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Ⅱ 神なき街に悪魔が嗤う * 6 *
しおりを挟む月架の死を知ったとき、自分は何も為すすべがなかった。どうにかして運命の輪を止めようとしたけれど、間に合わなかった。
それどころか無理にちからを使ったせいで、不完全な『月』のちからを暴走させて関係者に迷惑をかけてしまった。
理破に非があるわけではないと言ってくれた人間もいたが、自分がもっとしっかり視ることができれば、違う未来を選べたかもしれないのだ。
「しっかりしなくちゃ」
人家の屋根の上で自分を鼓舞するようにぽんと軽く手を叩き、理破は立ち上がる。
空は藍色に染まり、満ち欠けを繰り返す月が浮かび上がっていく。午後九時。駅から離れた住宅地のため人けは殆どない。真っ黒なワンピースに黒檀のステッキを手にしたついンテールの理破は空に溶け込み、目立つことがない。それでも、人間の匂いに敏感な鬼は気づくだろう。
――きた。
血の匂いを漂わせた邪悪な影が理破の前に立ちはだかる。人間の生命を弄ぶ『星』の斎から解放された霊体は、見知った少女の姿を模り、理破と対峙する。
今日はこの姿で何人の生き血を吸い、何人を絶望の淵へ落とし、何人の息の根を止めたのだろう。
理破が誰よりも信頼していた月架の姿を模った……鬼。
「死んでからも月架を苦しめるなんて許せない」
聞こえているわけでもないのに月架の姿をした鬼はにやりと下卑た笑みを見せ、両手の先から鋭い爪を伸ばす。剣のように長い爪が理破の目の前を一閃する。
咄嗟に黒檀のステッキを振り、ガードする理破に、更に鬼の爪が迫る。
――避けきれない!
判断したのと同時に、鬼の爪が弾け飛んだ。
欠けた爪はそのまま黒い粒子になり闇夜に溶けていく。少女の姿をした鬼は身体の一部が欠けたことで黒い塊になり、咄嗟に大型犬のような獣の姿に変形する。
月架の姿を模れなくなったならこっちのものだ。理破は黒檀のステッキから刃をのぞかせ、獣と化した鬼を容赦なく一突きする。
「月の戦女神が命ずる、消滅せよ!」
鬼の身体が白銀のひかりに包まれ、粉々に砕けて夜空へ溶けていく。
やがて訪れた静寂をぶち壊すように、理破の背後で少年が声を発す。
「まだまだ甘いなリハちゃんよ。『月』の戦女神の称号が泣くぜ?」
「うっさい。景臣こそどこで油売ってたのよ、仕方ないからひとりで仕留めようと思ったのに!」
学ラン姿の景臣はぷりぷり怒る理破の隣で屋根に腰掛け、理破に座れと合図する。渋々頷き、理破も腰掛ける。
「オレがどこで油売ってたか気になるんだ? わかってるくせに」
理破は不貞腐れた表情のまま応える。
「珍しく学校に行ったかと思えば、放課後まで居座って……何やってたのよ」
理破の隣にいる景臣の見た目は十八歳の少年だが、実年齢はさだかではない。理破の祖父より長生きしているというが、この見た目からでは全然想像できない。
理破だって信じたくなかった。でも理破が幼い時から十八歳の姿をしている景臣は自分が成長していってもずっと同じ姿で、いまも十八歳の男子高校生という肩書を持ったまま家業を手伝っているのだ。
「いまさら鎮目に協力を仰いだって奴ら動かないんだからしょうがないじゃない」
理破たちと同じ、破魔の能力を持つ一族の本拠地のひとつが、景臣が在籍している鎮目学園にあたる。日本人離れした顔の理事長が『月』の人間たる景臣を永遠の十八歳であることを黙認しているのはありがたいが、今回の件で何も動かないのを見ると、やはり身内が大事かと厭きれてしまう。
理破が考えていることを読みとったのか、景臣はくすりと笑って否定する。
「そっちには一滴も油売ってないから安心して。オレが売ってきたのは『夜』の方」
「『夜』の人間に学園関係者っていたっけ?」
景臣が在籍していることもあって、あえて椎斎市から離れた女子高に通う理破は鎮目学園の内情に疎い。景臣はそんな理破に「いるんだよ影は薄いけど」と笑って応える。
「理破は知らないだろうけど、『夜』の騎士があそこで生物の教師をしてるんだ」
『夜』の騎士。理破はあっと声をあげる。
「月架のお兄さん!」
宇賀神優夜。彼が『夜』の騎士だったのか。理破は実際に会ったことはないが、月架から話を聞いたことがある。
「当たり。神に愛された月架ちゃんのお兄さんだよ。斎神が降臨しない限り能力を開花させない『夜』の騎士である彼に会いに行ってきたんだ。ちょっと気になることがあったからね」
「気になることって?」
月架の兄なら、月架が死後も苦しめられているのを愁いているに違いない。きっと協力してくれるはずだ。
「新しい斎候補が、学園にいたのさ。それも『夜』の騎士が気にかけている、ね」
理破は目を瞠る。
「……それって、月架の後継ってこと?」
月架が死んでから『夜』の斎の座は空位だったはずだ。理破の知る限り、椎斎に『夜』の後継はいない。だから『夜』の血統が絶えたことで次の斎が現れるまで時間がかかると思っていたのに、もう『夜』の騎士が気にかけている斎候補がいる?
「まぁ、まだ覚醒はしてねぇみたいだけどな。あそこまで『夜』の騎士さんが気にかけているのを見ると、ちょっかい出したくなるんだよなあ」
新しい玩具を見つけてきたような景臣の言い方に、理破は苦笑する。
「そんなに気にかけてた?」
「おうよ。教室に結界張ってふたりきりで密談してたんだからなー」
結界を張られたら一般人はその部屋に入れなくなる。景臣はそれに気づいてわざと破ったようだ。そしたら中にいたのが『夜』の騎士と例の斎候補だったというわけか。
「それで?」
理破が促すと、景臣は得意げに続きを語りはじめる。
「その女の子、ユイちゃんっていうんだけど、椎斎出身じゃないみたいでこの街のこと全然わかってなくてさ。『夜』の騎士さんが一から教えていたんだよ。地域史なんて鎮目の栄光しか載ってなくてすげー莫迦らしかったからオレが講じてやったのさ――椎斎の、隠された神話って奴をな……」
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