悪丸

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裏山とその学校について

ワーストバウト

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|強者| 近藤こんどう ばく

「………ほぉ、二人の人間を逃がし、お前がここに残るのか」
「当たり前だろ。止められるのは私しかいないからな」
 深い森の奥。少し開けた場所に私と奴はいた。月を背にし、向かい合う。時折吹く風に服はなびいていた。夜鳥が鳴く。
「嬉しいよ。またお前と戦えるなんてな」
「私は嬉しいとは思わないさ。お前に付けられた傷、仲間に付けられた傷、それはお前の顔を見ると嫌でも思い出すよ。過去の出来事なのに、過ぎ去った時なのに」
 私は握り拳を作った。目一杯力の入った拳を作った。
「………なのに………お前が………っ!!」
「そう怒るな。私も正直言えば怒りたいのだよ。散々な目にあったからな」
「………後輩は死なせはしない」
「それは私に勝つということかな?」
 私は歩み寄る。奴も歩み寄る。
「………ああ、そうだよ」
 次の瞬間、私は奴の顔目掛けてパンチを繰り出した。奴はそれに反応し、私と全く同じ動きをする。
 パアァンッ!!
 両者ともの拳が重なり合った。自慢ではないが、自分自身体つきは良いほうだと思っていた。だが、今この状況を見ると、さながら奴は親で、私は子どものような、圧倒的な力の差を見せられたような、そんな感覚に陥った。
「今のお前に私は勝てない」
 奴にそう言い捨てられ、私は殴り飛ばされる。
「ぐっ!?」
 頬に拳が当たり、嫌な音が耳に響いた。意識が飛びそうなほどの強力なパンチだった。
「フッ、押し負けたな」
 私はよろめきながらも体勢を整えた。
 やはり力は奴の方が上だ。わかっていても、一発食らっただけで頭がボーッとする。
 私は口元から垂れる血を拭う。
「何だ何だ。もうすでに限界じゃないかぁ」
 奴は不敵に笑う。
「………何言ってんだ。これで終わるわけねぇだろ」
「………そうか、なら受けてみろ」
 私は守りの姿勢に構えた。
「容赦はしない」
 奴は私に向かって、無数の拳を浴びせた。
 ドドドドドッ!!
 激しくも無残な打撃音が辺りに鳴り響く。
「縛よどうだ!久しぶりの戦いで興奮してるんじゃないか!?」
 私は奴の攻撃を受け切るのに精一杯だった。悠長には返してはいられない。
「………くっ!!」
 拳の雨は思考を奪ってゆく。
「最後にとびきりのパンチだッ!!」
 奴の渾身の一撃が私の腹部に当たる。
 ドゴッ!!
「ぐはっ!?」
 私の体でも耐えられない拳。まともに受けたら命はなかった。私はなすすべもなく倒れる。
「なぁ、なぜあのときのように戦ってくれない?本気じゃないんだろ?」
 わかっているさ。本当はあのときのように戦いたい。だが、キズが、あのときのキズが、お前らのせいでッ!!
「人間は不憫だな。傷つけられたキズも治せないなんて」
「………黙れ」
 お前に何がわかる?私が言いたいキズは。
「おお、何だ立てるじゃないか。早く立ちたまえ」
「………私が言いたいキズは………陽先輩を失くした………心のキズだっ!!」
 私はなんとか立ち上がるも、息絶え絶えだった。
「………ハァ………ハァ………ハァ………」
「………そうか、キズついたのは心だけだったか、たったそれだけでこうも弱くなるか。幻滅だぞ。お前に似合わない」
 私は震えていた。恐怖ではなかった。静かな怒りによるものだった。
「………お前には二度と会いたくなかった。だが会ってしまった以上、ニ年前の因果、ここで報わせてやる」
「………は?何を言って………」
 私は奴の顔も見ずに、ただ怒りという感情だけで拳を振るった。
 ガンッ!!
