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第十一話
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フジコのドタキャンが私に対しての荒療治だとわかり、フジコを批難したが彼女は相変わらずどこ吹く風だ。
フジコが私のことをすごく心配してくれている。それはわかっている。
妄想恋愛を楽しむあまり、リアルの恋愛に無頓着になって興味さえも湧いていなかった昨今。
私が妄想恋愛に走ることになった理由を知っているフジコとしては、そのまま見て見ぬ振りはできなかったのだろう。
フジコの気持ちは痛いほどよくわかるし、私のことを心配してくれるのはありがたいと思う。
だけど、これは……かなりの荒療治じゃないか。
怒ることにも疲れてぐったりとしていると、フジコに土曜日の夜のことを根掘り葉掘り聞かれた。
本当ははぐらかして言わないつもりだった。しかし、相手はフジコ。女王様フジコだ。
私などは赤子の手を捻るよりたやすい。そうフジコは豪語する。
その宣言通り、あれよあれよとすべてを話してしまった私。馬鹿正直にもほどがあるが、相手はフジコ。勝てるわけがない。
土曜日のすべてを聞いたフジコは「ふんふん」となにやら楽しげに鼻歌交じりだ。
戦々恐々とする私に対し、フジコはピシッと指を差して言った。
「それはお詫びとお礼を言いに行くのが筋っていうものでしょう」
「お詫びとお礼……」
「そうよ。尚先生には介抱してもらって、澤田家に一晩泊めてもらった挙げ句、朝ご飯までごちそうになったわけでしょ?」
「そ、そのとおりです」
小さく縮こまる私に、フジコは畳みかけるように言う。
「それは一度、菓子折でも持って謝罪に行った方がよくない?」
「……」
「なによ」
口を尖らせ、フジコをモノ言いたげに見つめる私に、フジコは眉をピクリとあげた。
その様子を見たあと、私は口を開く。
「フジコの言うとおり。確かにもう一度謝罪とお礼に行くべきだと思うよ」
そうでしょう、と深く頷くフジコにチラリと視線を飛ばす。
「だけどね、フジコ。私を気遣っての意見じゃないでしょ?」
「ふふ、バレた?」
バレバレだというのに、この人は。口を尖らせてフジコを睨み付けているのに、彼女は相変わらず余裕綽々である。
「まぁでも安心した」
「安心!? この状況のどこが安心できるっていうの? もう私なんて何が何だかさっぱりで!」
フジコには尚先生のここまでの行動を細かく話したはず。それなのにそんなふうに言うだなんてあんまりだ。
困っているなら助けましょう。それが友達としての正しい言葉じゃないの。
あの尚先生に立ち向かえる人物といえば、私の周りではフジコと真奈美さんぐらいしか思いつかない。
それほどあの澤田尚という人物は厄介であり、私の妄想恋愛の時間をなくしていく張本人なのだから。
ギャンギャンと抗議する私を見て、フジコは耳を押させて「うるさい!」と一喝してきた。
ちょっと、怒りたいのはこっちの方だよ。反論する私に近づき、フジコは真顔で宣言した。
「珠美、いいこと? これを逃したら、アンタ一生妄想恋愛することになるわよ」
「べ、別にいいもの」
「よくない。私に言わせればアンタは逃げているだけ。そんな逃げるだけの人生をこれから送るつもり?」
逃げてなんて、と言葉を濁す。口ではフジコに反論してはいるが、彼女の言うことにも一理あることは分かっている。
逃げている。たぶん、フジコの言うとおりなのだろう。
だけど逃げたいんだ。現実の恋なんて苦しむだけ、痛いだけ。それならもう、現実恋愛になんて興味はないし、魅力もない。
「逃げちゃだめなの?」
恋愛体質のフジコにしてみたら、私のしていることは理解できないだろう。
わかってくれなくてもいい。私はただ、日々何事もなく過ごしていきたいだけ。
恋愛で振り回されたくない。それが本音だ。
私の頑なな気持ちに気がついたフジコは、悲しそうに眉を顰める。
「ねぇ、珠美。妄想してるだけって楽しい?」
「楽しいわよ! だって辛くないもの」
「でしょうね」
案外すんなりとフジコは妄想恋愛に賛同した。ビックリして目を見開く私に「じゃあさ」とフジコは話を振る。
「辛いときはどうするの?」
「辛いとき?」
「そう、仕事でミスって落ち込んだとか。なんだかこの頃ツイていないなぁと思ったときは」
「そ、そりゃあ……」
そういうときはイケメンに慰めてもらう。もちろん脳内妄想恋愛機の中で。
私の答えがわかったのだろう。フジコは肩を竦める。
「じゃあさ、温もりが欲しくなったときはどうするのよ?」
「ぬくもり……?」
「想像だけじゃ得られない癒やしになると思うわよ」
「……」
黙りこくる私を横目に、フジコは冷やし中華を啜る。
言葉を無くした私に対し、フジコはフフッと意味ありげに笑った。
