電話の佐藤さんは悩殺ボイス

橘柚葉

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1巻

1-2

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「そんなところにいると危ない」
「えっ!」

 電話の佐藤さんなら、もっと紳士的な態度かつ、優しげな口調で話してくれるはずだ。
 だけど、プライベートの佐藤さんの口調は鋭い。
 未だに電話時と現実のギャップで呆気に取られていると、彼は五百ミリリットルのお茶のペットボトルを手渡してきた。

「それ持って向こうへ行け。ここには来るな」
「……っ!」
(そんな言い方しなくてもいいのに……)

 思わず不平不満が表情に出てしまいそうになるのを、グッと抑える。
 今日はAMBコーポレーション国内物流部の皆さん、そして渡部さんの厚意で参加させてもらったのだ。ここで私が空気を悪くするわけにはいかない。
 落ち着け、と自分に言い聞かせていると、佐藤さんは無表情のまま着ていたウインドブレーカーを脱ぎだした。
 そしてそのウインドブレーカーを私の頭に被せてきたのだ。
 私は慌ててウインドブレーカーを頭から取ったあと、佐藤さんを見つめる。
 だが、彼は私の視線から顔をそむけて、相変わらず威圧的に呟いた。

「煙臭くても我慢しろよ」
「えっと……?」

 全く意味がわからない。彼のウインドブレーカーを腕に抱き、私はただ佐藤さんを見つめ続ける。
 困惑の色を隠せない私に対し、佐藤さんは未だに視線を逸らしたまま口を開いた。

「この時期の紫外線を舐めていると、痛い目に遭うぞ」
「え? え?」

 オロオロしている私に、彼はやっと視線を向けてきた。
 口を真一文字まいちもんじに引いたあと、佐藤さんは冷静な表情で私に指図する。

「それ、着ておけ」
「い、いらないです!」

 フルフルと首を横に振り、手にしていたウインドブレーカーを返そうとすると、彼は有無を言わさないといった厳しい視線で私を見つめてきた。

「いいから黙って着てろ。そうしたらタープに行って、茶でも飲んでな」
「っ!」

 ピシャリと言いのける佐藤さんは、近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
 やがて佐藤さんは私に背を向け、焼き炭をの長いトングを使って並べ始めた。
 その行動がなんだか私を拒絶しているように感じてしまう。
 どうしようか、と戸惑いながら彼の背中を見つめる。

(確かに作業の邪魔だったかもしれないけど、言い方ってものがあると思うのよね!)

 先ほどの佐藤さんを思い出すと、どう考えても初対面の人に対する態度じゃないはずだ。
 再びムッとした私だったが、感情をあらわにすることはできない。
 今日の私は、あくまで金本スイーツの人間として参加しているのだ。
 それなのに何か問題を起こしたら……想像するだけで恐ろしい。
 私はウインドブレーカーを握り締めたあと、背中を向けたままの佐藤さんに頭を下げた。

「わかりました。すみません」

 そう言って、皆さんがいるタープテントへと場所を移動した。
 渡されたウインドブレーカーだが、佐藤さんに返そうとしたり、着ていなかったりすれば、再び怒られる可能性大である。
 それだけは勘弁かんべんだ。私は不満を覚えつつも、ウインドブレーカーを羽織った。
 そのあとは少しずつAMBコーポレーションの人たちとも慣れて、デイキャンプを楽しむ。
 時折佐藤さんに視線を送っては、イメージしていた王子様キャラじゃなかったと落胆らくたんするデイキャンプを終え、さて帰路きろにつこうとしたときのこと。

「今日はお疲れさまでした。ありがとうございました」

 AMBコーポレーションの皆さんにお礼と挨拶をしたあと、私は一台の車に恐る恐る乗り込む。
 なんと私一人だけ、佐藤さんが運転する車で送ってもらうことになってしまったのだ。
 今朝は渡部さんと一緒に金本スイーツ近くの駅で乗せてもらったが、私の住んでいるマンションからは遠い場所にある。
 そのことを渡部さんが幹事の人に話したところ、帰りはマンションの最寄り駅まで送ってもらうことになったのだ。

(だけど、まさか、まさかで!! どうして佐藤さん!?)

