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Ⅳ 影は月に果てなき天を想う * 7 *
しおりを挟む「月の戦女神が命ずる。飛翔せよ!」
まばゆいひかりに包まれ、やがて背中から純白の翼を生み出すと、理破も景臣と対峙している鬼のもとへ羽を震わせ向かう。
少女がおおきな翼をひろげて空へ舞い上がる姿はまるで白鷲のように凛々しい。昼時で人通りも増えてきた駅前だったが、翼を生み出しているときの理破の姿は空に佇む鬼同様常人には見えないため、気にすることもない。脱ぎ捨てられたジャケットだけが地面の片隅で存在を主張している。
鉄材を落としてひとを殺めるのに失敗した鬼は月架の姿から獣の姿になり、邪魔をする景臣に鋭利な爪を向け、襲いかかっている。短刀を持つ景臣はなんとかかわしてはいるが、素早い鬼の攻撃を抑えるので手一杯のようだ。
理破は鬼に気づかれないよう背後に回り込み、景臣に命じる。
「捕えて」
瞬間、景臣は笑いながら自ら指の腹へ持っていた刃を滑らせ、血を滴らす。零れた血を、鬼が慌てて受け取り、満足そうに舌の上へ転がしていく。
血肉を求める闇の獣であるとき、鬼は特に長い時を生きている景臣のちからある血に執着する。
景臣の血を飲み込んだ鬼は、そのまま身体を丸め、浮かび上がった状態で瞳を閉じる。常人の血と比べ、濃厚な景臣の血を体内に含むと、鬼は霊体であろうが酩酊状態に陥り、一時的に戦意を喪失してしまう。
「……椎斎を蝕む悪しき鬼ども、コトワリヤブリの名のもとに滅せるがよい!」
そこを狙って理破は呪を唱える。
「消滅せよ!」
南中に位置した太陽を背に、獣と化した鬼の姿が砂塵に変わる。鬼の気配が完全に消えると、理破の背中にあった翼はタンポポの綿毛のように羽を散らして空に溶ける。
理破は景臣にあとはまかせたと言わんばかりに瞳を閉じ、重力に逆らうことなく空から急降下していく。
「chiranaranke pirka rera !」
鬼を退け、理破が月から借りたちからを返却したのを見届け、景臣が天へ囁きかけると、涼やかな風が天より吹き降り、落下していく理破を抱きとめ、景臣の元へ運んでいく。
漆黒の翼を羽ばたかせながら、景臣が地上へ降り、ブレザーのジャケットを拾い上げてから理破を受け止める。
「ナイスキャッチ」
当然のように理破は景臣の腕の中で微笑む。ブラウスの背中は翼を生み出した際の反動で縦に布地が裂けているが、ジャケットを羽織れば隠せる程度のもの。景臣に渡されたジャケットを着て、理破は何事もなかったかのように工事現場から外へ出る。
「ちょっと派手にやっちゃったかね」
翼が生えているうちは理破の姿は見られないが、翼が消えれば途端に効力は失われてしまう。駅前で昼時に空から女の子が降ってきたという状況はけして好ましい状況ではない。
「……でもまあ、犠牲者がでなくてよかったんじゃないの?」
駅前は鉄材の落下事故が起きたことで昼時だというのに閑散としている。どうやら警察が避難誘導してくれたようだ。きっと逆井の人間が父親に連絡して駆けつけさせたのだろう。帰ったら怒られるなぁと理破が苦笑を浮かべると、景臣も笑い返す。
「逆井署長のお小言はオレが聞いといてあげるから、リハちゃんは学校に戻ってよ」
「ううん。今日は早退するって言っちゃったからあたしも景臣と一緒に怒られに行くよ」
「それは心強い」
景臣は理破の手を取りにこやかに笑う。
いつまで鬼とこのような不毛な争いを繰り広げなくてはいけないのか、景臣にもまだわからない。いっそのこと、鬼姫の器となった『星』の斎を殺めてしまえばいいのではないかとまで考えることもある。
けれど景臣の危険な考えは、コトワリヤブリの人間からすれば、最終手段でしかない。理破はこれ以上誰も犠牲にしたくないのだ。だから景臣もそれに従っている。
理破なら、いまの未成熟な『夜』の斎神を越えられるかもしれない。
天空にぽっかり浮かびあがる月の女神ではなく、椎斎のkotankorkamuiとして。
影は月に果てなき天を想い、彼女のために、今日も傍で支えつづける。
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