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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 9 *
しおりを挟む朝起きて、自分の学校ではない制服を着るのは不思議な気がした。慣れないセーラー服の群青色のタイを結びながら、昼顔は鏡の向こうに映る自分を確認していく。
「こんなもんかな……」
雨水が滴る窓から外を見下ろすと、黒い車が家の前に停まっている。たぶん、迎えの者だろう。
階段を降りると事情を知った母親が恐縮そうに礼をしている。昼顔も黒い傘をさしたその男の顔を見て目をまるくする。
「……鎮目市長!」
昼顔を鎮目学園へ送る役目を主さまから任されたのは、お隣椎斎市の現市長である鎮目努だったのである。
「おはようございます、昼顔様。本日初日とのことで、主さまよりお迎えにあがりました」
――どういうこと? 鎮目一族は『星』を守るためわたしたちと敵対しているんじゃなかったっけ……?
「そう不審がらなくても大丈夫ですよ。わたしはあなたがたの味方ですから」
疑わしそうな昼顔の耳元に、嗄れた男の声が囁かれる。椎斎に主さまと通じている協力者がいることは感づいていたが、まさか鎮目一族の権力者だったとは。
だが、そう言われれば納得もできる。一日で交換留学という名の手続きをしたという素早い対応も、市長自らが関わっていたから可能だったのだろう。
車に乗り込み、見なれた潤蕊の街を窓越しにぼんやり見つめながら、昼顔は問う。
「あなたも、コトワリヤブリなんですよね」
逆井の傍流となり椎斎から出て殆どちからを持たなくなった昼顔と違い、鎮目一族にいる彼は、自分以上にちからを持っているはず。
だが、努の反応は昼顔の予想を裏切った。
「いいえ。わたしは土地神の血を受け継がない外法使いの息子。生まれつきちからを持たないただの男ですよ」
コトワリヤブリなど、政治の上では邪魔なものでしかないのだと、ハンドルを握りながら小声で呟く。
「……そう、ですか」
昼顔の声が震えているのに気づいたのか、努は穏やかな微笑を浮かべながら発言する。
「だからといって土地神の存在を否定するわけではありません。わたしはいまの不安定な椎斎を、主さまに粛清していただければそれで充分なのですから」
魔術師の一族でありながらちからを持たない男。彼は椎斎の市長という職についてはいるが、実質、一族の中では役立たずでしかない。異母兄のジークがすべてを仕切るのを、黙って見ることしかできない自分を、主が必要だと、昼顔のときのように頼んで味方に引き入れたのだろう。
いまの椎斎市の不可解な状況を打破するために、彼は元凶である『星』を擁護する一族を裏切ったのだ。
昼顔は初老の男の淋しげな横顔をぼんやり眺めながら思想にふける。
主さまは自分が知らないうちに、次から次へと手を打っていく。まるでそれが運命であったかのようにいとも簡単に。邪魔されることも失敗することも恐れない姿は、どこか危ういところもあるが、昼顔からすれば眩しいばかりに思えてしまう。まるで、失われていたちからを一から蓄えていくかのように。駒となる人間を動かしつつも、その上で自分も動く。そんな彼に従う自分をすこしだけ誇らしく思う。けれど。
過去を司る三種の神器である『月』の鏡は昼顔に囁く。本来の所有者ではないお前がいくら過去を覗き込もうが、彼のためにそのちからを使いこなすことはできっこないと。
本来の鏡の継承者である『月』の斎、逆井理破のもとへ戻せと。
「……あの橋を渡れば、もう椎斎市内です」
昼顔の内耳に、現実の声が響く。車の窓の向こうに見えるのは、雨に煙った住宅地。このあたりは椎斎市に位置する隣斎駅が最寄りだったはずだ。現に、無骨な橋の向こうには隣斎駅の駅舎が見え隠れしている。
椎斎。生まれた頃から外で生活していた昼顔にとってみればそこは未知なる土地だ。椎斎に生きるコトワリヤブリであるものはこの地にいるあいだだけちからを保ち、この地を去るとちからを失うといわれている。だが、外からコトワリヤブリのちからを扱うことが可能な昼顔が、いまの自分にとっての敵陣ともいえる本拠地、椎斎に入ったら。
何が起こるのだろう?
「椎斎……三人の斎たちが亡き土地神を弔いながら民草を護っている隠された神話が生きる街……」
昼顔は瞳を閉じて、市境にある川を、越える。
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