「妄想ではできないこと。色々あると思うわよ」
「フジコ」
「思い通りにならない? 結構なことじゃない。傷つかない? そりゃ傷つかないわよ、妄想なんだから。だけど、それは独りよがりなだけで何もないのと同じ」
「っ!」
フジコの言うとおりだ。脳内妄想恋愛機の弱点とも言える。
独りよがり、確かにその通りだ。自分が好きなように、好きな言葉で、好きなイケメンの表情を楽しむだけ。
恋愛機がストップすれば、あとに残るのはむなしさだけなのかもしれない。
だけど、私はリアル恋愛に踏み出す一歩を躊躇している。この一歩が自らの意思で出来るようになるのはいつのことだろう。
(もしかして一生ないかもしれないなぁ……)
小さくため息を零す私に、フジコはニヤニヤと意地悪く笑う。
なんだか嫌な予感しかしなくて、私はフジコから視線を逸らしおにぎりをぱくついた。
「心配する必要ないわよ、珠美」
「へ?」
顔を上げるとフジコはニンマリと笑みを深いものにする。
「珠美の周りには厄介な男である尚先生、可愛い直球系の翔くん。二人の男が珠美を狙っているじゃない。モテ期到来ってやつね」
「フジコ!」
面白がっているフジコに反論しようとしたが、相手はフジコ。聞いてもくれない。
「自分の殻に閉じこもったお姫様を助けるのはどちらの騎士なのかしらね」
「フジコ、思いっきり楽しんでいるでしょ?」
「あら、私が他人の恋愛事に興味を持つなんて稀なことよ」
そういう問題じゃない。反論する気も失せた私はテーブルに突っ伏す。
フジコは私の頭を撫でながら、クスクスと笑い声を零した。
「結構意固地で頑固者の珠美には、強引すぎるぐらいの男がちょうどいいと思うな」
「だから、私は恋愛する気は毛頭無いって言っているでしょう?」
呆れながらそう呟くと、フジコは「無理ね」とバッサリと私の意見を切り捨てた。
「あの尚先生よ。珠美のそんな言葉無視よ無視」
「……」
「強引に気持ちを掴まれた珠美は……一体どうなるのかしらね?」
「フジコ、他人事でしょう?」
恨み節炸裂でフジコを睨んだが、相手が悪い。怯むようなフジコではない。
「大丈夫よ、珠美。相談事はすべてこのフジコ様が請け負ってあげる。安心して身も心もメンズに差し出していらっしゃい。同時に二人の男と楽しむっていうのもありかも。いいわね、楽しそう!」
「フジコ!!!」
思わず辺りを見回す。良かった、誰もいない。ホッと胸を撫で下ろし、力なく椅子に座りこむ。
もう、フジコのバカ。本当に何を言い出したんだ、この人は。
頭を抱える私を見て、フジコは満足げに大きく頷いたのだった。
フジコが私のことをすごく心配してくれている。それはわかっている。
妄想恋愛を楽しむあまり、リアルの恋愛に無頓着になって興味さえも湧いていなかった昨今。
私が妄想恋愛に走ることになった理由を知っているフジコとしては、そのまま見て見ぬ振りはできなかったのだろう。
フジコの気持ちは痛いほどよくわかるし、私のことを心配してくれるのはありがたいと思う。
だけど、これは……かなりの荒療治じゃないか。
怒ることにも疲れてぐったりとしていると、フジコに土曜日の夜のことを根掘り葉掘り聞かれた。
本当ははぐらかして言わないつもりだった。しかし、相手はフジコ。女王様フジコだ。
私などは赤子の手を捻るよりたやすい。そうフジコは豪語する。
その宣言通り、あれよあれよとすべてを話してしまった私。馬鹿正直にもほどがあるが、相手はフジコ。勝てるわけがない。
土曜日のすべてを聞いたフジコは「ふんふん」となにやら楽しげに鼻歌交じりだ。
戦々恐々とする私に対し、フジコはピシッと指を差して言った。
「それはお詫びとお礼を言いに行くのが筋っていうものでしょう」
「お詫びとお礼……」
「そうよ。尚先生には介抱してもらって、澤田家に一晩泊めてもらった挙げ句、朝ご飯までごちそうになったわけでしょ?」
「そ、そのとおりです」
小さく縮こまる私に、フジコは畳みかけるように言う。
「それは一度、菓子折でも持って謝罪に行った方がよくない?」
「……」
「なによ」
口を尖らせ、フジコをモノ言いたげに見つめる私に、フジコは眉をピクリとあげた。
その様子を見たあと、私は口を開く。
「フジコの言うとおり。確かにもう一度謝罪とお礼に行くべきだと思うよ」
そうでしょう、と深く頷くフジコにチラリと視線を飛ばす。
「だけどね、フジコ。私を気遣っての意見じゃないでしょ?」
「ふふ、バレた?」
バレバレだというのに、この人は。口を尖らせてフジコを睨み付けているのに、彼女は相変わらず余裕綽々である。
「まぁでも安心した」
「安心!? この状況のどこが安心できるっていうの? もう私なんて何が何だかさっぱりで!」
フジコには尚先生のここまでの行動を細かく話したはず。それなのにそんなふうに言うだなんてあんまりだ。
