本性は塩対応のスパダリ警察官が私にだけ甘く愛を囁いてきます

橘柚葉

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1巻

1-3

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「結婚式の二次会で新たな出会いを求めたいという人は多いですが……。それにしても強引な男でしたね」

 新郎新婦の友人や同僚など、年齢が近い人たちが集まる会だ。
 出会いがあるかも、と期待して出席している人はいるだろう。その筆頭が、先程の高木だったのかもしれない。
 めぼしい相手を探しながら二次会に出席し、彼のお眼鏡にかなってしまったのが愛莉だったのだろう。
 素敵な出会いだったとしたら、恋が芽生えるなんてことがあるかもしれない。
 しかし、高木のように自分のエゴを勝手に押しつけ、強引に誘われたとしても嬉しくなどないのに。
 ふと、堂を見上げる。すると、彼は愛莉を通行人の視線から隠すように立ってくれていた。
 泣きじゃくっている愛莉を気遣ってくれているのだろう。
 ――やっぱり堂さんは優しい……
 警察官という職業柄、色々と気を使ってくれているだけだ。
 わかっているけれど、先程から彼の言動すべてにおいて鼓動が速まっていくのを感じていた。
 そのことに戸惑いつつも、この鼓動の意味がわかってますます胸が高鳴ってしまう。
 顔を真っ赤にさせている愛莉を見て、堂は困ったような表情になる。

「大丈夫ですか? 今日はたくさんお酒を飲まれたんでしょう?」
「えっと……そう、そうです! 飲みすぎちゃったかもしれませんね!」

 愛莉の顔が赤くなってしまった理由は堂にある。だが、それを隠すために咄嗟に嘘をついてしまった。
 ――今、この気持ちが堂さんに伝わってしまったら困る!
 背の高い堂を上目遣いで見つめたあと、どうしようもなく恥ずかしくなって視線をそらす。
 最初は、優しくて親切な警察官という印象だった。その上とても格好いいし、何より制服が恐ろしいほど似合っていて素敵な人だなと思ったのは事実だ。
 優しく接してもらえてほっこりとしていただけだったのに、こうしてまたもやピンチのときに助けてもらえれば胸はどうしたって高鳴ってしまう。
 もっと、この人のことが知りたい。そう思った時点で悟った。
 ああ、自分はこの人に初めての恋をしてしまったのだ、と。
 意識してしまえば、恋に落ちていくスピードは加速していく。
 彼がより魅力的に映ってしまい、直視できなくなってしまった。
 だが、そんな愛莉を見て勘違いした堂は、ものすごく心配そうに顔を歪めている。
 申し訳ないと思いながらも、彼の意識は今、愛莉に向けられていることに心が浮き立ってしまった。

「歩けます? タクシーを呼びますか?」
「いえ、大丈夫です。まだ時間は早いですし、電車で帰ります」

 本当に大丈夫? と再度聞いてくる堂の目はかなり心配そうだ。それがヒシヒシと伝わってくる。
 これ以上心配をかけたくなくて「大丈夫」と何度も言い続けていると、愛莉がとりあえずは大丈夫だと判断したのだろう。彼は駅まで送ってくれると申し出てくれた。
 嬉しかったが、少し躊躇する。
 堂は仕事終わりだろう。それなのに、職務の一環のようなことをさせてしまっては申し訳ない。
 渋っている愛莉の気持ちが伝わったのだろう。彼は目元を優しく緩めた。

「駅まですぐそこですから。行きましょうか」
「そんな! 申し訳ないです」

 内心では嬉しい。もう少し彼と一緒にいたいと思っているのは本音だから。
 それでも、やはり無理はさせたくない。
 彼の勤務先である交番は、駅を挟んで反対側だ。駅を越えてこの付近まで来ていたということは、堂の自宅はこちら側にあるはずで、駅に向かえば彼はもう一度戻ることになる。
 二度手間になるのがわかっていて、お願いなどできない。
 彼は警察官の任務として声をかけてくれているのだろうけれど、堂にとっては勤務時間外だ。
 必死に遠慮する愛莉に対し、彼は真剣な表情で見下ろしてくる。

「では、私にずっと貴女あなたのことを心配し続けろと?」
「え?」

 きょとんとしていると、彼はズイッと顔を近づけてきた。とはいえ、常識的な距離感だ。
 しかし、彼に対して初恋を意識してしまった今、ドキッと大きく胸が高鳴ってしまう。

「もしかしたら、貴女あなたがまた迷子になってしまうかもしれない」
「うっ」
「また、変な男に絡まれてしまう可能性だってある」
「ううっ」
「そんな心配を、これからずっとしていろと言うのですか?」