 相手を吹っ飛ばせなくても当たればいい。そんな思いで放った拳には感触があった。たしかに硬いコンクリートのような、いや、鉄のような、そんな人ではない感触が、私の拳にひしひしと伝わっていた。
 ………当たったのか?奴の顔にこの拳が?
 私はハッと我に返ると、そこにはパンチを正面から食らった化け物がいた。拳がジンジンと痛んでいたが、確実に私の攻撃は当たっていた。
 すると次の瞬間、奴は私の手首をガッとつかむ。
「………フフッ、やればできるじゃないかぁ」
「………ッ!!」
 顔面にパンチを食らって笑っているだと!?私の拳だぞ。
「弱いんだよ。ほら」
「おわっ!?」
 私は軽くポイッと奴に投げ飛ばされた。
「もっと力を込めたまえ」
 強すぎる。こんなにも力量の差があるのか?ニ年前にはたしかにに追い詰めていた。奴にニ年前もの間何があった!?ニ年前には感じなかった力がある。私の知らない力がある!
 酔っていた頭でも、しっかりと絶望を感じた。空を少し見上げる。
 今日は、曇りだったな。
 私はフラフラになりながらも奴を見据えた。
「………来いっ!!」
 私は両足を地に着け、奴に向かってそう叫ぶ。
「………なら、遠慮なくいくぞ」
 奴も構えた。それは見たことのある構えだった。
「………っ!?それはっ!?」
 鮮明で気持ち悪いぐらいに、ニ年前の記憶がフラッシュバックしてくる。
「久しぶりにやるぞ。この技」
 奴はクラウチングスタートのような構えをしながら、私に向かって自慢の羊の角を見せていた。
 私は動揺が隠せなかった。
「これで終わりだ」
 奴は突進をしてきた。あの巨体を私目掛けて突進をしてきたのだ。
 ドッ!!
 間髪入れずに向かってくる突進を受け止める。
「ぐっ………はっ………!!」
 吹っ飛びそうな体を下半身で堪える。
「まダだ、マだダッ‼」
 奴の力が強くなる。角が胸に当たり苦しいと感じる。
 ここでやられるわけにはいかないっ!少しでも後輩たちの逃げる時間を稼がねばっ!今の私にできることはこれしかないんだっ!!
「ぬぉおおおッ!!」
 やられない………やられないために………ッ!!
 私は腰と足に力を入れ、奴を押し返す。
 負けてたまるか。こんなところで………負けてたまるか………ッ!!
 奴の力は想像を超えていた。まるで、繁殖期のメス熊を相手にしているかのような気分だった。
「………………っ!?」
 次の瞬間、私は驚愕をした。なぜなら、自分の体が浮いていたからだ。押し返していた体は奴に持ち上げられ無抵抗の状態になってしまっていた。
「人間ってのは軽いなぁ」
 ブンッ!!
 私は空中に放り出された。
「………もう終わりにするぞ」
 奴は上空に上がった私を見つめ、拳を構える。
 これはとてもまずい。空中では下手に動けないぞ。どうする!?
 私はとっさに受身の姿勢に構えた。
 重力に従い奴のもとへ私は落ちていく。静かに、目が合った。
「あばよ、縛」
 ドッ────!!
 意識が吹っ飛んた。構えていた受身の姿勢は簡単に破られ、強烈な衝撃だけが全身に響き渡っていた。痛いという次元ではなかった。体がびっくりしたからなのか、痛みは一切なかった。
 ………くそ……私のせいでこんなことになってしまった。初めから期待しなければよかったのか。先輩を助けるために先輩の弟を危険にさらすなんて、私はなんという罪を犯してしまったのだろう。
 後悔の念が渦巻く。
 もう少しでなくなりそうな意識の中をゆっくりと私は味わっていた。ふわりと浮かんだ体は夜の闇に包まれる。
「………もうちょっと楽しめると思ったんだがな」
 意識が完全になくなる直前、私の耳に言葉が届いた。奴はどこか失望していた。
 そして、私の意識がなくなった。
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