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貧乳シンデレラを育乳シンデレラ
しおりを挟むシンデレラ、白雪姫、赤ずきん、ヘンゼルとグレーテル、人魚姫、不思議の国のアリス……
門田蔵人の研究室には世界各国から集められた絵本が蒐集されていた。
色とりどりの絵本がガラス扉の向こうにきっちりと並べられている。これらはすべて、仕掛け絵本だ。見た目は通常の書籍と変わらないが、表紙を一枚めくると立体的なイラストが視界に飛び出し、読者をまたたく間に絵本の世界へと誘っていく。その仕掛けはどれも精巧で、ひとつとして同じものが存在しない貴重なものばかり。
「教授……キスだけじゃないの? これ以上こんな場所で……」
「俺がしたいと思ったからするだけだ。君だって構わないって言っていたくせに」
「でも……ぁ――んっ……」
そんな研究室の片隅で、男女が唇をふれあわせながら、淫らな行為に溺れている。
教え子のタイトスカートのなかへ利き手を忍ばせた男は、すでに濡れて使い物にならないショーツをそうっと脱がせながら、無垢な彼女の秘裂へ指先を伸ばし、満足そうに昏く嗤う。
「ほんとうに君、処女なの? こんな風にびしょ濡れにして、まるでおもらしみたい」
「っ……ほんと、ですっ」
「俺みたいなおじさんを欲情させておいて、何を言っているんだか」
「教授はおじさんなんかじゃ」
「俺のことはいいから……黙って感じてろ」
「んぅ」
口づけだけで身体を火照らせ自分にすべてを委ねる教え子を前に、男は焦らすように愛撫を加えてゆく。鼠径部を撫でる傍ら、ブラウスのボタンをもう一方の手で器用に外してブラジャーをたくし上げた彼は、まろびでてきた小ぶりな胸を前に苦笑する。
「ちっせー胸」
「っ……」
「別に悪くはないぞ。育てがいがある、ってものだ」
「育てがい?」
「そう。こんな風に」
「……ひゃ」
何も知らない無垢な身体を弄ばれているとわかっていながら、彼女――海老原美花はされるがままになっている。
ずっと憧れていた教授に、獰猛な瞳で見つめられて、逃げ道を塞がれて。
血走った彼の赤黒い虹彩に射られて、キスを赦したら、彼の腕に囚われて。
美花は生贄に捧げられた乙女になって、彼が与える快楽に悶え、甘く囀る。
「俺好みのおっぱいに育ててやる。ほかの男に指一本でもふれさせるんじゃねーぞ」
* * *
個性的な人間が多い芸術系の大学には、生徒だけでなく教育に携わる立場にいる人間のなかにも風変わりなものが多い。美術学部立体芸術専攻にて教鞭をとる准教授門田蔵人もそのうちのひとりだ。中肉中背でくたびれたスーツを着ているどこにでもいるようなおじさんだと本人は言い捨てるが、生徒たちからは仙人みたいなひとだと畏れられている。その理由のひとつに、見た目がある。
まるで染めたかのような白い髪は、四十歳になる前からの総白髪。時代がかった臙脂色のフレームメガネの奥にある一重の瞳は常に眠っているかのように細められ、近寄りがたい印象を与える。
おまけに性格にも難があるようで、奥様に逃げられて以来、独り身を貫いている。彼いわく創作が恋人だから構わないのだとすでに仙人のように悟りを開いた状態だ。
けれども美花はそんな門田が作り出す立体絵本の世界に魅せられ、いつしか彼の研究室に入り浸るようになっていた。
「海老原、また来たのか」
「来るなとは言われてませんので。それにしても不思議ですねぇ、先生みたいな偏屈なひとの手で、こんなに素晴らしい作品が編み出せるなんて」
「さりげなく貶されている気がするが……それに何度言ったらわかる、俺は君の先生じゃない。あくまで教授だ」
「先生でも教授でもどっちだっていいじゃないですか……はいはいにらまないでくださいよ教授って呼びますから。それよりここで作業の手を止めて一服いかがです?」
門田は机の上でカッティングを行っていた。仕掛け絵本の基本的な手法のひとつであるブイフォールドを作成するのだろう。頁を横に繰るとV字形に起き上がるシンプルなからくりの形は、ここからさまざまなバリエーション変形を生み出すことが可能だ。
彼が生み出すポップアップの仕掛けは厚紙を何枚も重ね、独自のアレンジを効かせた大胆かつ繊細な作品が多い。限られたからくりからひとつとして同じものを作らない、それが仕掛け絵本作家門田蔵人のポリシーらしい。
美花は厚紙を片して机のスペースを空けた門田の前へ細長いマグカップを置く。このカップも大学の卒業生が作ったものらしく、彼いわくマグサイズでありながら細長いデザインだから場所を取らなくて気に入っているんだとか。
その愛用しているマグカップに入れた国産紅茶をストレートで飲むのが彼の日常だ。砂糖やミルクがなくても自然な甘さを味わえるから不要だという門田に絆されて、ミルク派だった美花も、いまではストレートティーを美味しいと感じるようになっていた。
