電話の佐藤さんは悩殺ボイス

橘柚葉

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1巻

1-1

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   第一章


(さぁて、今からは私のご褒美ほうびタイムだ!)

 毎週金曜日の昼休憩に入る五分前。この時間は、私にとって待ちに待った時間だ。
 手元には受注用の書類、ボールペン、メモ帳を置く。準備オッケー、抜かりなし。
 私は、ワクワクする気持ちを抑えながら電話の受話器を取る。
 すでに暗記している電話番号をゆっくりとプッシュしていくのだが、ドキドキしすぎて手が震えてしまう。
 もう少しで待ち焦がれていた〝あのお方の声〟を聞くことができる。そう思うだけで、興奮してしまうのだ。
「きゃぁぁぁぁ!」と叫んで飛び跳ねたい気持ちをグッとこらえる。なんと言ってもここは会社、私は社会人。TPOはわきまえていますよ、はい。
 私は吉岡よしおか奈緒子なおこ、二十五歳。目はクリッと丸く、背丈は百五十五センチで小柄な体形だ。
 肩先で揺れる長さの髪は、一度もカラーリングしたことがなくつややかで真っ黒。この髪だけは、胸を張ってチャームポイントだと言える箇所である。
 その一方、この幼く見える容姿のせいで、未だに高校生と間違われるのが難点。
 なのに、声だけは落ち着いて聞こえるらしく、声と実物のギャップが激しいとよく言われてしまう。
 それが原因なのか、ただ単にモテないだけなのかわからないが、未だに彼氏と呼べる人がいたためしがない。年齢=彼氏いない歴という、あまりめでたくはない記録を伸ばしている真っ最中だ。
 大学を卒業後、外食産業向けデザートの製造販売に力をいれている金本かねもとスイーツに入社し、営業部に配属されて三年が経った。
 営業事務として書類作成やデータ入力、電話での受発注に対応するのが主な仕事である。
 そんな私にとっての〝ご褒美ほうび〟とは、AMBコーポレーション国内物流部にいるとうさんという男性の声を聞くことなのだ。
 AMBコーポレーションは大手食品流通会社で、外食産業をはじめ、ホテルなどにも仲介企業として商品をおろしている。最近では社員食堂や学校給食関連とも取引があるようだ。
 金本スイーツとしては、AMBコーポレーションは大きな利益を生む大事な取引先だ。
 注文数も多いので、受注時には他よりも神経を使う。
 浮かれている場合じゃないことはわかっているけれど、頬がゆるんでしまうのは許してほしい。
 佐藤さんの声は、フェロモンダダれ――大人の男性の魅力を存分に味わえる、ステキ過ぎる声なのである。その上、紳士的で優しい言葉遣いなので、人柄にもときめいてしまう。
 元々、紳士的で王子様のような男性が理想のタイプだった私は、初めて佐藤さんの声を聞いたとき、「本物の王子様みたい!」と、感動したものだ。
 佐藤さんのファンは、私だけじゃないと思っている。きっと世の女性たちを腰砕けにしているに違いない。本当に恐るべしだ。
 高まる気持ちを感じながらコール音を聞いていると、AMBコーポレーション国内物流部へと電話が繋がる。

(ご褒美ほうびタイムの始まり、始まりだ!)

 私は背筋をピンと伸ばし、よそ行き声を出す。

「いつもお世話になっております。金本スイーツの吉岡です。国内物流部第一課、佐藤さまはいらっしゃいますでしょうか?」

『少々お待ちください』という女性社員の言葉のあと、保留メロディーが流れる。この間に浮き足立っている心を落ち着かせるため、唇をキュッと横に引く。
 今までに何度も佐藤さんと電話をしているのに、未だに魅力的な声に慣れない。だからこそ、胸の鼓動こどうが静まらないどころか、ますます高鳴ってしまうのだ。
 プツリと保留メロディーが止まる。そのあと聞こえてくるのは、今だけの私の王子様の声。

『お待たせいたしました。吉岡さん、いつもお世話になっております、佐藤です』

 その第一声に、私の身体は電流がビビビッと走るような衝撃を感じた。

(やっぱり、いい。すっごく、いい!)

