悪丸

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裏山とその学校について

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|学校での転機| 東雲 峰

 僕の学校生活は至って普通だ。学校は毎日ちゃんと登校している。授業はそこそこ。友達と呼べるやつは、いなくもない。友達とは学校だけの付き合いだ。まぁ、自分で言うのも何だが、ネクラというやつだ。僕は。
 僕の生活が変わり始めたのは、入学して三ヶ月たった一年最初の夏だ。
 暑いな~今年の夏は。まぁ、すぐ隣に窓があるからいいけど。セミはうるさいが。
 そう思いながら窓を横目に見ていた。
 僕の席は一番うしろの窓際にある。小学校の頃から変わらない。席替えのクジでは何度引いても一番後ろの窓際になった。僕は呪われているのか?そう思ったほどだ。結局はクジ運のなさだろう。
 キーンコーンカーンコーン
 授業の予鈴がなる。
 いつも通りの日々。
 午前の授業が終わると、僕はひとりぼーっと窓の外を眺めていた。
 僕の知っている村の風景、二年前の災害でたくさんの被害が出ていたが、今の村は活気を取り戻しつつある。
 ふと前方を見ると、教卓には先生がいた。
 そろそろ午後の授業が始まるな、うえっ、僕の苦手な英語だ。
 机から面倒臭そうに教科書を出す。早く終わればいいなと、テキストを開いた。
 そして、なんだかんだ午後の授業も終わりを迎える。
「フワァ~」
 あくびが出た。
 さて、さっさと帰るとしますか。
 僕はカバンを取り、教室を出る。ガヤガヤ騒ぐ空間から誰よりも早く。
 一年のクラスは一クラスしかない。ここは田舎だからしょうがないが、一クラスって、めちゃくちゃ少ないな。
 僕は自分の教室を遠目で見ると、校門から抜け出した。
 すると、次の瞬間、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
「なぁ……君………」
 僕は振り向く。
「君………うちの同好会に入らないか?」
「………………え?」
 少し驚く。
 声をかけてきたのは三年の先輩だった。体が大きく、体型ががっしりとした男の先輩だった。
「………えっと……僕になんのようですか?……同好会?」
 わけがわからない。僕はぽかんと口を開ける。
「ただなぁ、うちの同好会はちょっと特殊でな………」
 独り言のように喋りながらも、ときおり視線をこちらに向けてきていた。
 そして、なぜかはわからないが、ある一室に招待される。
「………ここって……空き倉庫ですよね………」
 先輩は僕の顔を見て、ニッと笑った。
 ……今から自分襲われないよね……?
 到底起こりもしない妄想に僕は怯えた。
「さぁ、紹介するよ。これが私の同好会だ」
 倉庫に入ると同時に電気が点けられる。
「ま、まぶしっ!」
 立地の関係上、日の当たらない倉庫が照らされるとそれはそれは眩しかった。と、同時にホコリ臭さが鼻に掠った。
「まぁ、取り敢えず座ってくれ」
 僕は倉庫の中にあるイスに座るよう促された。イスの目の前には長テーブルがあり、その反対側にもう一つのイスがあった。僕は言われるがままイスに座り、先輩ももう一つの椅子に座った。
 正直に言おう。部屋が汚い。
 先輩は思いっきり背もたれによりかかると、ゆっくりと口を開く。
「………正直に言うとな、この同好会に君が必要なんだ。急に言われても困ると思うが、どうしても必要なんだ」
 先輩はまっすぐに僕を見ていた。が、それ以前に自分は部屋の汚さに混乱していた。
 とりあえずしたくもない深呼吸をする。気持ちを落ち着かせ、言葉を発した。
「いや、そんな急に言われても困りますよ。なんで得体のしれない同好会に入らないといけないんですか」
 先輩は腕組をしながら下を向き、静かに息をした。
 なにか考えているのか?
 そして顔を上げ、僕にこう言った。
「君の助けになりたいんだ。二年前にいなくなった。君のお兄さん、陽先輩を見つけるために」
 身体に衝撃が走る。
「………えっ?なんで……先輩が………」
 先輩は諭すように言葉を投げた。
「そんなに動揺するな。君は知っているだろ?陽先輩は、この学校、青嵐高校の生徒だってことを………」
 僕は知っている。
 その通りだ、兄さんはこの学校に通ってた。なにか情報があるんじゃないかって。なにか手がかりがあるんじゃないかって。だから、この学校に入学した。
「えっと………先輩は……僕の兄さんとなにか関係があるんですか?」
 恐る恐る先輩の顔を見た。もしかして、兄さんの友達?もしくは……
 兄さんを連れ去った人!?
 と、少し頭をよぎった。
 いや、それはない。あの人は女性だったはずだ。こんなガタイのいい人があの女性なわけがない。
 ぽっと浮き出た考えはすぐに否定された。
「君、大丈夫か?怖い顔をしているぞ。最初に言っておくが、私は君の味方だ。信じられないかもしれんが」
 え?そんなに怖い顔してた?
 兄さんの味方だという言葉を頭の隅に置きながらも、自分の顔に触れる。確かに、少し汗ばんでいる。だが、いつもの顔だ。
「………いつもの………顔……だよな」
 そう呟くと、先輩は笑いだした。
「ハッハッハッ、面白いな、君」
 口を大きく開けている。
「えっ!?僕、なんか変なこと言いましたか?」
 先輩は出てきた涙を手で拭き取り、息を整えていた。