 車に乗り込んだのはいいが、どうしても緊張してしまう。
 やっぱり金本スイーツ近くの駅に降ろしてもらえばよかった。今更なげいてもすでに遅い。
 次々に車は発車していき、ふと我に返れば佐藤さんの車が最後尾となってしまった。
 彼はトランクに荷物を積み込み終わったようで、運転席に乗り込んでくる。
 その瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がった。
 車内に二人きり。それも相手は男性で、今日一日で憧れから苦手意識へ変わってしまった佐藤さんだ。

(やだ、どうしよう……)

 緊張で手に汗がにじんでしまう。
 一人焦っていたせいで、佐藤さんが話しかけてきたことに気がつかなかった。

「……ろ。……シートベルト」
「へ?」

 ハッと平静に戻ると、運転席に座った佐藤さんがいぶかしげに眉をひそめている。

「大丈夫か? 俺の話、聞いていたか?」
「え? え?」

 目を丸くして慌てまくる私に、佐藤さんはため息をついた。

「これから帰るから。きちんとシートベルトして」
「あ……はい、すみません」

 どうやら佐藤さんは何度も私に話しかけていたようだ。申し訳なくて頭を下げたあと、急いでシートベルトをつける。

「シートベルト、しました」

 ばつが悪くて小声で呟くと、「ん」と一言だけ返事をして佐藤さんは車のエンジンをかけた。
 五月下旬、ここ最近は真夏を彷彿ほうふつさせるような暑い日が続いている。
 今日のデイキャンプも、日差しが強くて暑かった。フロントガラスに照りつける太陽は、だいぶ弱まってきたが、空はまだ明るい。目を細めて外の様子を見ていると、佐藤さんの男らしい手が伸びてくる。
 一瞬私に近づくのかと鼓動こどうが大きくなったが、彼はエアコンの温度調節ボタンを押しただけだった。
 私ったら、何を慌てているのだろう。
 佐藤さんの言動一つ一つが私の心を乱していく。
 そうかと思えば、キャンプ中の怖いイメージを思い出し、どうしても気まずくなってしまう。
 車はゆっくりと発進してキャンプ場を出る。佐藤さんの運転はとてもスムーズで、カーブを曲がっても身体が極端に傾くことはない。
 運転が上手だな、と思いながら流れる景色を見つめていると、佐藤さんが口を開いた。

「アンタ、デイキャンプとかって初めて?」
「え?」

 彼から話しかけてくるとは思っていなかったから、返事が遅れた。
 佐藤さんは正面を見て運転したまま、心配そうに声をかけてくる。

「眠いか? もし、眠くなったら寝ていいぞ」
「い、いえ。大丈夫です。……えっと?」
「デイキャンプ。慣れていない感じだったけど?」
「ああ、はい。初めてでした」

 正直に頷くと、佐藤さんは真面目な口調で言う。

「だろうな。アウトドアはさ、アンタみたいにボーッとしていると危険なことが多いんだから。気をつけろよ」
「っ!」

 ムッとして口をゆがませたが、それを慌てて隠した。
 相手は取引先の人間で、直接仕事に関わってくる相手だ。大人の態度を取ろう。
 だが、どうやら私の不愉快な気持ちは佐藤さんに伝わってしまったようだ。
 運転席からフフッと楽しげな笑い声が聞こえる。

(今、佐藤さんが笑った……?)

 今日一日、私を見るたびに仏頂面ぶっちょうづらになっていたのに、今は確かに笑った、と思う。
 信じられなくて隣に視線を向けると、佐藤さんは前を見据えたまま口を開いた。

「アンタ、電話での雰囲気と違うよな。もっと、しっかりしているかと思ったけど、実際はマヌケだな」
「な……!」

 衝撃的すぎて言葉が出ない。唇を戦慄わななかせて驚く私に、佐藤さんはクツクツと肩を震わせて意地悪そうに笑っている。
 さすがにこれは頭にきた。

(誰だ、目の前の男が優しくて紳士的な王子様だって言っていたヤツは!)

