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Ⅷ 星降る夜明けに月日は踊る * 1 *
しおりを挟むお兄ちゃん。ボクはどうしてもお兄ちゃんを騎士にすることはできないみたいだ。
だって、『夜』の宝珠を明け渡す忠誠の儀を兄妹で行うことは禁忌じゃないか。そりゃ、ボクの騎士、いや、『夜』の騎士であることに変わりはないよ。だけどボクはもう、忠誠の儀を済ませちゃったんだ。事後承諾なのは先に言ったら反対されたからに決まってる。相手は誰かって? お兄ちゃんも知ってる彼だよ。ボクの運命のひと。うん、東堂クン。
たとえコトワリヤブリでなくても、彼はボクの使命を、ボクの斎神ごと、認めてくれた。
だから僕は彼から宝珠を受け取った。彼だけがボクを生涯愛してくれると誓った
――運命の騎士なんだもの。
「……月架。たしかにその気持ち、わからなくもない、な」
脳裡に浮かぶのは『夜』の斎になったばかりの少女、由為のこと。月架は東堂を選んで騎士にした。彼女は俺を騎士と認めてくれるだろうか……いや、俺が彼女に認めさせればいいだけのことだ。
宝珠が入った箱がカタ、と鳴く。蒼白いひかりは智路と優夜を包みこんだまま、『星』のもとへと導いていく。
* * * * *
夢を見た。はるかむかし、この街が椎斎と呼ばれる前の、土地神が生きていた頃の夢。
せのんは星音になっていた。十五歳のおませな少女。商家の娘として大切に育てられた彼女だったが、親に決められた縁談だけが受け入れられなくて、どうにかして婚礼を取りやめようと考えていた。けれど相手は星音の家より格上のカシケキクの部族の人間で、いまさらなかったことにするのは難しかった。
カシケキクとは土地神の言葉で神に連なる血筋を意味する。土地神信仰が盛んなこの集落で、カシケキクの存在は風の部族レラ・ノイミや雪の部族ウバシアッテなどと異なりほとんど神と等しいとされている。そんな男の嫁になることを拒むことは、雨の部族ルヤンペアッテに属する星音からすれば部族への裏切りになってしまう。そんなとき、星音は彼を思い出したのだ。
十八歳の外見を保ったまま、集落に赴いては人間と喜怒哀楽を共有する土地神のことを。彼のところへ行けば、大丈夫だ。だって彼はカシケキクより偉いホンモノの神様だから。
婚礼衣装を脱ぎ捨てて、土地神の斎になった星音は、次第に彼を追い求めていく。そして、思い募って殺してしまう。
星音の行為をせのんは見つめ続ける。けれどその隣で、星音を追い求めている別の青年の姿も見え隠れしている。彼は誰。どうして星音は彼を無視しているの?
星音が神を殺して鬼のように狂ってしまってからも、その男は星音を追っていた。星音が肉体を滅ぼし魂だけを封じられた状態になっても。彼は傍で星音を探していた。
その面影が、誰かに重なる。ずっと、ずっと見つめているその男――……
「!」
がばっ、と起き上がり、せのんは夢から現実の世界へ戻ってくる。白い部屋のふわふわの寝台の上で、せのんは揺れる。夢を反芻させながら。
「お目覚めですか、我が花嫁」
そうだ。彼だ。万暁だ!