 思わず感嘆のため息がこぼれてしまいそうになる。ボイスレコーダーにでも録音して、何度も繰り返し聞いていたい。
 いや、待て待て、今は仕事中だ。ボーッとしている暇などない。
 私は、すぐに我に返って挨拶をした。

「こちらこそ、お世話になっております」

 電話の先にいる佐藤さんには見えないのに、私は受話器を握り締めてペコペコと頭を下げる。
 これって〝電話あるある〟だと思う。会社員なら、誰もが取引先との電話でやったことがあるはずだ。
 それがなんだかおかしくて口元がゆるみそうになるものの、今はきちんと仕事をせねばとグッとこらえる。

「先ほど佐藤さん宛てにファックスを送らせていただきました。お手元に届きましたでしょうか?」
『はい、ありがとうございます。これは……以前いただいたパンフレットの商品発注用紙ですね?』
「はい、そうです。来週より手配ができるようになりますので、お知らせさせていただきました」
『わかりました。では、こちらは社内で検討させていただきますね』

 佐藤さんは安定の美声で『この件については後日連絡させていただきます』と続ける。
 ああ、もう止めて。こんなにセクシーで大人な色気を振りまく声を聞いたら、とろけてしまって仕事にならない。
 彼は何も悪くないのに、心の中で八つ当たりをしてしまう。ああ、佐藤さんはなんて罪作りな人なんだ。
 頬がゆるんでしまいそうな自分を叱咤しったしていると、再び美声が私の耳をくすぐってくる。

『では、今週の発注なのですが……よろしいでしょうか?』
「はい、うけたまわります」

 気持ちを切り替えて、仕事に集中しなくては。
 基本、注文はファックスかメールを送ってもらうのだが、完全受注生産商品のみ電話でも受注している。
 なんでもシティホテルにおろすものらしく、顧客からの要望が細かい。だからこそ電話での相談が必要になってくる。今日も細かい指示が入り、それをすべて受注用紙にメモしていく。

『以上となります。一気に色々話してしまいましたが、大丈夫ですか? 吉岡さん』
「お気遣いありがとうございます、大丈夫です。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 抜け落ちがないかメモを確認したあと、電話先の佐藤さんに問いかける。
 すると、耳に心地よい、低く魅惑みわく的な声で彼は答えた。

『はい。今の内容は、あとでメールもさせていただきますね。そちらも確認をお願いします』
「かしこまりました。よろしくお願いします。では、また来週、この時間にお電話させていただきます」
『はい、お願いします。失礼いたします』
「失礼いたします」

 これで私のご褒美ほうびタイムは終了だ。
 ゆっくりと受話器を置いてから、うっとりとしたため息をつく。
 今日も、電話の佐藤さんはステキ過ぎた。王子様の名に恥じない極上な声だった。

(はぁー、ステキ。どうして佐藤さんはあんなに格好いい声なんだろう)

 会ったことがない声だけの付き合いなのに、ここまで陶酔とうすいするのはおかしいだろうか。
 自分でもその辺りは突っ込みをいれたいぐらいだ。
 私の経験から、声の印象と本人の性格は一致しないと思っている。今までも電話の相手を想像したことがあるが、実際にその相手と会っている部の営業マンからは、イメージとかけ離れた人物像を聞いてばかりだ。
 だけど、佐藤さんだけは特別。絶対にリアル佐藤さんもステキな人のはず。私の期待通りの王子様に違いない、と信じて止まない。
 佐藤さんとの電話は金曜日のみ。私が彼と電話する日をどれほど待ち焦がれているか。またあと一週間も声を聞くことができないのかと思うと寂しくなってしまう。
「ほぅ……」と何度目かわからぬため息をこぼしていると、誰かが私の肩にポンと触れた。
 慌てて振り返ると、そこには外回りを終えて戻ってきた渡部わたべさんが、ニヤニヤと笑って立っている。

「お疲れ様です。どうしたんですか?」
「どうした、は俺が言いたいんだけどな」

 クツクツと笑いを噛み殺すように肩を震わせている渡部さんは、ぽっちゃり体形の男性だ。
 見た目は、可愛らしいくまのキャラクターを彷彿ほうふつとさせる容姿をしているが、中身は兄貴肌で営業部一の成績を誇る営業マンである。
 私より五つ年上で、後輩である私を何かと気遣ってくれる優しい先輩だ。
 そんな渡部さんは、〝あの〟佐藤さんがいるAMBコーポレーションの営業担当だ。
 以前、渡部さんに佐藤さんのことを聞いたことがあるが、『内緒。会ってみればわかるよ』とニヤニヤ笑うだけで詳しいことは教えてくれなかった。
 私が佐藤さんの声に陶酔とうすいしていることを知っていて意地悪するのだ。会えないからこそ教えてもらいたいのに。渡部さんのいけず。
 ただ、しぶとく聞き続けて得た情報によると、佐藤さんはやっぱりイケメンだとか。
 ああ、一度会ってみたい。いっそ遠目でいいから拝んでみたいなぁ。
 前にそんなことを言ったら『遠目で拝むって……間近で挨拶しろよ』と渡部さんに呆れられてしまった。でも、憧れの人物を目の前にして、冷静でいられる自信はない。
 私は、未だに肩を震わせて笑っている渡部さんを白けた目で見つめる。
 冷たい視線を感じ取った渡部さんは、笑いを無理矢理抑えながら、もう一度私の肩をポンと叩いた。