 そう言われてしまうと、こちらとしては何も言えなくなってしまう。
 愛莉はこの数時間、堂に助けてもらってばかりだ。
 迷子気質であるということもバレてしまっているし、先程男性に絡まれていたところを助けてもらったばかりである。
 それなのに「大丈夫です」と胸を張って言ったとしても信用できないだろう。
 居たたまれなくなって身体を小さく丸めたあと、彼を見上げる。

「……お願いしてもいいですか?」

 堂と視線が絡む。すると、なぜか彼は真顔になり言葉に詰まったように見える。
 どうしたのかな、と不思議に思ったのは一瞬だった。
 彼はすぐに柔らかな表情に戻り、愛莉に笑いかけてくる。

「もちろんです。さぁ、行きましょうか」
「はい」

 駅へと向かう道を堂と肩を並べて歩いていく。まさかこんなふうに二度も彼に助けてもらうことになろうとは思ってもいなかった。
 ――やっぱり運命を感じてしまうな……
 横を歩く堂にこっそりと視線を向ける。やはり背が高い。横顔も、とても素敵だ。
 現在、愛莉の心臓は壊れてしまうのではないかと心配になるほど激しく脈打っている。
 とても緊張しているが、こうして彼と一緒にいられることが嬉しい。
 特にこれといった会話はないが、この時間がとても幸せに感じた。
 ちょうど信号は赤に変わり、足を止める。
 この横断歩道を渡れば、駅へと辿り着いてしまう。彼と過ごせる時間は残りわずかだ。
 堂は駅前の交番に勤務していることはわかっている。だから、この街に来れば堂に再び会えるだろう。
 だが、何も用事がないのに彼に話しかけることはおろか、アプローチなんてできるはずがない。
 ――今しかないよね?
 クラッチバッグを持つ手にギュッと力が入った。
 バッグの中にはスマホが入っている。さりげなく取り出して、堂に連絡先を聞いてしまおうか。
 ――でも、どうやって?
 何か口実がなければ聞き出せない。だが、その口実が何も浮かばなかった。
 愛莉に優しくしてくれたのは、彼が警察官だからだ。
 仕事熱心な彼は、困っている愛莉を見て放置できなかった。ただ、それだけだ。
 それなのに愛莉が唐突に「連絡先を教えてください」と言ったとしても困惑されるだけだろう。
 お礼をしたいからという口実を使ったとしても、遠慮されるのがオチだ。
 でも、何か案を捻り出したい。そうしなければ、今後こんなふうに堂と話すことはできないかもしれないのに。

「青になりましたよ」

 無情にも信号は青になる。愕然としながらも足を進め、改札前まで辿り着いてしまった。

「では、私はここで。気をつけて帰ってくださいね」

 堂は、キラキラとした笑みを向けてくる。眩しくて直視できないほどの爽やかさだ。
 彼の人の良さがにじみ出ている表情を見て、のぼせてしまう。
 モジモジしている愛莉を余所に、堂は「それでは」とこれまたとびっきりの笑顔で手をヒラヒラとさせて去っていく。

「あぁ……、ちょ、ちょっと待って」

 弱々しい愛莉の声は雑踏の中へと見事に消えていく。もちろん、背中を向けて駅の構内を出て行こうとしている堂の耳に入るはずもない。
 勇気が出せなかった自分にガッカリする。だが、まだ諦めてはダメだと自身を鼓舞した。
 堂が、この駅前の交番に勤務していることはわかっている。まだまだ彼と会うチャンスはあるだろう。
 その日は自分にそんなふうに言い聞かせて、次のチャンスを待とうと思ったのだが……
 その後、あの交番へ何度か足を運んだのだが、堂の姿を見ることは叶わなかった。
 彼の勤務時にうまく合わせられなかったのか。それとも、堂はどこかに異動になったのか。
 それをあの交番で尋ねる訳にもいかず、半ば諦めていた。
 初めての恋は、このまま終わってしまう。時間とともに風化されていき、愛莉の脳裏から消えていく。
 初恋は実らないとはよく聞くが、実る実らないという前に恋というものが本当に存在したのかわからない状況になってしまった。
 この年齢になるまで恋というものをしたことがなかった自分は、結局のところ恋に無縁なのかもしれない。
 そんなふうに思っていた愛莉に、ある日唐突に奇跡が起きた。

