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六幕 あの日の真相
四 狂気
しおりを挟む孟親は恐怖した。
さっきまでの志誠とは何かが違う。妙な威圧感がある。
「お前、何者だ! さっきまでの奴と違う!!」
何もない所から蜘蛛の脚で刀を作り構えた。
体が自由になった永最は警戒しながら二人の見えるところまで寄った。間もなく、衝撃を与えられた。
「命で償う覚悟があるか!」
その言葉が聞こえた瞬間、脳裏によみがえる幼い頃。
夕日の差す廃屋敷での惨事。
絶対抗えなかった萬場屋の息子の暴挙。
それを蹴り殺し、踏み殺した恐らく同年代前後の少年の姿。
獣に酷く引っかかれたような顔の傷。
初めて見た幸之助と廃屋敷の少年の類似は偶然ではなかった。今まさにあの時の少年は幸之助だと抱かせた。しかし断言できなかったのは、妖怪である志誠の本性なのかもしれないと同時に思わせた。
「何を言ってる?!」
訊かれ、にんまりと不気味に嗤う幸之助か、志誠か、別の妖怪か、何か。
正体の定まらないそいつは、人間離れした速さで孟親に駆け寄り、一瞬で斬撃を与えた。
何が起きたか永最に理解できなかった。
突然第三の人格が現れた幸之助が孟親の前に一瞬で現れると、孟親が胴から血飛沫を上げ、間もなく蹴り飛ばされた。その勢いも早く、壁をぶち抜いた。
追い打ちと言わんばかりに駆けるそれの姿を目にするや、見えない所で次々と何かが壊れていく音が聞こえると、天井が揺れた。
「永……最」誰かが呼ぶ声がした。
縁側近くに薄暗くて容姿ははっきりしないが、異国の服を纏った男性が小刻みに震えながら這っていた。
なぜこんなところに無事な人間がいるのか、なぜ自分の名を知っているのか、謎を抱えたままその人物の元に駆け寄った。
寄って気づいたことは、その人物の姿が薄れている。それは床の姿が確認出来るほど。薄れる現象はまるで呼吸のように、薄くなっては濃くなりを繰り返した。
そんな不可思議な人間はいない。同時にその人物の心当たりが浮かんだ。
「まさか天邪鬼。……志誠か!」
「鳳力を…持っていかれた。…………お前の中に入るぞ」
そう言って永最の肌の露わになった左足を掴むと、何かを呟き、途端に体が淡い白色に光り出した。その光が永最に流れ込むと、気分の変化はないが不思議と胸の奥、腹の奥が温かくなった。
「志……誠?」
(なんだ)
声はすぐ目の前で話しているほどの距離感で鮮明に聞こえるも、志誠の姿は眼前にも、周囲を見回しても見当たらない。
(無駄だ。お前に憑いた形で体に入ってる。それよりあいつらに気をつけろ。化物同士の殺し合いに巻き込まれるぞ)
初めて憑かれた実感をそれまでに、視線と気持ちを孟親、幸之助に向けた。
向けた時はやけに静かだと思いつつも、すぐに爆発のような破壊音と土埃が眼前から襲ってきた。
その埃に紛れいろんな塊が飛んで来た。それが柱や障子や家具などの破片、干し人肉も混ざっている事に音が静まりかけて周囲を見て判断できた。
「助けてくれ!」
視界はまだ晴れていない。しかし、部屋の奥で何か朱色の光と月光が二人の影を照らした。
叫びの後、孟親の悲鳴が響いた。
「何が起きている」
(見物に興じようなんて思うなよ。逃げることだけ考えろ)
「分かるように教えてくれ、アレは幸之助殿か」
また悲鳴が上がった。
(あいつに憑いた鬼。幻体でもやたら強い、希鬼の連中より強く面倒な殺戮の鬼【獄鬼】だ)
「六赫希鬼よりも!? そんな奴が幸之助殿の中に……」
(諸々の説明は後だ。こっちに被害が来る前に逃げるぞ)
「だってそうだろ!!」聞こえた幸之助の怒声に永最は気が向いてしまった。
志誠が何度呼びかけても永最は聞く耳を持たなかった。
「違う! 俺が力を誇示したのは民衆を取り締めるためだ! 如何な民も自分たちが束になっても敵わない人間を前にすれば、誰もが従わずにはいられない。俺はこの街で連中の抑止力となったんだ。お前も見た筈だ、街は平和そのものだ!」
「お前の平和は尤もな正論の盾に隠れ、気分よく殺戮の快楽を楽しむ言い訳だ! 断言する、お前は殺しを止められない!」
「それは言いがかりだ!! ――っ!!」
反論する孟親の左ひじの関節から腕を斬りおとすことで黙らせた。
孟親の激痛に悶え、苦悶交じりの叫びをあがった。
「何度も殺した奴がこの習慣を辞めれると思うか? 化物に憑かれ人肉を貪り、強者の頂に満悦し、民衆を手玉に取る。自らの立場をはき違えた狂乱者はこういうのが好きなんだよなぁっ!!」
斬りおとした腕の傷口を踏みつけた。
孟親は涙を流し激痛に絶叫した。
続けて幸之助は持っている木刀を孟親の腕、太腿、わき腹と、何度も刺し続けた。
「なあっ! お前らはこんなことを!! 何度も!! 何度も!! 何度も何度も何度もぉ!!」
声に合わせて刺し続け、返り血などで木刀も、手元も、服も、顔も、血に塗れても刺し続けた。
泣き叫び続けた孟親の悲鳴は次第に上げなくなり、憎しみ籠った滅多刺しの途中から、人形に刺し続けるように刺した対象の身体が微動するだけとなった。
「止めるんだ幸之助殿!」
志誠を体内に憑かせ、そのせいで体が思うように動かず、摺り足で震えながら壁伝いに、何度も制止の叫び声をあげて寄ってきた永最の声がようやく届いたようで、幸之助は滅多刺しの手を止めた。
息を切らせて見つめ合う二人。
部屋の奥で朱色の、屋敷を焼く炎が二人の顔を揺らめいた光源で染めた。
死滅した六赫希鬼の蜘蛛が霧散し、天井に空いた穴から外へと流れると、幸之助は永最を一睨みして屋根の穴を軽快に、人間業とも思えない跳躍で外へと出て行った。
「………幸之助……」
視界がぼやけ、無様な肉塊と変わり果てた孟親と、周辺に転がった干し人肉の光景を最後に、永最は気を失った。
(おい! 起きろ永最!!)
何度叫んでも起きない事に苛立ち、このままいても焼け死ぬ事態を打破するため、満身創痍ながらも身体の主導権を志誠が握った。
「ったく、こっちの事も考えろ……ド阿呆が!」
渾身の思いで立ち上がり、永最同様壁伝いに急いで屋敷の外へ向かって進んだ。
火がみるみる燃え広がり、志誠が黒煙広がる部屋からようやく中庭へ出る頃には、屋敷は半分以上燃え上がった。
さらに入口の扉を抜けた頃には屋敷は炎に包まれた。
これ以上は動けないと、志誠は外壁から数歩歩いた所で倒れ、気を失った。
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