 私は先ほどまで必死に抑えていた感情を爆発させた。

「それは、こっちの台詞せりふです!」

 全くなんだって言うんだ、この男は。紳士とはかけ離れすぎている!
 やっぱり今日のデイキャンプに参加しなければよかった。佐藤さんへの憧れは、憧れのままにしておけばよかったのだ。
 しかし、今更なげいてもすでに遅い。
 私は佐藤さんから顔をそむけ、流れる景色を見続けた。
 心の中は怒りと失望と……とにかく色々な感情が入り混じっている。
 マンションの最寄り駅に着くまでの一時間、私たちは一言もしゃべることはなかった。
 やっと駅前に着くと、ドッと疲れが出てくる。もうこれ以上、この険悪な雰囲気に身を置きたくない。
 駅前のロータリーに車が横付けされると、私は慌ててシートベルトを外した。

「ここまで、ありがとうございました」

 カバンを引っ掴んでドアを開くと、お礼もそこそこに車から降りる。
 佐藤さんの顔も見ず、そして返事も何も聞かず、逃げるようにその場を走ってあとにしたのだった。



   第二章


 デイキャンプから一週間が経とうとしていた。
 あれから私は気分が乗らず、未だにショックを抱えて過ごしている。
 デイキャンプに誘われたときに感じた迷いは、私への忠告だったのかもしれない。
 電話で話すときと、実際の本人とのギャップは確かに存在する。わかっていたつもりだったけど、佐藤さんだけは違うと、何故か信じていたのだ。
 もし過去に戻れるのなら、デイキャンプには行かず、佐藤さんへの想いは憧れのままにしておくだろう。今更何を言っても遅過ぎるけど。
 私は手元にある受注書を見て、大きくため息をついた。
 今日は金曜日、時間はお昼休憩少し前だ。AMBコーポレーションに電話をしなければならない。
 それがまた、私の気分を憂鬱ゆううつなものにしていく。
 これまでの私なら「今からご褒美ほうびタイムだ!」と喜びいさんで電話をかけ、佐藤さんをお願いしていただろう。
 受話器から聞こえてくる優しくて紳士的な佐藤さんの声が、私は大好きだった。
 だけど、もうあのときめきを感じることはできない。だからこそ落胆らくたんしているのだ。
 ああ、佐藤さんに電話をかけたくはないけど、これは仕事だ。社会人として、やるべきことはやらなければならない。
 私は心の中で気合いを入れて、受話器を手にボタンをプッシュする。
 いつものように取り次ぎを依頼し、保留メロディーを聞く。

(そういえば、デイキャンプのお礼を言うべきかな。だけど、仕事中なのだしプライベートのことは話さない方がいいのかも。でも……)

 そんなことを考えていると、聞きたくなかった声が聞こえてきた。

『お待たせいたしました、佐藤です』
「い、いつもお世話になっております。金本スイーツ、吉岡です」

 どうすべきか迷っている間に佐藤さんが電話に出たので、慌て過ぎて声がうわずってしまった。いつもと明らかに様子が違う私に、佐藤さんは気がついているだろう。
 だけど、電話口の彼は、今まで通りの優しく紳士的な王子様そのものだった。

『こちらこそお世話になっております。早速注文の方、いいですか?』
「はい。どうぞ」

 気持ちを切り替えて、佐藤さんの声に耳を澄ます。
 抜け落ちがないよう集中して書き込んでいき、すべての記入を終えた私は佐藤さんにお礼の言葉を言った。
 いつもならこれで終わりだ。そして、「また来週、この時間にお電話させていただきます」という定型文を口にして受話器を置けば、ミッションクリアになる。
 だが、今日はいつもとは違っていた。

『あ、それと……この前ファックスしていただいた注文書のことでお聞きしたいことがありまして。商品番号が、NEB5937のクリームブリュレが入っているのですが……』
「はい。こちら毎年この時期にご注文いただいておりましたので、今年も是非ご検討いただきたいと思い、送らせていただきました」