「受注の電話で幸せそうな顔をするのは、お前ぐらいだぞ。吉岡」
「うっ……」

 どうやら先ほどの一部始終を見られていたようだ。私がギクリと肩を震わせると、渡部さんは訳知り顔でニヤニヤと笑う。

「その様子だと、AMBコーポレーションの佐藤さんと話していたんだろう?」

 すべてお見通しらしい。グッと押し黙る私と再び笑い出した渡部さんを見て、隣の席に座る同期、遠野とおの保奈美ほなみが呆れ顔で話に入ってきた。

「ちょっと、奈緒子。アンタ、やっぱり佐藤さんに恋しちゃっているんじゃない?」
「そんなことないよ! ステキだなぁって思っているだけだよ?」

 私は手を組んで夢見がちに言うと、すぐに保奈美から反論の言葉を投げつけられる。

「電話の佐藤さんに憧れすぎて現実の男に目を向けることができずにいるくせに、よく言うわよ。そんなことだから未だに恋人ができないのよ」
「うー、それはその……縁がなかっただけだし!」
「縁がないんじゃなくて、奈緒子が自分から遠ざかっているんでしょ?」

 保奈美が手厳しいのには理由がある。私が合コンのお誘いをずっと断っているからだ。
 元々合コンにいい思い出がないので、単に行きたくないだけなんだけど、保奈美には疑われている。私が佐藤さんのことを好きだから、合コンに参加しないのだと。
 別に佐藤さんとどうにかなりたいなんて思っていない。
 私は本心から、ステキな人だなぁと憧れているだけだ。
 それに、万が一、私が抱いている感情が恋というヤツだったとして、何か不都合があるというのか。
 渡部さんと保奈美に憤慨ふんがいして言うと、二人は顔を見合わせてから盛大にため息をついた。

「確かに佐藤さんは生身の人間だけどさ。奈緒子がしていること、考えていることは二次元のヒーローに憧れを抱いているのと一緒じゃない。佐藤さんは実在しているんだから、憧れだけじゃなくて一歩踏み込んでみなよ」
「別にいいでしょ! 佐藤さんと付き合いたいなんて思っていないし」

 確かに保奈美が言う通り、私の中の佐藤さんは、アニメや漫画のヒーローとあまり変わらないのかもしれない。
 どこかで、憧れだけで終わらせたいと思っている自分がいるのだ。
 電話の声からイメージしていた人物像と本人は、全然違うことも多々ある。
 佐藤さんに夢を見て、キャアキャア言ってさわいでいるうちが華ということだってあるからだ。
 だけど、どんな人なのか会ってみたい、仕事から離れて話してみたい、そんなふうに思っていることも確かだ。全くもって面倒くさい女心である。
 頭の片隅であれこれ考えていると、渡部さんはニヤッと楽しげに笑った。

「遠野が言うことも一理あるな」
「渡部さんまで、そんなこと! いいんです。憧れは憧れのまま。想いはキレイなままがいいんですよ」
「そんなこと言って現実の男に目を向けないようじゃ、いつまで経っても嫁には行けないぞ?」
「渡部さん、それセクハラですよ!」
「何を言う。親心だ」

 胸を張って言い切る渡部さんを見て力が抜ける。いつから貴方は私の親になったんですか。
 ガックリと項垂うなだれる私に、渡部さんは神妙な顔をして言う。

「吉岡、お前いくつになった?」
「ちょっと、渡部さん! 女性に年齢を聞くのは失礼にあたりますよ」
「大丈夫、俺とお前の仲だ。で? 何歳になったんだ?」

 隠したところで入社年数で計算すれば、私の年齢などすぐにわかる。
 渋々口にすると、渡部さんは「ふむ……」と考え込む仕草をした。

「吉岡さ、営業部でやった花見のときに言っていたよな。恋人いない歴は年齢と一緒だって」
「……」

 酔ってそんなことを言っていたのか、私は。花見のときの自分を殴り飛ばしたい。
 実姉は来月に結婚式を挙げるというのに、私ときたら男性と付き合ったことがないなんて。
 姉妹間の格差がありすぎて泣けてきてしまう。
 しんみりしている私を横目に、渡部さんはしみじみと呟く。

