銀翼のアリーチェ

ささゆき細雪

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Ⅲ 花鳥風月のあずまや

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 飛行艇のライセンス試験は王都にある指定された飛行場で隔月ごとに行われるのだという。この日のために地方の飛行場で訓練を積んできた若者たちが集まり、ライセンスを得るために試験にのぞむ。

 母がいうには、シィバ・ヴェロニカバードにもその案内が届いたのだという。だが、それなら手紙ですませるはずだ。わざわざ王都の役人が彼を訪ねてくる理由とするには弱すぎる。

 アリーチェは首を傾げながらシィバの家へ向かう。ヴェロニカバード家はフィルベスタンの大地主の一族で、村長も多く輩出している。たしか今の村長もシィバの祖父の弟だったはずだ。


 久々に訪れた彼の屋敷は、古いながらも相変わらず綺麗にされており、玄関前や庭先には雪のように真っ白な小さな花が咲き誇っていた。花鳥ヴェロニカバード……彼ら一族を示すヴェロニカの花が。

 執事によって庭先のあずまやに案内されたアリーチェは白い花の絨毯を眺めながら嘆息する。王都の役人が滞在しているため家のなかで待つことはできないのだという。
 たぶん、王都の役人は屋敷の応接間で丁寧な歓待を受けているのだろう。そのなかにシィバもいるに違いない……

 ふっ、と目の前に陰が走る。シィバによく似た黒髪青目の、けれどその青い瞳は彼が持つ空のように澄み切った碧よりも深い、湖底に沈む蒼い瞳がアリーチェをのぞき込む。

「おや、風の家ウィンディのアリーチェちゃんじゃないか。ずいぶん女の子っぽくなったなぁ」
「ご無沙汰しております、フィリップ様」

 フィリップ・ヴェロニカバード。シィバの年齢の離れた兄で、引退した彼の父に代わり現在のヴェロニカバード家を任された当主でもある。シィバよりも明るい金茶色の髪は父親譲りだ。背が高く、顔立ちもきりっとしているため村の女性受けは良い。

 王都の大学を出た後、家業を継いだ二十七歳独身。お嫁さんをもらっていてもいい年頃だが、国の辺境にあるフィルベスタンへわざわざ嫁に来る物好きな令嬢もいないらしく、彼の両親が王都で必死になって相手を探しているという話もきく。本人は仕事が楽しいからお嫁さんなんかいらないよと言っているらしいが、本音かどうか、それはアリーチェにはわからない。

「シィバに会いにきたの?」
「はい」

 こくりと頷くアリーチェに、フィリップは悪戯っぽく笑みを浮かべ、首を振る。

「残念だけど、彼はこのまま馬車に乗って王都へ行くことになるだろうよ」
「え」
「ライセンス試験は来月だけど、その前に野暮用ができたみたいでね」
「やぼよう?」

 フィリップの上品な姿からは想像できない単語に、アリーチェは顔を引きつらせる。

「そ。天使のミイラの件さ。どうやら遺伝情報検査の結果が出たらしくてね。まさか弟が王都に連れ出されるとは思ってなかったなぁ」

 舐めるような視線を感じ、アリーチェは自分の身体をかき抱く。フィリップはそんな彼女の反応を面白がって更につづける。

「アリーチェちゃんは知っているよね? 十年、いや十一年前か……あのときシィバと木登りをして落ちたんだものね」
「そ、それは」
「ふたりとも無事でよかったよ。彼が翼を生やして、落下速度を落としたから、たいした怪我もなかったんだよね」

「……え」
「あのとき多くの銀色の羽根が木の下に飛び散っていたんだよ。回収したのは僕の父だ」

 黙りこむアリーチェを前に、フィリップはうん、と満足そうにつづける。

「フィルベスタンには稀に“翼持ち”が生まれる。特に古くからこの地に暮らす花鳥の一族はね。どうやらそのなかに、今回見つかった始祖……天使のミイラも含まれているらしい」
「じゃあ、シィバは?」

 いまにも泣きそうな表情のアリーチェを見ても、フィリップは話を止めない。

「正真正銘の“天使”の末裔ってわけだ。国をあげて歓迎されるだろう……もう、ここには帰ってこないかもしれないね」

 ――フィルベスタンの旧家の息子が、天使の末裔だった。国王は立派な天使の翼を持つ彼を手元に置きたがっているという。研究者が研究対象として彼を求める前に保護するのだ、と。

 そのことが国中に知れ渡ったら、彼はもうただのシィバ・ヴェロニカバードには戻れない。
 目の前が真っ暗になる。アリーチェと一緒に空飛ぶみかんに乗ろうって誘ってくれた彼が、急に遠い存在になってしまった……

「そんな」

 堪えていた涙が、ぽろりと落ちる。
 そのとき。


 ぶるんぶるんぶるるん! 轟音とともに、強い風が、あずまやの周囲で渦巻いた。
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