 この商品、普段はAMBコーポレーションと取引をしていない。
 だけど、過去の注文履歴をさかのぼって見てみると、毎年この時期に一回だけ注文を受けていたのだ。
 だから、今年も発注が来るのではないかと思い、佐藤さんに頼まれる前にファックスしておいたのだが……。もしかしたら、差し出がましかっただろうか。
 最悪のことを想像しながら受話器を握り締めていると、佐藤さんは柔らかい声で言った。

『そうだったんですね、助かりました』
「え?」

 驚いて声を上げる私に、彼は軽やかに笑う。

『実は、この時期にだけクリームブリュレをおろしてほしいと言う業者さんがいるのですが、お恥ずかしい話、すっかり忘れてしまっていたのです。吉岡さんのおかげで見落としせずに済みました』

『ありがとうございます』と佐藤さんに感謝され、私の胸はこれ以上ないほど高揚してしまう。
 デイキャンプでの一件で佐藤さんのイメージがもろくも崩れてしまったわけだが、こうして仕事ぶりを褒められるのは嬉しい。

「いえ、お役に立ててよかったです」
『本当に助かりました。ありがとうございます』

 相変わらず電話での佐藤さんは、とても優しく紳士的だ。それに胸がキュンキュンしてしまうほどいい声で、腰の辺りがモゾモゾする。
 こうなってくると、本物の佐藤さんだって、もう少し思いやりがある言い方をしてくれればいいのにと思ってしまう。あんなに意地悪な感じでは、この美声がもったいない。
 いや、本物もニセモノもないか。電話での佐藤さんだって、プライベートの佐藤さんだって、同じ人物なのだから。
 心の中で愚痴ぐちりながら、「いえ、それでは」と電話を切ろうとする私に、佐藤さんは慌てた様子で『ちょっと待って』と声をかけてきた。そして、小声でささやく。

『服。穴、開かなかったか?』
「え?」

 なんのことだろうか。佐藤さんが言った意味がわからず、あごに手を当てる。
 色々と考えを巡らせていると、電話口から小さく息を吐き出した音が聞こえた。
 呆れられたのだろうか。だけど、意味がわからないのだから仕方がない。

『大丈夫ならいい』

 なく言ったあと、佐藤さんはいつもの口調に戻る。

『では、失礼いたします』
「あ、はい」

 ツーツーと電子音が響く。
 私はその音を聞きながら、受話器を置くこともせずに再び考え込んだ。
 佐藤さんは、一体何を聞きたかったのか。穴が開かなかったかと言っていたが、どういう意味なのだろう。
 首を傾げながら、やっと受話器を置いた。
 それと同時に、大事なことを思い出す。佐藤さんから借りたウインドブレーカーのことだ。
 洗ってから返そうと思っていたのだが、考えてみればどうやって返せばいいのだろう。
 渡部さんがAMBコーポレーションに行く際にお願いするべきだろうか。でも、無理矢理渡されたとはいえ、日焼けを防ぐために貸してくれたのだ。キチンとお礼を言いたい。
 本当は帰り際にお礼を言って「このウインドブレーカーは洗ってお返しします。渡部さん経由でも大丈夫でしょうか?」と確認を取ろうと思っていた。
 だが、車中のショッキングな出来事のせいで、頭の中からすっかり抜け落ちていたのだ。
 さて、どうしたものか。ビジネスマンの佐藤さんに連絡したければ、AMBコーポレーションに電話をすればいいが、プライベートの佐藤さんにはどう連絡したらいいのかわからない。
 ここはやっぱり渡部さんにお願いするしかないだろう。
 私は昼休憩に入ったのを見計らって、渡部さんに相談することにした。
 ついでに、先ほどのやりとりを一部始終話し、佐藤さんの言葉の意味も尋ねてみた。すると、渡部さんは何かを思いついたように「ああ!」と手を叩く。