「ここらで一つ、吉岡の妄想癖もうそうへきを直して、現実の男に目を向けさせることが必要だと思うんだよ、俺は」

「余計なお世話です」とブーブー文句を言い続けると、渡部さんは人の悪そうな笑みを浮かべた。
 イヤな予感しかしなくて、私は身震いをする。

「と、言うことで。吉岡に朗報ろうほうだ」
「あまり内容を聞きたくはないんですが……」

 そそくさと逃げだそうとする私の退路を、渡部さんのふくよかな身体がふさぐ。
 思わず眉をひそめると、渡部さんは不敵な表情で言った。

「実は、AMBコーポレーションの国内物流部の仲間内で、今度デイキャンプをするんだってさ」
「は、はぁ」

 いぶかしげに頷く私に、渡部さんはフフンと含み笑いをした。

「で、そのデイキャンプ、俺も声かけられているんだ。吉岡、お前も一緒に行かないか?」
「え……えぇ!?」

 思わず叫んでしまい、慌てて手で口を押さえる。

「ただ、国内物流部のメンツだとは聞いているんだけど、佐藤さんが来るかどうかはわからないんだ」
「……」
「それでも行ってみる価値はあると思う。どうする、吉岡。興味はあるだろう? 佐藤さんに会えるかもしれないチャンスだぞ?」

 確かにチャンスかもしれない。
 こうして電話で話すだけの関係だ。このままなら一生想像するだけ、憧れるだけになってしまうだろう。それでも構わないとも思うけど……興味があるのも事実だ。
 だけど、会わない方が幸せだったということになるかもしれない。
 両極端の気持ちを天秤てんびんにかけて、最終的には好奇心に負けた。

「……行ってみたいかもです」

 なんとも曖昧あいまいな返事をした私を尻目に、渡部さんは早速動き出してしまった。

「じゃ、幹事をする先輩に連絡しておく」
「せ、先輩?」
「そう。実はAMBコーポレーション国内物流部に、高校のときの先輩が勤めていてさ。今回俺を誘ってくれたのはその縁でもあるんだ」

 サクサクと計画が進められていくのを、ただ唖然あぜんとして見つめてしまう。渡部さん、だてに我が社ナンバーワン営業マンじゃないな。

「うちの女子社員にも声かけてこいって言われていたからちょうどいい。助かったなぁ」

 なんだかめられた感じはぬぐえないが、電話でしか話したことのない佐藤さんに会うのは楽しみでもある。もちろん怖い気持ちもあるのだけど……

(間近で佐藤さんの声を聞けるチャンスかもしれないんだ……こんな機会、二度と巡ってこないよね)

 私はギュッとこぶしを握り締め、佐藤さんとの対面に心をおどらせた。


   * * * *


 今日は待ちに待った、AMBコーポレーション国内物流部の人たちとデイキャンプだ。
 私はこの日のために、色々と準備をしてきた。
 なんと言っても、憧れの佐藤さんとご対面するかもしれないのだ。気合いが入るというものである。
 もう一度自身の格好をチェックして、抜かりはないかと目を光らせた。
 黄色の花がプリントされているシフォン生地の白色チュニックに、膝上十センチ丈のキュロット、足下は白のレースが可愛いストラップサンダル。今日は可愛い路線でコーディネートしてみた。
 だけど、チュニックは背伸びをし、肩に入ったスリットから動くたびに肌が見えるような、セクシーなデザインを選んだ。
 憧れの王子様、佐藤さんに少しでも「金本スイーツの吉岡は可愛い子だった」と思わせたい。その一心で選んだ服だが、果たして彼の目にはどのように映るのだろう。
 意気いき揚々ようようと今日を迎えた私は、金本スイーツ近くにある地下鉄の駅で渡部さんと待ち合わせした。
 なんでも主催者である渡部さんの先輩が車を出してくれるらしく、そこに便乗させてもらうことにしたのだ。
 車に揺られること一時間半。ようやく目的地のキャンプ場に着いた。
 そこはファミリーや私たちのように社会人グループで来ている人たちもいて、かなり賑わっている。
 今回借りたのはデイキャンプ専用の区画で、近くに小川が流れていてロケーションも最高だ。
 しばらくして参加メンバー全員が集まったので、まずは自己紹介をという流れになる。
 と、言っても私だけが新参者なので、トップバッターは私だ。

「いつもお世話になっております。金本スイーツの吉岡奈緒子です。今日はお邪魔させていただきます」

 ペコリと頭を下げると、温かい拍手に包まれる。ホッと顔を上げた瞬間、一人の男性と目が合った。

(あ……すごく背が高い。それに、格好いい!)