「課題の進捗遅れてるんじゃねぇの? 俺みたいな男寡に構ってないで教室戻れ」
「えー、いま教室に戻っても金属の人間が作業してるから邪魔になるだけですよ」
「それで暇つぶしもかねてこっちに来たってわけか……ったく」
ぶつくさ文句を言いながらも門田は美花のことを追い出そうとはしなかった。立体芸術専攻とひとことで言っても空間芸術における表現分野は学生によって異なり、美花のように紙を選ぶ人間はこの学校では少数派になる。多くが木材や金属、粘土をつかう彫刻や陶芸の道に進み、卒業後にジュエリーデザイナーや陶芸家などとして活躍しているからだ。
門田のような仕掛け絵本作家を師に仰ぐ美花は学内でも浮いた存在になっていた。それゆえ、門田もなにかと美花のことを気にかけている。
「足りない材料はないか? 研究室に転がってる素材なら持って行って構わんぞ」
「今回はダンボールがメインなので細かいものは必要ないです」
わたしは教授みたいな絵本が作りたいのになぁとぼやきながら、美花はいま作成中の課題について喋りだす。一年次で構成を学び二年次で専攻を選び三年次から本格的な製作へ……大学二年の美花はまだ専攻を選んだばかりなので、基本的な製作課題をあれこれ出されている状態だ。
「ダンボールで何を作るんだ」
「前にも言ったじゃないですか。シンデレラを舞踏会へ連れて行くカボチャの馬車ですよ」
「カボチャの馬車、か」
「出来上がったら教授も乗せてあげますからね」
「それは楽しみだ……」
ダンボールで等身大のカボチャの馬車を作成するのだと息巻いている美花を見つめる門田の視線は柔らかい。大学に入学した当時から、「先生のような仕掛け絵本を作りたいんです!」と真っ直ぐに自分の前へ現れて、脇目もふらず勉学に励んでいた美花。サークルやバイトをするわけでもなく、学校とアパートを行き来して作品にすべてを捧げる姿は他の美大生と比べても異質で、近寄りがたいと周りから思われていることも知っている。本人いわく、中学の頃にイジメにあって以来、同い年の年齢の人間と上手に付き合う自信が持てなくなったのだと。人間不信を言い訳に現実逃避する姿は、かつての自分を彷彿させる。門田もまた、妻に裏切られて独り身になった淋しい人間だからだ。
門田は美花の姿を傍に認めることで、日常に彩りを感じはじめていた。慕われているのは悪い気がしない。自分に娘がいたらこんな感じなのだろうかと考えたこともあった。けれど娘のように自分に懐く彼女を可愛がることができるかといえば、それはなんだか違う気がする。それに最近はこのままではいけないような気さえしてきた。
「せ……教授?」
紅茶を飲みながら黙り込んでしまった門田を前に、美花が心配そうな顔をしている。机に胸をつけたところでサイズが残念だから膨らみは見つけられない。ガリガリで電信柱のような身体だと本人も気にしているが、門田は焦る必要もないだろうにと俯き、苦笑を浮かべる。
――素材は悪くないんだよな。胸と色気がないだけで。
美しい花という名を持つ教え子を性的な目でみるようになったのはいつからか。
若い女性にこんな風に近づかれたら、年老いた男だって意識するし、身体は興奮してしまう。
これ以上彼女に入れ込んではいけないと思った門田は、ゆっくりと顔をあげて、小声で告げる。
「集中しすぎて肩がこってるみたいだ。こっちに来て軽くたたいてくれないか?」
「いいですけど……?」
門田の向かいに座っていた美花が立ち上がり、背後へ近づいてくる。
彼女の吐息が首筋にかかる。ちいさな胸は当たらない。ゆえに門田はすくっと立ち上がり、くるりと向き直りながら彼女の頤に手をかける。
「先生!?」
「顔赤いぞ。あと何度言ったらわかる、俺は教授だ」
「……はなし、て……んっ」
門田に抱き寄せられた美花はそれだけでパニックに陥っていたのに、そのうえ濃厚なキスまでされて、身体のちからが抜けてしまう。ずっと慕っていた彼に唇を吸われて、呼吸ができなくなる。喘ぐ美花を笑いながら門田が見下ろしている。からかわれている? どうして? 美花のくるくる変わる表情を面白そうに眺めていた彼はちろりと彼女の唇を舌先で舐めてから、彼女に警告するように厳しく告げる。
「俺が男だってこと、忘れるなよ。そんなに無防備だと……襲うからな」
これで彼女は自分の元から去るだろう。いくら自分を慕っているからといって勝手に口づけを許すようなことはしないはずだ。
そう思っていたのに、美花は顔を赤くしたまま、とんでもないことを言い出したのだ。
「構いません……教授なら――襲われても、いいですよ」
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