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Ⅳ 影は月に果てなき天を想う * 3 *
しおりを挟む愛音の転移の術によって悪魔と眠りの呪いを受け継いだせのんを幽閉することで『星』を手元に置くことにした鎮目一族。せのんの産みの父親である那波と姓を変えたものの、鎮目の人間としてふたたび生活をはじめた花音。
そのなかで、クライネはせのんから離れることを選んだ。自分の身に降りかかった運命の大きさに戸惑っている最中に、父親同然だったクライネが姿を消したと知り、二重にショックを受けたせのんは、母から真実を知ったのだ。
「クライネは破魔のちからを持っている、それは悪いものを消し去ってしまうちから。だから彼は傍にいることで悪魔をその身に封じたわたしごと消し去ってしまうのではないかと危惧して椎斎から姿を消したの」
遠い目をして語るせのんの言葉を引き継ぐように、クライネがつづく。
「倉稲の家は遡れば『月』の傍流になるんだ。逆井の男ってのはあまりちからを持たないものなんだが、どういうわけかオイラは悪しきものを消し去るという特異体質を持って生まれちまった。とはいえ本家に比べれば弱いもんだけど……」
悪しきものを自分の前から消すだけで浄化することはできない、その場しのぎのちから。それが、クライネが『月』から受け継いだものなのだという。
「だから、オイラが悪魔をその身に封じているセノンの傍に居続ければ、なんらかの影響を及ぼしかねないと思って、離れることにしたのさ。これ以上不安要素を置いておくことはできないと鎮目の人間たちにも言われたからね」
悪魔を消し去るほどのちからはないにしろ、悪魔を封じている器に影響を与えかねないちからを持つクライネ。鎮目一族が警戒するのも仕方のないことだろう。だからクライネはひとり、椎斎から出て行ったのだ。
椎斎の地に宿るちからは結界の外へ行けば無効とされる。ふたたび椎斎の地に戻っても、以前と同じようにちからを振るえるかはそのひとの技量次第といわれている。
「ジークに呼び戻され、ふたたび椎斎の地を踏むことになったオイラには、どうやらまだちからが残っているみたいだ」
「ジークが、あんたを呼び戻した……?」
鎮目の魔術師を統べる男の名を耳にし、智路の声がかすかに震える。
「やっぱり彼が裏で糸を引いているのね」
せのんは大して驚くこともせず、はぁと溜め息をつくだけ。クライネは軽く頷き、言葉を紡ぐ。
「悪魔の封印が『夜』の斎神の死によって破れ、霊体となって無差別に人間を殺しだした話をされたときは正気を疑ったよ。あの『夜』の斎神が死んだ、って……ほんとうなんだな」
実際に椎斎の地を踏みしめて感じた闇の蠢く気配を思い出す。身体にまとわりつくような重苦しさを持つそれは、瘴気と呼ぶにふさわしい、禍々しい気配。破魔のちからを持つクライネにとっても、椎斎のいたるところで漂う瘴気は、ひとりで消してもすべてを消しきれないものだという。
無力な人間にはどうしようもないことだろう。むしろ、すでに瘴気に取り込まれて病んでしまっているのかもしれない。
十年前の椎斎より近代化し、栄えているようには見受けられたが、活気がない。あるのは黒い噂と不吉な事件、それから……
「『夜』の斎神が死んだのはほんとうよ。わたしだって、信じられない」
最後に逢ったのは四年前になる。せのんが十三歳で、月架が十五歳。『夜』の家に生まれた月架は斎となる宿命を幼い頃から受け入れていた。愛音に代わり、せのんが五歳で『星』の斎となったそのときから、月架は八年もの間、毎日のように見守ってくれていた。
高校に入ると宇賀神の手伝いで忙しくなってこっちまで来るのは難しいからと、自分の代わりに紹介してくれたのが自分と同じ、鎮目の血を引いているという少年、智路だ。
そのころはまだ、こんなことになるなんて思ってもいなかった。
「……そうか。それでオイラが呼び戻されたのか」
強いちからを持つ『夜』の斎が空位にある。となればいくら肉体をせのんが死守していようが、悪魔は意識だけを外部に出せることになる。好き勝手動けるのも頷ける。鎮目の方も隠してはきたものの、市民の不安も膨れ上がってきたことから、苦肉の策としてクライネを呼び戻したのだろう。
「オイラひとり増えたところで、どうなるかはわからないけどね……」
「でも、これ以上、犠牲者を出すことだけは避けなくてはならないもの。だから、わたしの中の悪魔が肉体を乗っ取ったのなら、わたしごと消してもかまわないわ」
そのつもりで来たのでしょう?
そう微笑みかけられ、クライネは微笑みで返す。
けれど、智路だけは納得がいかない。
「俺は嫌だからな。せのんごと悪魔を殺すなんて!」
「オイラだって嫌だよ。だけどね使い魔くん。最悪の事態ってのは覚悟しておいた方が賢明なんだ」
そうならないよう、極力努力はするけれど、もし、せのんの身体を悪魔が乗っ取ってしっまったら……
「だからそうならねーように俺がせのんを護ってやるって」
「頼りにしてるわよ、チロル」
熱くなる使い魔を宥めるように、せのんはくすくす笑いながら肩をたたく。自分だってできることなら消えたくはない。そう代弁してくれているようで、智路の言葉は素直に嬉しい。
「こうしてみると君たちは魔女と使い魔じゃんくてお姫様と騎士のようだな」
それは『月』の斎と影のような。
または『夜』の斎と騎士のような。
だけど『星』の斎は対を持たない。神に恋破れひとり絶望の淵で悪魔になってしまったから。
「――呪われた魔女とその使い魔よ。わたしたちはそれ以外の何者でもないわ」
クライネにだけ聞こえるように、せのんはそっと応えるのだ。
悪魔とともに消え去る未来が訪れても、ともに消えることのできないよう。
……わたしひとりのために、チロルを巻き込みたくはないもの。
淋しそうな微笑を添えて。
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