バラバラだったパズルのピースがようやくすべて集まって組み合わさっていく。
せのんの表情を満足そうに見つめ、万暁は彼女の手の甲にそっと唇を寄せる。触れられた部分から凍りつきそうな寒気が生まれる。
カシケキク。鎮目一族の人間は彼らのことを知っている。過去に、『星』の使い魔として何度か契約を結んでいたから。
彼ら自身はちからを持たないが、身神という苗字が記すように神に連なる血筋を武器に、他の部族を束ねてきていた強みがあった。それがあったから戦国時代、鎮目一族は逆井氏との上下関係を逆転させることに成功したのだ。
コトワリヤブリが誕生する以前のこととはいえ、土地神信仰は椎斎だけでなく周辺地域にも存在している。椎斎のコトワリヤブリとは別に、彼らは独自で生き延びていた。レラ・ノイミの部族をのぞいた殆どの部族は現代まで続き、混血となりちからを持たない一般人と化してしまったが、その名残として小規模な、神社庁にも登録されていない忘れ去られた無頼神社が多数存在している。
「――あるときはカシケキクの息子、またあるときはレラ・ノイミを滅ぼすのに加担した『星』の使い魔、そして生き残ったレラ・ノイミを影で操り復讐の鬼とさせた太陽の使者、邪神信仰を使い『夜』の斎神を殺させ『星』の封印を破り、器であるわたしを連れ去った土地神になりかわろうとしている傲慢な男! ……身神万暁。あなたがすべての元凶なのね」
「思いだしていただけましたか。僕は星音と結ばれ集落の長となるはずだったカシケキクの息子。そして現世まで神となる身を保ちつづけた男。あなたが父である土地神のもとへ逃げ、恋に狂うが故に神を殺すという過ちを犯したのちも、僕はあなたを想っていました。何度生まれ変わっても前世の記憶を持ち続けるのです。あなたを手に入れ、僕が神となることは運命なのですよ」
「誰がそんなこと信じるっていうの」
せのんは青白い顔で笑顔の万暁を睨みつける。それでも万暁は微笑みを絶やさない。
「火の光も真昼の月も我が手にあります。あとは三種の神器である剣を司っている星の音色を我が元へ呼び寄せれば、誰もが信じずにはいられなくなるでしょう」
アペメルとトカプチュプ。そしてノチュウノカ。それは土地神がコトワリヤブリを生み出す以前にカシケキクの部族に与えた加護のこと。苛烈な火の光に終始冷静な真昼の月、そして神を喜ばせる十字星の音色。万暁はせのんがそのノチュウノカだと断言する。
「おかしいわ。星音は神の娘でしょう? なぜカシケキクの加護を持っているの?」
「神の娘だからだよ。コトワリヤブリと呼ばれる斎になる前から、星音は加護の強い娘だと集落で噂になっていた。カシケキクの長となるものはノチュウノカの加護を持つ娘を娶らなくてはならない。その掟を守るために僕は格下のルヤンペアッテに頭をさげた。彼らは星音が神から預けられた娘だと知りながら人間として育てていたからね」
「……でも、星音は逃げた」
「そう。父である神との許されない恋に狂い、鬼になってしまってまで、僕から逃げようとした。どうしてだと思う?」
「あなたが主さまを越えようとしたから」
きっぱりと口にして、せのんは力なく笑う。
……そう。ひとと混じって生きる土地神に反発して、彼を越えた神になると言っていたから、星音は怖くなったのだ。自分が好意を持っている土地神に、彼が牙を向けようとしていると知ったから。
彼に土地神を殺されて彼が新たな神の玉座を奪う前に、自分がどうにかしなくてはと。自分が主と定めたのはたったひとり。
だから星音は神まがいの男との結婚を拒否し、婚礼衣装を脱ぎ捨て神の元につく決意をしたのだ。
「まったく、くだらないと思わないかい? 人間と混じって生きる神など、崇めるに値しない。ほんとうの神とは」
せのんの手を取り、恍惚とした表情で、彼は告げる。
「誰をも屈服させる絶対的な力を持つ、強くて畏れ多い存在なのだよ」
自分の言葉に陶酔している万暁に両手を握られ、せのんはこれ以上耐えられないと大声で叫ぶ。
「――チロル!」
せのんの声は確かに届いた。轟音とともに部屋の壁におおきなおおきな穴が開く。
けれど、せのんは使い魔の到着を確認する間もなく、自分の奥深くで蠢いていた鬼姫に突き飛ばされ、穴の向こうへ落ちてゆく――……
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