 めっちゃ笑うなぁ。
「ふぅ………すまんな。思ったより笑ってしまった。最初から、真剣に話そう」
 先輩はイスを前に引き、腕はテーブルの上に置いて、真剣な顔つきになる。
「あぁ、そういえば自己紹介をしていなかったな。私の名前は「近藤縛」だ。よろしくな」
 先輩は手を差し出してきてくれた。僕はそれを見ると、自分も手を出して握手をした。手は大きく、白いテーピングが巻いてあった。
「えっと、よろしくおねがいします。」
 握手し終えると、先輩は話を始める。
「さっきも言ったように、君のお兄さんを私は見つけたいんだ。私は陽先輩の後輩だった。いや、今も変わらず後輩だ。だが、ある日を境に陽先輩はいなくなってしまった、その日はちょうど、災害がこの村を襲ったときだ」
 僕は下を向いた。先輩に悟られぬよう。あの記憶がまた繰り返しで映像に出ぬよう。ただただうつむいた。
「………くっ………」
 顔はさっきよりも怖くなっているだろう。自然と眉間にしわが寄る。
「ん?大丈夫か?後輩よ?」
 心配して声をかけてくれたが、すぐには返事ができなかった。もう少しで泣きそうになったからだ。あの記憶を今すぐでも消したい。
 膝の上で手をギュッと握りしめる。出そうな涙をこらえ、顔をあげる。
「大丈夫です。先輩、話を進めてください」
 先輩はそうかと言い、話を始めた。
「災害が起こった直後、私は陽先輩を捜した。
 しかし、全く先輩は見つからなかった。見つからなかったが、私は心当たりが少しあってな、もしかしたら、君のお兄さん、陽先輩はそこにいるかもしれないと思っている。
 だから、先輩の弟、峰君に頼みたいんだよ。お兄さんを見つけるために」
 いきなりの話だった。
 兄さんがいなくなってニ年近く経つというのに、一緒に捜してほしい?それに心当たりがある?本当なのか?
 僕は完全に言葉が詰まる。
 どう返事したらいい?兄さんは助けたいがこの人は本当に信用できる人物なのだろうか?
 いろいろな考えが頭に浮かび、少し混乱してしまいそうだった。
 先輩は心を読んだのか、こう言ってくる。
「どうやら君は私を信用していないらしいね。まぁ、今話されたことを信じろと言ってもそれは難しい。そこで、私に一つ提案がある。君の持っている刀を私に譲り渡してほしい。そうすれば君は私のことを信用してくれるはずだ」
 ………え?なんで先輩が刀のことを!?
 僕の家には刀がある。あの日拾った刀だ。今でも大事に自分の部屋で取っといてある。先輩が言っている刀は、僕の部屋にある刀のことを言っているのだろうか?
「………なんで、知ってるですか?」
 先輩は僕の言葉を聞くと、一人納得したような表情をした。
「………やはりな………」
 僕は首を傾げ、先輩を見つめる。先輩は視線に気づくと、すぐにこう返事をする。
「………実はな、私は今、あるものを探していたんだ。だが、なかなか見つからなくてな、もしやと思い、弟の君に聞いてみたんだ。そしたら、なんとお目当てのものがあったじゃないか………私が探していたのは刀だ。君の……いや……陽先輩のな」
 ………やっぱり兄さんのだったのか。
「兄さんの、刀」
「そう、君の拾った刀は陽先輩のものだ。私は先輩が刀を持っていることは知っていてな。あのときなくなったと思ったが、やっぱり君が持っていたんだな。それを私に譲ってくれないか?」
「譲ったらなにかわかるんですか?」
「………あぁ、百パーセントとは言えないがな………陽先輩の手掛かりが見つかるかもしれない………」
「ほ、本当ですかっ!?」
「………絶対とは言っていない」
 興奮する僕に、先輩は冷静にそう返した。
「手がかりを得る確率ははっきりと言ってとても低い。私は強制はしないさ。だが、君が私のことを信用してくれるのなら、陽先輩の手掛かりがほしいのなら、今日の夜、十一時頃に裏山に来てくれ。刀を持ってな。突然のことはわかっている」
 急な予定だ。
 先輩は目をじっと見たかと思うと、目を下に伏せる。
「………すまない」
 一言そう呟いていた。
 どうしよう……とりあえず来るか来ないか言ったほうがいいよな。
「先輩………僕も兄さんを捜していました。でも、全然見つかんなくて………本当は………半ば諦めてました。もし、兄さんの手掛かりが見つからなかったとしても、今の自分は先輩を信じることしかできません。僕は信じますよ。兄さんが見つかる可能性がほんの少しだけでもあれば、ずっと。だから、行きます」
 先輩は意外そうな顔をしていた。
「………そ、そうか」
 僕は椅子からスクッと立ち上がった。
「絶対に兄さんを見つけてやる!」
 先輩は僕を見上げ、フッと笑った。
「………ありがとう。頼りにしてるぞ」
 突然な感謝に僕は顔を赤らめた。
「………は、はい。任せてください」
 僕はそう言ったあと、先輩に別れを告げる。
「先輩、僕、早く帰らないといけないので、これで失礼します。じいちゃんが心配しているので」
「………そうか。気をつけて帰れよ。それに、無理して来なくてもいいんだぞ。嫌なら私は何も言わない。それでもか?」
「はい、それでもです。刀を持って裏山に行けばいいんですよね?」
 先輩は黙ってうなずき、僕は静かに一礼をした。
 その後、僕は倉庫の中から出る。ふと、窓の外を眺めた。午後の夕日が差し込んできていた。少しそれを見ると、僕は窓から離れ、一人階段を降りていった。
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