「うそ……え? 堂さん?」

 警察官の堂という人は、実は幻だったのではないか。妄想の中で恋をしていただけなのではないか。
 そんなふうに思い込んで諦めようとしていたのに、恋の神様は愛莉を見捨てなかったのだ。
 仕事終わり、疲れた身体でとぼとぼと歩く愛莉の目に信じられない光景が映る。
 愛莉が住む街の駅前交番に堂の姿が見えたのだ。
 ――いやいや、こんな都合のいい話なんてある?
 緊張と高揚でドキドキしてくる。心臓の辺りを服の上から押さえながら、慌てて交番に背を向ける。
 あれだけ夢だ幻だと思い込もうとしていたので、思わずこれは現実なのかと疑いたくなってしまった。
 頬をむぎゅっと摘まみ、力強く引っ張ってみる。

「痛い……。痛いよぉ」

 頬がヒリヒリとして熱を持っている。
 痛みを感じるということは、夢ではない。現実だ。
 ふぅと深呼吸をしたあと、ゆっくりと振り返る。やはり交番前には堂がいた。
 制服を着ているということは、仕事中だ。彼は、この街に異動になったのだろうか。
 あの二次会の日から、早ひと月。短いようで、長い日々だった。
 堂のことを想い、悶々としていた毎日。だが、彼は愛莉の目の前に再び現れたのだ。
 ――やっぱり、これは運命かもしれない!
 初恋を諦めるな。そんな天の声が聞こえた……気がした。
 信号が青になる。夢見心地になりながらも、足取りは軽い。ゆっくりと堂に近づいていく。
 だが、ここで臆病風が吹いてしまった。果たして彼は愛莉のことを覚えているだろうか。
 警察官という職業柄、道の案内などは日常茶飯事だろう。いちいち道を教えた人全員を、それもひと月前に会った愛莉のことを覚えているだろうか。
 横断歩道を渡りきる。
 浮き立っていた足はだんだんと動きが遅くなり、その場に立ち止まってしまった。
 心は、彼に再会できたことを喜んでいる。
 声をかけて、この前のお礼を言いたい。その気持ちに偽りはない。
 だけれど、なぜか勇気が出てこずに困ってしまう。
 どちらかといえば猪突猛進タイプだと自覚しているのに、どうして尻込みしてしまうのか。
 いつもの愛莉であったら、確実に声をかけているだろう。それなのに、なぜ……?
 ――恋ってなんだか怖い。
 恋愛は綺麗事だけではないということはわかってはいた。
 だが、それは頭でわかっていただけで本当のところはわかっていなかったのかもしれない。
 何事にもチャレンジあるのみ! そんなふうに生きてきたのに、どうしても躊躇してしまう。
 人を好きになるというのは、恐怖という感情との背中合わせなのかもしれない。
 でも、行動に起こさなければ何も始まらないだろう。
 勇気を振り絞って声をかけようとしたとき、堂と視線が合った。
 ドキッと心臓が大きく音を立てる。
 彼と目が合ったと、ときめくのと同時に怖さを感じた。
 もし、愛莉のことを覚えていなかったらどうしよう。そんな不安が募っていく。
 震える唇で彼の名前を紡ごうとすると、堂は愛莉を見て驚いた表情を浮かべた。
 どうやら彼は愛莉のことを覚えてくれていたようだ。
 ホッと安堵したのと同時に、喜びが胸に広がっていく。
 彼に駆け寄ると、堂はひと月前に愛莉を絶望の淵から救ってくれたときと同じ笑顔を向けてくれた。
 それが嬉しくて、思わず声が上ずってしまう。

「私のこと、覚えていますか?」
「もちろんです」

 目元を緩ませてほほ笑む様は、やはり爽やかイケメンだ。ますます胸の鼓動が高鳴っていくのがわかる。
 高揚する気持ちを必死に抑えながら、堂に頭を下げた。

「この前は、本当にありがとうございました。堂さんのおかげで助かりました」
「いえ、ご無事で何よりです。それに職務ですから、お気になさらず」

 そうなのかもしれないが、それでも救われた人間がここに一人いるのだ。
 お礼の言葉ぐらいは受け取ってもらいたい。

「でも、二度もご迷惑をかけてしまいましたし……。本当にありがとうございました」

 深々ともう一度頭を下げた愛莉に、堂は「お礼はそれぐらいで大丈夫ですから」と謙虚な返事をしてきた。
 やはり堂は優しいし、警察官の鑑のような人だ。
 惚けている愛莉を見て、彼は困ったように眉尻を下げる。