困っているなら助けましょう。それが友達としての正しい言葉じゃないの。
あの尚先生に立ち向かえる人物といえば、私の周りではフジコと真奈美さんぐらいしか思いつかない。
それほどあの澤田尚という人物は厄介であり、私の妄想恋愛の時間をなくしていく張本人なのだから。
ギャンギャンと抗議する私を見て、フジコは耳を押させて「うるさい!」と一喝してきた。
ちょっと、怒りたいのはこっちの方だよ。反論する私に近づき、フジコは真顔で宣言した。
「珠美、いいこと? これを逃したら、アンタ一生妄想恋愛することになるわよ」
「べ、別にいいもの」
「よくない。私に言わせればアンタは逃げているだけ。そんな逃げるだけの人生をこれから送るつもり?」
逃げてなんて、と言葉を濁す。口ではフジコに反論してはいるが、彼女の言うことにも一理あることは分かっている。
逃げている。たぶん、フジコの言うとおりなのだろう。
だけど逃げたいんだ。現実の恋なんて苦しむだけ、痛いだけ。それならもう、現実恋愛になんて興味はないし、魅力もない。
「逃げちゃだめなの?」
恋愛体質のフジコにしてみたら、私のしていることは理解できないだろう。
わかってくれなくてもいい。私はただ、日々何事もなく過ごしていきたいだけ。
恋愛で振り回されたくない。それが本音だ。
私の頑なな気持ちに気がついたフジコは、悲しそうに眉を顰める。
「ねぇ、珠美。妄想してるだけって楽しい?」
「楽しいわよ! だって辛くないもの」
「でしょうね」
案外すんなりとフジコは妄想恋愛に賛同した。ビックリして目を見開く私に「じゃあさ」とフジコは話を振る。
「辛いときはどうするの?」
「辛いとき?」
「そう、仕事でミスって落ち込んだとか。なんだかこの頃ツイていないなぁと思ったときは」
「そ、そりゃあ……」
そういうときはイケメンに慰めてもらう。もちろん脳内妄想恋愛機の中で。
私の答えがわかったのだろう。フジコは肩を竦める。
「じゃあさ、温もりが欲しくなったときはどうするのよ?」
「ぬくもり……?」
「想像だけじゃ得られない癒やしになると思うわよ」
「……」
黙りこくる私を横目に、フジコは冷やし中華を啜る。
言葉を無くした私に対し、フジコはフフッと意味ありげに笑った。
「妄想ではできないこと。色々あると思うわよ」
「フジコ」
「思い通りにならない? 結構なことじゃない。傷つかない? そりゃ傷つかないわよ、妄想なんだから。だけど、それは独りよがりなだけで何もないのと同じ」
「っ!」
フジコの言うとおりだ。脳内妄想恋愛機の弱点とも言える。
独りよがり、確かにその通りだ。自分が好きなように、好きな言葉で、好きなイケメンの表情を楽しむだけ。
恋愛機がストップすれば、あとに残るのはむなしさだけなのかもしれない。
だけど、私はリアル恋愛に踏み出す一歩を躊躇している。この一歩が自らの意思で出来るようになるのはいつのことだろう。
(もしかして一生ないかもしれないなぁ……)
小さくため息を零す私に、フジコはニヤニヤと意地悪く笑う。
なんだか嫌な予感しかしなくて、私はフジコから視線を逸らしおにぎりをぱくついた。
「心配する必要ないわよ、珠美」
「へ?」
顔を上げるとフジコはニンマリと笑みを深いものにする。
「珠美の周りには厄介な男である尚先生、可愛い直球系の翔くん。二人の男が珠美を狙っているじゃない。モテ期到来ってやつね」
「フジコ!」
面白がっているフジコに反論しようとしたが、相手はフジコ。聞いてもくれない。
「自分の殻に閉じこもったお姫様を助けるのはどちらの騎士なのかしらね」
「フジコ、思いっきり楽しんでいるでしょ?」
「あら、私が他人の恋愛事に興味を持つなんて稀なことよ」
そういう問題じゃない。反論する気も失せた私はテーブルに突っ伏す。
フジコは私の頭を撫でながら、クスクスと笑い声を零した。
「結構意固地で頑固者の珠美には、強引すぎるぐらいの男がちょうどいいと思うな」
「だから、私は恋愛する気は毛頭無いって言っているでしょう?」
呆れながらそう呟くと、フジコは「無理ね」とバッサリと私の意見を切り捨てた。
「あの尚先生よ。珠美のそんな言葉無視よ無視」
「……」
「強引に気持ちを掴まれた珠美は……一体どうなるのかしらね?」
「フジコ、他人事でしょう?」
恨み節炸裂でフジコを睨んだが、相手が悪い。怯むようなフジコではない。
「大丈夫よ、珠美。相談事はすべてこのフジコ様が請け負ってあげる。安心して身も心もメンズに差し出していらっしゃい。同時に二人の男と楽しむっていうのもありかも。いいわね、楽しそう!」
「フジコ!!!」
思わず辺りを見回す。良かった、誰もいない。ホッと胸を撫で下ろし、力なく椅子に座りこむ。
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