マイグレーション ~現実世界に入れ替え現象を設定してみた~

気の言

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Tier98 俯瞰

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 他のタブと同じように俺はそのタブを画面の右上にあるバツ印をワンクリックして閉じるはずだった。
 何も考える必要はなく、脊髄反射のように開かれていた全てのタブを消すだけでよかった。
 そのはずだったのだが……

 なぜか手が止まった。
 そのタブを閉じようとした時、何が原因で手が止まったのかはわからなかった。
 しかし、俺は何か言い表しようのない違和感に襲われてタブを閉じることを拒んだ。

 得体の知れない違和感を突き止めようと俺は一度カーソルを右上にあるバツ印から外す。
 そして、伊瀬が開いたスクランブル交差点の定点カメラの映像を凝視する。
 映像は一時停止されており、大勢の人々が交差点を横断している場面を切り取った何気ないワンシーンだ。
 特段、気になるような点は何もない。
 何かを見間違えたのか、疲れていたのか。
 違和感の正体を掴むことはできなかったが、おかしいと感じられる要素がなかったため俺は凝視していた画面から目を離そうとした。
 ――その時だった。

 何かと目が合った。
 いや、それは映像に映っていたボブヘアの赤いニッドを着た若い女だった。
 その女はこちらを真っ直ぐ見つめていた。
 まるで、定点カメラがどこにあるのかがわかっているかのようにこちらを見据えている。
 違うな。
 むしろ、カメラを通して画面の前にいる俺を見ているかのような不気味さがある。

「……なんだ? これは?」

 これが俺の感じた違和感だというのか?
 違和感と言えば違和感なのかもしれないが、ただの偶然として片付けられる些細な事だ。
 たまたまカメラの方に目を向けたというだけだろう。
 常識的に考えれば、偶然の何ものでもない。

「……」

 だが……直感的に偶然とは違う異質な何かを感じる。
 俺は一時停止していた映像の再生ボタンを押す。
 これで女が視線をそらせば、ただの偶然だったのだとわかる。
 そうであれば俺の思い過ごしということでケリがつく。
 一瞬、読み込む動作をしてから映像は動き出す。
 女の視線は――

 以前、こちらを
 しかも、交差点の中央にいるにも関わらず立ち止まっていた。
 女は人の流れを阻害していることを一切気にせずにブレることなく突っ立っている。

「偶然じゃねぇってことかよ……」

 一体、なんなんだこれは?
 こんなことをする目的も動機もさっぱりわからない。
 この女は何がしたい?
 これから通り魔事件が起こる場所で、その直前にこんな奇怪な行動を取ってる女が偶然いましただって?
 んなの、あり得ねぇだろ。
 そう考えると、この女は事件を起こす前のマイグレーターってことか?
 いや、それはない。
 この時には既に犯人であるマイグレーターは三木の肉体を使用している。
 協力者?
 ……協力者であれば広崎の意識を侵食せずに放置しておくはずがないか。

 数秒、こちらを見ていた女だったが閉じていた口が開いてすぐに閉じた。
 その直後、立ち止まっていた女は何事もなかったかのように歩き始める。

「な……なんだったんだ……今のは?」

 それ以降、その女から奇怪な行動を見受けることはできなかった。
 たまたま、カメラの方を立ち止まって見つめていただけだというのか?
 あの行動を偶然で片付けるのは無理があるだろ。
 他に何か、おかしな点があるはずだ。
 俺は映像を何秒か巻戻して、もう一度見てみる。

「……」

 そこから二、三回同じことを繰り返したが他に気になる点は見つからなかった。
 女は何度見ても数秒だけ奇怪な行動を取るだけで、他はいたって正常であった。

「……煮詰まったな」

 これ以上、映像を見続けていても目が疲れるだけなため俺は一旦画面から目を遠ざける。
 何事も詰まった時は俯瞰ふかんすることが一番である。
 物事は一面だけではない。
 視点を変えれば、見えてくるものも変わってくる。
 俯瞰することで、見えなかったものが見えるようになる。
 これまで、さんざん経験してきたことだった。

 椅子に付いているキャスター滑らせて、デスクから半歩後ろに下がる。
 画面の一部分しか見えていなかった視点は、画面外のデスク周りにあるいろいろな物まで見える視点へと切り換わる。
 パソコンの画面は斜め上から捉えたスクランブル交差点を映している。
 空を滑空している鳥の視点とはこういうものなのかもしれない。
 まさに、俯瞰だ。

 しばらく、その状態で映像を流していて俺はようやくある異常な事態に気付くことができた。

「マジ、どうなってんだよ……これ」

 女が開いた口を閉じて歩き始めた数秒後の映像で、今度は別の位置から緑色のパーカーを着た若い男がこちらを立ち止まって見つめていた。
 たちの悪い悪夢を見ているようで、さすがの俺も冷汗が背中を伝っていくのが感じられた。
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