 ゆるくウェーブがかかった黒髪、百八十センチ以上はあるかと思われる背丈、一見スラリとした体格なのにバランス良く筋肉が付いている。肌が少し小麦色で、お日様の下がとてもよく似合う人だと思った。それにワイルド系な風貌ふうぼうで、大人の色気を感じる。
 そのあとも参加者の自己紹介は続いたけれど、私はそのステキな男性から目が離せなくなってしまった。
 すると、彼が近くにいた女性に声をかけた。

「暑さで体調が悪くなったか? 少し待っていろよ」

 そう言って、その男性は手慣れた様子でタープと呼ばれる日よけを広げ、女性陣に声をかけた。

「日差しが強いから、タープの下に移動して」

 確かに今日は日差しが強くて、日傘が欲しいと思っていたほどだ。周りの女性陣も同じことを考えていたのだろう、口々にお礼を言っている。
 さらに、女性陣が移動している最中、具合が悪そうな女性をその男性はさりげなく助けていた。それを見て、とても優しい人だなと胸がキュンと高鳴る。
 私がその男性に見入っていると、「おい、佐藤。自己紹介、お前の番だぞ」と周りの男性陣が彼に声をかけた。
 今、佐藤と言わなかっただろうか。目を丸くして、その男性を見つめると、彼は私に軽く頭を下げた。

「佐藤だ。よろしく」
「おい、それだけかよ。佐藤は相変わらずだなぁ」

 渡部さんの先輩が、豪快に笑って佐藤さんの肩をバシバシと叩いた。一方の佐藤さんは、迷惑そうに眉をひそめている。
 不機嫌な様子の彼を見かね、渡部さんの先輩が代わりに紹介をし始めた。

「佐藤亮哉りょうや、三十三歳。独身で彼女は今、いなかったよな?」

 ジトッとした目で先輩を見ながら、佐藤さんは小さく頷く。
 その様子を見て肩をすくめたあと、その先輩は「これで今回のメンツは以上でーす!」と言って、陽気に笑った。
 このステキな男性が〝電話の佐藤さん〟だったなんて、ビックリしてしまった。
 私が想像していた佐藤さんとは少しイメージが違っていたけど、格好いいものは格好いい。渡部さん情報は間違っていなかったということだ。
 そのあとは、各自バーベキューの準備に取りかかった。私もお手伝いをしながら、チラチラと佐藤さんを盗み見る。
 最初は、佐藤さんってどんな人なんだろう、と期待して様子をうかがっていた。
 けれど、観察を続けたこの小一時間で、彼に対してどこか威圧的というか、怖そうというイメージが出来上がりつつあった。
 例えば、道具をうまく使えず困っている人がいたとき。

「それはこっちだ。ったく、しょうがないな。貸してみろ」

 と、ぶっきらぼうな態度で言って、佐藤さんが代わりに作業をし始めた。それに男性数名と話しているときも、紳士とは程遠い口ぶりで。
 まさかあの佐藤さんが、そんな口調で話すだなんて想像もしていなかった。
 電話での彼は丁寧な口調で優しげな雰囲気なのに対し、プライベートではよく言えば男っぽい、悪く言えば荒っぽい言葉遣いなのだ。
 電話での話し方が佐藤さんのつねだと思っていた私にしてみたら、ビックリしたなんてものじゃない。
 もちろん、普段は仕事なのだから、取引先に対して丁寧な口調で話すのは当たり前だろう。だから、佐藤さんが悪いわけじゃない。彼は常識的なことをしているだけだ。
 ただ、あまりにもオンとオフのギャップがあり過ぎる。
 私の中の、男の色気たっぷりで紳士的な王子様というイメージが音を立てて崩れた。代わりに、威圧的な男性という印象に塗りかわっていく。

(やっぱり憧れで終わらせる方がよかったんだ……)

 少なからずショックを受けてしまった私は、無意識に人の輪から少し離れる。
 憧れていた紳士的な王子様が、実は言葉遣いが荒っぽい男性だったなんて。
 確かに実物の佐藤さんも格好よかったし、女性陣にさりげない優しさを見せていた。だけど、まとう雰囲気が違いすぎて、そのギャップに戸惑ってしまう。
 フラフラと足元がおぼつかないまま、気がつけば鉄製の網を置いた火元のそばまでやってきていた。
 パチパチと木がぜる音を聞きながら、呆然と火を見つめる。すると、急に「おい」という呼びかけとともに、肩を掴まれた。
 驚いて振り向いた先には佐藤さんがいて、私は目を丸くする。
 そんな私を、佐藤さんはギロリと眼光鋭くにらみつけてきた。


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