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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 10 *
しおりを挟む不機嫌そうに教鞭を振るう優夜の姿をぼんやり眼で追いかけながら、由為は昨日の出来事を反芻させる。初めての鬼退治、そして『月』の斎である逆井理破との邂逅を。
「見た目に変化の見られないAとBだが、遺伝子という点で考えると違いは一目瞭然だ」
かつかつ、という優夜の靴音は由為の右耳から左耳へと流れていく。つづいて、こつこつ、という優夜が書くチョークの音と、やる気のない説明が。
生まれつき定められていたコトワリヤブリの掟。それは遺伝子上なんらかの関係があるのだろうか。現代に生きる神話をまともに研究しているということはつまり、そういうことなのではないか。
理破と由為。同じコトワリヤブリではあるが、椎斎の地に根を下ろす逆井本家の純血の娘と外でひそやかに生きてきた秘められた神の末裔という点で考えると何が違う?
優夜は生物の授業を生徒たちにしているはずなのに、なぜか由為だけに向けてそう質問をしているような錯覚に陥っている。そしてまた由為も、彼が自分に向けて何かを訴えようとしていることに気づきながら、何もできずにいる。
理破には『夜』の騎士の助力などいらない、自分ひとりで『星』を封じることだってできると口にした由為だけど。
ほんとうは、優夜に認められたいのだ。
「遺伝子情報は子孫へ受け継がれていく都度、書きかえられていく。都合良く不都合を修正することもあれば、逆に書き間違えてありえない事象を生み出すことも稀にある」
遺伝子上のレアケース。『夜』の斎は椎斎に住む宇賀神の家の娘が何事もなければ継いでいくはずだった。けれど月架は子孫を残すことなく殺され、次代を定めることなく『夜』の斎は空位に陥る。それを穴埋めするために動いていた『夜』の騎士が兄の優夜。そして由為は彼に斎候補と言われながら、彼ではない、別の人間に『夜』の斎だと認定され、この街に起こる異変を対処する大役を担うことになってしまった。おおきな本流に巻き込まれてしまったかのように。きっとこれは過去のコトワリヤブリからすればレアケースに違いない。
「朝庭。わかるな」
ハッ、と我に却ったときには遅かった。
「それは、授業のこと、ですか」
自分はいまにも泣きそうな顔をしている。授業中だというのに。
なぜ先生はあたしを『夜』の斎だと認めてくれないの?
そう、彼を責めるような、ずるい表情を浮かべて。
優夜が顔を顰めている。クラスメイトのざわめき。何かが違う。自分はこの場で口にしてはいけないことを言っている……
ふたりの間に親密でありながら気まずい沈黙が数秒、流れる。
授業のことに決まってるだろ。
その言葉が冷淡に降ってくるものだと思っていたのに。
「俺のことに決まってるだろ」
どういうわけか、優夜もこの場で口にしてはいけないことを言っている。
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