掴まれた途端、屋敷の屋根から何かが動いた。
「そういや、二人いたな」

 屋根の何かが孟親に飛びかかったが、孟親もそれの存在に気付き、振り返りざま小太刀を構え、斬りつけてきた刃を受けた。

「はっ、お前も憑者か」
「てめぇと一緒にすんな!」
 志誠の刀を払い、孟親は距離を置いた。
 手際よく永最の左手に巻いた糸を断ち切ると、持参していた小刀を渡した。
 意図することを理解した永最は、切りにくい姿勢のまま右手の糸を切り、さらに切りにくい姿勢で左足、右足と糸を切り、口の周りを最後に切り解いた。
「すまん。助かった」
「予想外だ。本当に助けたと言えんぞ」
 志誠の息切れは激しさを増していた。
 気遣い、声をかたが、「言ってる場合か!!」と怒鳴られた。

「おかしなものだ。勝ち目があると来たのだろうが、一人は体調不良、もう一人は毛ほども役に立たんときた。浅はかすぎる思慮を通り越して馬鹿、間抜けだ。人としての役目を俺の食料として引き立たせろ」
「如月孟親、お前は人間であろう! なぜこのように残酷な行いをする。もし何かに憑かれているのであれば祓う協力をする!」
 孟親は呆れ、そして高笑った。
「お前に訊いているのではない! 孟親本人に訊いているのだ! その化物に憑かれたのなら気を確かに持って、私の声に答えてくれ!」
「やめろ人間。可笑しくて腹がよじれるわ。全く持って無意味な問いかけだ」
「無意味かどうか、お前には――」
「やめろ永最。あの憑物と孟親は一体化している」

 言葉の意味に戸惑った。

「よく解っているな。この身体の主は俺の力を欲した。そのためなら何でもすると誓った。さぞ人間への支配欲が高かったのであろう、俺と意見も感情もよく馴染んでいるぞ」
「それは孟親の意志をお前がのっとったのだろう!」
 それでも孟親は表情を変えない。答えは志誠が語った。
「残念だが、憑く側はどちらかと言えば弱い立場にある。あそこまで憑物の力を引き出せるのは、意志も意見も理解し望んだ結果だ。それが弱まることをしないのは、今も尚孟親が力を欲し、権力を握ることしか頭にない。加えて憑き物は六赫希鬼の大将格。力があまりに強すぎる」

 説明がこれ以上の抵抗を抑制した。

「無知な阿呆にさかしい剣客。共に、得体のしれん異物を憑かせている・・・・・・・・・・・・・・・が、喰ってしまえば済む話よなぁ!」

 孟親の感情に反応したのか、黒い柱がまるで蟷螂かまきりの鎌のように二人に襲い掛かり、二人を屋敷の中へと飛ばし入れた。
 障子、襖を何枚も破り、二三転して土壁にぶつかって永最は止まった。
 上体を起こし見渡すと、そこには解体された人間の身体が吊るされていた。

「――ひぃっ!?」

 思わず声が引きつるのも無理はなかったが、よく見ると吊るされた肉の数に反して床に血は滴っていない。処理を施し、汁気の無くなった物を干していた。
 それぞれ肘膝から先だけ残された足と手、兜割りで半分になった人の頭、股周辺の肉と思しき物は見ても性別が分からない。
 吐き気でこみ上げてくるモノを何とかこらえることが出来たものの、飛んできたほうから歩いてくる孟親と、もはや姿を露わにしている黒い化物。
 憑き主の身体から現れているようにも見えるそれは、赤い目の巨大な蜘蛛。ただ、脚は八本以上あり、正確な本数は分からない。
 恐怖と混乱の中、自分の手足を捕らえていたのは蜘蛛の糸だった。不思議と冷静に、そこだけ納得した。

「見えているのだろ? お前から感じたのはどうやら特異な力を持っていた所か? 拍子抜けだ。俺様が警戒心を持ったのは、満悦した立場からの怠慢だったのだろうな。非力な小物に学ばされる生き恥、お前は干物でなく生きたまま喰ってやる」

 右手を永最目掛けて突き出すと、白い太い糸が飛び出した。
 瞬く間に胴、両太もも、脹脛ふくらはぎ、二の腕、肩から胸部にかけて巻き付かれ、そのまま孟親の前まで引き寄せられた。

「わあああああぁぁぁ――!!」
 叫びも虚しく、孟親の前で頭が床側に向けられ、斜め姿勢で宙に浮いて吊るされた。
「敢えて口はふさがん。激痛の悲鳴を聴かせろ」

 目の前の左足の服を引き裂き剥ぎ、足の付け根から太腿を両手で鷲掴むと永最の叫びは絶頂に達した。
 途端、左太腿から痛みを感じるほどの強く掴まれた力が緩んだ。
 肉を喰われたとも脳裏をよぎったが、どれほど集中しても痛みはない。

「斬りかかるなら真剣を持て。木刀で俺を殺せると思ってるのか?」
 孟親の視線の先には木刀で斬りかかった志誠の姿があり、木刀を防いでいるのは蜘蛛の脚である。
「……はぁ、はぁ、訳ありだ馬鹿野郎」
 息切れは長距離を走り切った後のように激しくなっていた。その姿は孟親の怒りをさらに上げ、舌打ちを鳴らせた。

「木の棒に疲弊だと? 舐められたものだなぁ! お前はなぶり殺しにしてやるわぁ!!」

 孟親は小太刀を構えると蜘蛛の脚が二本、刃に巻付き形を変え、一振りの太刀に変化した。並の刀より一回り大きく長いそれを、孟親は軽々しく振り回した。
 満身創痍の志誠は襲ってくる刀を防ぎ、受け流し後退するのに精一杯であった。

「鳳力は達者だな。俺の刃で斬れんとは。ならこれはどうだ?」

 襲ってきたのは蜘蛛の脚。大きさの割に素早い巨大な丸太のような脚を、さすがに躱しきることは出来ず、三度目の攻撃が直撃して飛ばされ、勢いよく壁にぶち当たった。
 壁に亀裂を入れるほどの衝撃に息が苦しく、痛み唸る志誠に追い打ちをかけるように前方から何かが飛んで来た。躱そうと体を動かすが躱しきれずに左わき腹を貫いた。
 激痛に叫びながらもわき腹を貫いた物。小太刀を確認すると、気を引き締めて引き抜き、腹を止血しつつ切っ先を孟親に向けた。

「まだ歯向かう気か? 小物」
 暗がりの中、月明かりで志誠の姿がはっきり確認できる中、気になったのは志誠の口が動いている事だ。
「詠唱か? 鳳力で裁けると思っているのか」
 しかし、よく見ると鳳力を起こしも練ってもいない。さらに見ると、志誠の表情は焦っているようであった。
「駄目だ。――間に合わん!」

 叫びに呼応して志誠の胴から赤と黒を混ぜた光が膨れ上がり、彼を包む球体となると、一瞬収縮し、間もなく弾け飛んだ。
 一瞬で孟親の屋敷に台風のような暴風が吹き荒れた。その勢いに永最を捕縛していた蜘蛛の糸は引きちぎれ、彼ごと飛ばし、さらには巻き付いた糸を暴風が外れやすくしたのか、簡単に体から剥がれ飛んだ。
「……ぐっ、なんだというのだ!」

 月明かりに照らされた志誠は小太刀を握りしめ突っ立っていた。わき腹を押さえず、流血も止まっている。
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