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Ⅴ 使命の芽吹きは月夜の晩に * 6 *
しおりを挟むごふっ。
「……何をする」
「殴ったんですよ」
樹菜が優夜を殴ろうと思いついたその頃、実際に優夜は殴られていた。月架の眠る棺の前で。
「いいかげん、現実と向き合ってください。いつまでも妹に縋ってるなんてあなたらしくない。むしろ僕の方があなたの立場にいるはずなんですよ。だけどお兄さんがその体たらくじゃ、一緒になって悲嘆にくれることもできやしない。だから殴りました」
「そりゃ単なるあてつけだろ」
「そうかもしれません。でも月架のこの姿をこの地に縛りつけているあなたたちを見ていると吐き気がするんです。もう彼女が目覚めることは二度とないというのに」
殴られた頬をさすりながら、優夜は目の前に立ちはだかる青年の悲しそうな瞳を見下ろす。そこに映るのは純粋な怒り。彼はコトワリヤブリなどくそくらえだと思っているのだろう、けれど月架が生れながらの『夜』の斎神として椎斎を統べていたことを容認し、最後まで彼女を信じている姿は、『夜』の騎士である自分よりも騎士らしく、雄々しく感じられる。
けれど彼はコトワリヤブリとは無関係な人間だから、月架の死を素直に受け止められないはずなのだ。いまだって、優夜の目の前にいる月架を見て動揺しないわけがない。
「だから殴ったんですよ」
「そうか」
「……もう一発お見舞いしましょうか?」
優夜を睨みつける男の瞳の奥は、ふだんの明るい虹彩からは考えられないほど深く、混沌としている。月架の死を受け入れられないという点では同じはずなのに、無気力な優夜と憎しみを生きる糧にしている彼とではずいぶん違う。
「やめとけ。月架の前だ」
「……わかりました」
渋々、握りしめていた拳を解き、男は月架の前へ向き直り、申し訳なさそうに一礼する。こんなことをしても、彼女が反応するわけはないとわかっているというのに。
そして、ポケットから小箱を取り出し、優夜に投げつける。
「でも、いまの状態のあなたを僕は許せません。月架は『夜』の騎士であるあなたに次代の斎神を創造するよう頼んだ筈。だというのに見つけてきた少女を連れてきたかと思えば最低限の情報しか与えない……月架よりも重要な『星』がこの施設にいることをなぜ隠しているんです。月架だったらとっくに斎神としての任をこなしているでしょうに」
朝庭由為のことを指摘され、優夜は咄嗟に応える。
「あいつは月架じゃない」
「それでも……」
やれやれ、と言いたそうに優夜は重たい口を開く。
「たとえここで『星』を封印することができても、それで月架のことは終わってしまうぞ。お前は知りたいんじゃないのか? 月架は誰によって何のために殺され、『星』の封印が破られたのか。そして犯人が次に何をしようと目論んでいるのか……だからお前はコトワリヤブリと、鎮目と共に動いているんだろう?」
ニヤリと勝ち誇った笑みの優夜を見て、男は煩わしそうに舌打ちする。
「……興醒めしました。戻ります」
「そうしろ。『星』のお嬢さんによろしく」
「言われなくても」
男は立ち去る前にもう一度、月架の姿を見つめ、深く頭を垂れてから、優夜を残してひとりエレベータに乗っていく。
「……月架もなんであんな男に惚れたんだか」
妹の恋人に殴られ、熱を持った頬をあらためてさすりながら、優夜は毒づく。 その手の中で、彼から渡された小箱がコトリ、と音を立てる。
優夜は無造作に鍵の入った箱を鞄の中へ押し込み、月架に挨拶することもなくその場を後にする。
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