「そりゃあ、吉岡が火元にいたからさ。佐藤さんは慌てて避難させたんだよ」
「避難、ですか? どういうことです? 確かに火元は危なかったかもしれないですけど」

 未だによくわかっていない私に、渡部さんはニッと意味ありげに笑う。

「だって、服に穴が開かなかったかって聞かれたんだろう?」
「はい」

 私が神妙な顔つきで頷くと、渡部さんは急に真剣な面持おももちになった。

「焼き炭ってさ、結構ぜるんだよ」
ぜる?」
「そう。しかもデイキャンプの前日、雨が降ったから湿気がすごかっただろう? 水分を含んだ炭を加熱すると、水蒸気によって余計にぜるわけ」
「そうなんですか?」

 湿っていると火が付きにくくなるというのはなんとなく想像できるが、ぜやすいというのは初耳だった。
 感心して頷いていると、渡部さんはニンマリと意味ありげに口角を上げる。

「吉岡さ、気合い入れて可愛い服着ていたじゃん。火の粉が服について穴が開いたら大変だと、佐藤さんは思ったんじゃね?」
「え?」
「だから、佐藤さんは心配して吉岡を火元から遠ざけたんだよ」
「……」

 渡部さんは黙りこくる私を見つつ、言葉を続ける。

「そういえばあのとき、佐藤さんが血相けっそう変えて吉岡のところに飛んでいったんだよ。そういうことかぁ」

 戸惑っている私に、渡部さんは優しくさとす。

「前にさ、接待で佐藤さんと呑む機会があったんだけど、男っぽくてすげぇいい人だったよ。ただ、ちょっとシャイなところはあるかもしれないけどさ」

 渡部さんはチラッと私に視線を投げかけてくる。
 それに気がついたけど、私は情けない思いを抑えるのに必死だ。
 理想の佐藤さん像を勝手に作り上げた挙句あげく、イメージと違ったからとショックを受け、失礼な態度を取ってしまった。なんて大人気ないのだろう。
 依然いぜん黙りこくっている私に、渡部さんはため息混じりに言った。

「吉岡が言うような王子様みたいな人じゃないけど、頼りがいのある男らしい人だよ。ウインドブレーカーは吉岡が直接返しな」
「そう、ですね」

 その一言を言うのが精一杯だった。
 あのキツい言葉の裏に隠された、佐藤さんの優しさ。それを今更わかっても遅い。
 あの日、あのときにお礼を言うべきだった。
 私の気持ちをんでくれたのだろう。渡部さんは、私の肩をポンポンと叩くと、何も言わずにその場をあとにした。
 残された私は自席に戻ってデスクに肘をつき、頭を抱えた。
 優しさ。それが電話の佐藤さんにも、プライベートの佐藤さんにも共通していることは、あのデイキャンプの日にわかっていたのに……
 渡部さんに指摘され、罪悪感が押し寄せてきた。
 来週電話をするとき、それとなくデイキャンプの話題を出して謝ろうか。だけど、仕事中にプライベートな話はしにくいし……
 どうしたらいいものか、と悩んでいた私に、思いがけず再び佐藤さんと会うチャンスが巡ってきたのだった。


   * * * *


 六月に入って初めての日曜日。私は、最近できたばかりの結婚式場に来ていた。姉のハレの日だからだ。
 ジューンブライドに憧れていた姉は、今日の良き日に、三年間付き合っていた恋人とめでたく結婚式を挙げた。
 式はとどこおりなく終了し、次に披露宴会場へと場所を変えたとき、私は〝ある人物〟の姿を見つけた。
 本日はお日柄もよく――そんな常套じょうとうで始まるスピーチが行われているが、申し訳ないことに内容は全然頭に入ってこない。
 私の視線は、新郎友人席にいる〝ある人物〟にそそがれている。

(佐藤さん……お義兄にいさんのお友達だったんだ)

 今日のために新調したパーティードレスのすそをギュッと握り締め、私は佐藤さんをまっすぐに見つめる。
 こちらを見ないかな、そんなふうに思いつつも、本当に佐藤さんが私の存在に気がついたときにどんな対応をしていいのかわからない。
 それにしても、こんな身近なところで繋がりがあったなんてビックリだ。世間は狭いと言うけど、本当だなぁと改めて実感する。

「あ……!!」

 あまりにジッと見過ぎてしまったせいか、佐藤さんがこちらに目を向けた。


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