「実はあのあと、とても心配していたんです」
「え?」
「あの男のせいで、怖い思いをしていただろうから」
「あ……」

 確かに、高木に絡まれたときは怖かった。だが、その記憶は堂によって塗り替えられていたのかもしれない。
 その後、高木のことなんてちっとも思い出さなかったのが証拠だ。
 そのことに気がついて、どれだけ自分はお気楽なのかと胸中で苦笑した。
 えへへと笑ってごまかすと、堂は柔らかい表情をする。

「元気そうでホッとしました」
「堂さん……」

 胸が幸せな音を立て始め、ますます彼への好感度はアップしていく。
 今、絶対に顔は真っ赤になっているが、すっかり日も落ちて辺りが暗くなっているので彼にはバレていないはず。
 そのことにホッとしていると、堂は優しく声をかけてくる。

「仕事帰りでしょう? お疲れ様です」
「はい、ありがとうございます」

 元気よく頭を下げてお礼を言うと、彼は真剣な眼差しを向けてきた。
 ドキッと胸が高鳴ってしまう。彼は何を言おうとしているのだろうか。
 ――もしかして、運命を感じたのは私だけではないとか?
 彼もまたひと月前の出来事が脳裏に焼き付いていて、愛莉とどこかでまた会えないかと望んでいたのかもしれない。
 だからこそ、愛莉を覚えていた。そんなことはないだろうか。
 少しの期待を込めながら彼の言葉を待っていると、愛莉の目の前に一枚のチラシを差し出してきた。防犯をうながすものだ。
『危険! 夜の一人歩き!』と大きく見出しがあり、不審者への注意をうながすイラストが描かれている。
 それを見て目を丸くした愛莉に、堂は警告してきた。

「ここ最近、市内で不審者が多発しています。特に夜。女性の一人歩きは危険です。なるべく人通りのあるところ、街灯が多いところを選んでお帰りください」
「は、はい……」

 あまりの圧にビックリしながらも何度か頷くと、堂はより真剣な眼差しを向けてくる。

「どちらの道で帰られますか?」
「えっと……、この道をまっすぐです」

 自宅へと向かう道は二つある。一つは今、堂に説明した道。もう一つは、街灯が少なく人通りが少ない道だ。
 本音を言えば後者の方が早く帰れる。
 だが、夜の一人歩きはやっぱり怖いので、その道を利用するのはお日様が出ている間だけだと決めているのだ。
 それに最短距離ではあるのだが、坂道や階段が多いのも敬遠している理由である。
 そのことを堂に伝えると、彼は満足したように深く頷いた。

「いい心がけだと思います! ……あ!」

 力説したあと、彼は我に返ったようで恥ずかしそうに謝ってくる。

「スミマセン、職業柄どうしても説教くさくなってしまって」

 照れている彼を見て、なんだか嬉しくなる。
 フフッと笑い声を上げると、彼もまた照れ隠しのように笑う。
 その笑みはなんだか少年のように見えて、より親近感を覚えた。

「引き留めてしまってスミマセン。どうぞお気をつけて」
「いえ。あの……堂さんは、この交番に異動になったんですか?」
「ええ、実は今日からなんです」
「今日!」

 声を上げる愛莉に、堂は優しくほほ笑んでくる。

「何かありましたら、遠慮せずに交番に声をかけてくださいね」
「はい。えっと、あの……私、日吉愛莉と言います。毎日通勤でこの前を通りますので、どうぞよろしくお願いします」

 さりげなさを意識しながら自己紹介をすると、堂は小さく会釈をした。

「日吉さんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 にこやかな表情を見て、有頂天になってしまいそうだ。
 では、と大きな猫を被って上品に見えるように挨拶をし、その場をあとにする。
 背後を意識しながらゆっくりと歩いていく形だ。
 交番からこちらが見えなくなったのを確認したあと、小さくガッツポーズをする。
 まさかこんな形で堂との再会を迎えられるなんて思ってもいなかった。
 半ば諦めていたからこそ、嬉しくてたまらない。
 堂からの視線がなくなったのをいいことに、思わずスキップをしてしまう。
 この心の底から込み上げてくる感情。なんと表現していいのかわからないほど嬉しい。
 再会も嬉しかったが、何より愛莉を覚えていてくれた。涙が出てしまいそうになるほど嬉しい。
 とにかく先程から嬉しいという言葉しか出てこない。きっと今の愛莉は誰から見ても浮かれまくっているだろう。
 彼が愛莉を覚えていてくれたのは、もしかしたら彼もまた愛莉のことが気になっていたからかもしれないのだ。こんなに喜ばしいことはない。

