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第四話(5)
鏡の中の自分
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2回目の診察時、内村氏は、やや慣れた様子で診察室に入って来た。椅子に腰をおろした時、鈴木医師の顔を見て、ニコッとした。
(どうやら、事がうまく運んでいるらしいな…)
鈴木医師は、内村氏の表情を見て、ホッとした。
「物件内覧はどうでした?」
鈴木医師が内村氏のカルテを見ながら尋ねると、うれしそうな声が返って来た。
「とてもうまくゆきました。現地で会った梅原夫妻は、やはり以前に会った記憶はない方々でした。それで最初は緊張しましたが、内覧を始めてみると、セフティホームの一番の長所である耐震性のことから、水道の蛇口の特徴ひとつに至るまで、私がすべてを説明できたので、とても信頼を寄せてくださったようでした。
梅原さんご夫妻は、奥様が妊娠されたことがきっかけで、子育ては安全で環境の良いところでしたいと考えられ、セフティホームに関心をもたれたそうです。
内覧された物件の購入を決めてくださり、今は、銀行でローンの審査がおこなわれています。」
「それはお手柄でしたね。」
明るく報告する内村氏に、鈴木医師の心も弾んだ。しかし、まだ気にかかることがある。
「鏡にうつる自分の顔が、自分と違う表情に見える、ということについてはどうですか?」
鈴木医師の質問に、内村氏の表情が少し曇った。
「それについては…内覧中にも起こったんです…洗面台の説明をしている時でした。チラッと鏡を見ると、鏡の中の自分が、待ち構えていたようにニコッと笑ったのです。梅原ご夫妻は気づかれませんでした。いつものように、感じの良い笑顔なので、嫌な気分にはなりませんでしたが、不思議です。」
「そうですか…」
鈴木医師はしばらく考えた末、自分が思っていることを、内村氏に率直に話してみようと決めた。
「内村さん、気分を害さないでくださいね。今の内村さんに起こっていることを、精神疾患によるものと、説明することもできます。非常な緊張下におかれているので、記憶が抜け落ちたり、幻覚が見えるということです。
しかし私にとって不思議なのは、精神疾患によって、そのような病状が発現する場合、ご本人にとって、不利益になることが起こったり、不愉快で恐怖を伴う幻覚が見えたりするものなのですが、今の内村さんには、病状が仕事の上で有利に働いている。
そのため医師の立場として、単純に、精神疾患ですとは言えない。ドッペルゲンガー現象かも知れないが、それは医学でまだ解明されていないことなので、医師としては何とも言えないことなのです。」
内村氏は黙って聞いていた。ふたりの間に、沈黙が流れた。
再び、鈴木医師が話しだした。
「内村さんの気持ちとしては、スッキリしないかも知れませんが、もうしばらく、様子を見てみて、今後も記憶の抜けや、鏡の中の幻覚があっても、内村さんの不利益にならないのであれば、その状態を維持して生活しても良いのではないかと、私は考えます。」
内村氏は、右手を唇の下のあたりにあて、首を少し傾けて、考えていたが、やがて口を開いた。
「先生のおっしゃるとおりですね。私の身に起こっていることは、気味は悪いですが、私に不利益は与えていない。この状態が続いても私は何も困らない。」
鈴木医師は慎重に言った。
「しかし今の状況が、続いてくれるとも限りません。2週間後に、また様子を聞かせてもらえませんか?」
内村氏は快諾し、この日の診察は、終了した。
(どうやら、事がうまく運んでいるらしいな…)
鈴木医師は、内村氏の表情を見て、ホッとした。
「物件内覧はどうでした?」
鈴木医師が内村氏のカルテを見ながら尋ねると、うれしそうな声が返って来た。
「とてもうまくゆきました。現地で会った梅原夫妻は、やはり以前に会った記憶はない方々でした。それで最初は緊張しましたが、内覧を始めてみると、セフティホームの一番の長所である耐震性のことから、水道の蛇口の特徴ひとつに至るまで、私がすべてを説明できたので、とても信頼を寄せてくださったようでした。
梅原さんご夫妻は、奥様が妊娠されたことがきっかけで、子育ては安全で環境の良いところでしたいと考えられ、セフティホームに関心をもたれたそうです。
内覧された物件の購入を決めてくださり、今は、銀行でローンの審査がおこなわれています。」
「それはお手柄でしたね。」
明るく報告する内村氏に、鈴木医師の心も弾んだ。しかし、まだ気にかかることがある。
「鏡にうつる自分の顔が、自分と違う表情に見える、ということについてはどうですか?」
鈴木医師の質問に、内村氏の表情が少し曇った。
「それについては…内覧中にも起こったんです…洗面台の説明をしている時でした。チラッと鏡を見ると、鏡の中の自分が、待ち構えていたようにニコッと笑ったのです。梅原ご夫妻は気づかれませんでした。いつものように、感じの良い笑顔なので、嫌な気分にはなりませんでしたが、不思議です。」
「そうですか…」
鈴木医師はしばらく考えた末、自分が思っていることを、内村氏に率直に話してみようと決めた。
「内村さん、気分を害さないでくださいね。今の内村さんに起こっていることを、精神疾患によるものと、説明することもできます。非常な緊張下におかれているので、記憶が抜け落ちたり、幻覚が見えるということです。
しかし私にとって不思議なのは、精神疾患によって、そのような病状が発現する場合、ご本人にとって、不利益になることが起こったり、不愉快で恐怖を伴う幻覚が見えたりするものなのですが、今の内村さんには、病状が仕事の上で有利に働いている。
そのため医師の立場として、単純に、精神疾患ですとは言えない。ドッペルゲンガー現象かも知れないが、それは医学でまだ解明されていないことなので、医師としては何とも言えないことなのです。」
内村氏は黙って聞いていた。ふたりの間に、沈黙が流れた。
再び、鈴木医師が話しだした。
「内村さんの気持ちとしては、スッキリしないかも知れませんが、もうしばらく、様子を見てみて、今後も記憶の抜けや、鏡の中の幻覚があっても、内村さんの不利益にならないのであれば、その状態を維持して生活しても良いのではないかと、私は考えます。」
内村氏は、右手を唇の下のあたりにあて、首を少し傾けて、考えていたが、やがて口を開いた。
「先生のおっしゃるとおりですね。私の身に起こっていることは、気味は悪いですが、私に不利益は与えていない。この状態が続いても私は何も困らない。」
鈴木医師は慎重に言った。
「しかし今の状況が、続いてくれるとも限りません。2週間後に、また様子を聞かせてもらえませんか?」
内村氏は快諾し、この日の診察は、終了した。
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