「告白とかされちゃったらどうしよう~」

 周りに人がいないことをいいことに、小声で呟く。その声も幸せに満ちていた。
 ふとすれば、ムフフと怪しい笑いをしてしまいそうだ。
 いや、きっと無意識でしてしまっているかもしれない。危ない人に思われてしまうので気をつけなければ。
 そんなふうに思いながらも、やはり気分は上々だ。
 帰ったら祝杯だ! そんなことを考えての帰り道は幸せの絶頂だった。


 ――そう、あれが幸せの絶頂だったかもしれない……
 あれから半年が経過。しかし、愛莉が当時思い描いていた未来はやって来なかった。
 彼から告白をしてくれることはなく、愛莉のことは一市民として接してくれるだけ。それだけの関係だ。
 堂は愛莉を女性として意識していた訳ではなく、警察官として心配していただけ。
 その事実を、あのあとすぐに突きつけられてしまった形だ。
 彼が意識してくれていないのならば、努力するのみ。そんな強気なことを言っていられたのは、最初だけ。そのあとは一市民の地位に甘んじている状況だ。
 少しずつ距離を縮めていけばいい。今は一市民だけれども、他の人よりは鼻先ぐらいはリードしているはず。
 そんなふうに自分を励ましながらも、決定的なアクションを起こすこともできず……
 気がつけば彼の周りには愛莉以外にも親しくする人たちが増えてしまい、愛莉はその他大勢の中へと沈んでいってしまった。
 このままではいけない。頭ではわかっている。
 だが、恋愛慣れしていない愛莉にとって、どんなアプローチをしていけばいいのかわからず尻込みをしていた。
 このままでは何も進展がないことは重々承知している。だが、さらに一歩が踏み出せなかった。
 意気地なし、と呟いてみても、現状は何も変わらない。
 警察官である彼とは違う一面が見てみたいと思っても、今のままでは夢のまた夢だろう。

「みんなの堂さんを独り占めしたいなぁ」

 負け犬の遠吠えみたいだ。愛莉は自分のヘタレさを目の当たりにして、ただため息をついた。
   



    3
  

 十二月初旬。今年も残りわずかだ。
 街に出れば、辺り一面クリスマスカラーに包まれていて華やかである。
 そして、クリスマスを過ぎれば、今度はお正月に向けてまっしぐらだ。
 華やかな季節に突入といった感じではあるが、同時に仕事納めも近づいてくる。
 忙しない時期だから少しでものんびりしたいと願っていた愛莉だが、残念ながら周りがそれを許してくれそうにもない。
 どうせなら「堂さんとのデートで忙しいの」と言ってみたいところではあるが、残念ながらそんな予定はない。
 現在、愛莉は国内大手ホテルグループが経営しているシティホテルにやって来ている。
 クリスマス直前ということで、ロビーには大きなクリスマスツリーが飾られていた。
 とてもきらびやかで心が躍ると言いたいところだが、残念ながらそんな気分にはなれない。
 ――さて、問題です。私はなぜ、こんな場違いなところにいるのでしょうか?
 そんな問題を誰かに出してみたくなる。
 盛大にため息をつきたいところだが、そういう訳にもいかない。
 愛莉は今、祖父である源三げんぞうの頼みでここに来ているからだ。
 自分自身や両親は平凡であると自負している愛莉だが、祖父母の代まで広げた親戚一同はどうか、と言われると実はそうでもない。
 いわゆる警察一家で、源三もかつて捜査一課の刑事として勤め上げた警察庁OBだ。
 そして今、この会場には警察官ばかり。
 源三はこの場にいないけれど、この場にいる人たちと源三が知り合いという可能性はぬぐえない。
 そう思うと下手なことはできないぞ、と自分に言い聞かせながらワインに口をつけてチビチビと飲む。
 酒の味の善し悪しもわからないお子ちゃまだと自負しているのだから、こういう場所には駆り出さないでいただきたい。
 そんなふうに心の中で毒づきながら辺りを見回す。
 この場には愛莉より年上の男女がたっぷりいる。少し年齢が低めである愛莉は浮いている存在かもしれない。
 そう思うとますますこの場からさっさと立ち去り、ホテルの最上階にある喫茶室でアフタヌーンティーでもしたくなってくる。
 ここのホテルには一度来てみたいとは思っていた。もちろん、アフタヌーンティーが目当てである。
 それなのに、どうして最上階ではなく、途中の階にあるバンケットホールへとやって来なければならなかったのか。
 知らず知らずのうちに、大きなため息が零れ落ちてしまう。

「おっと、いけない」

 小声で呟き、ワイングラスを持ちながら口を軽く押さえる。

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