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chapter,4
04. 聖女ジゼルフィアと大精霊の祝福(前編)《2》
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「ヒセラルフィア様……?」
違う。
彼女は妖精王の娘ではない。けれどこのミヒャエルを恐れることもなく、無垢な瞳を向けてくる赤子はその言葉に応ずるかのようににこぉっと微笑む。
不老不死の妖精王の娘は夫となった初代ハーヴィック国王が死んだ後に、天界に戻り、そのままひっそりと姿を消したとされる。
人間と添い遂げたことで魔力を失ったため、いまは亡き初代王妃という扱いで夫とともに霊廟に祀られている。
だが、一部ではマヒの一族を守護するために死を偽り天界へ旅立ったのだとも言われている。
もし目の前にいる彼女がヒセラルフィアの生まれ変わりだとしたら、生命を懸けてまでなさなければならないことが起こるのだろう。ミヒャエルの知り得ない場所で、何かが蠢いている。
マヒの一族の加護精霊の“枷”だけでなく、大精霊がもたらした祝福をその身に受けた状態で、泣き声をあげる柔らかな生き物は、物思いに耽るミヒャエルの二つに割けた尻尾をぎゅっと掴んだ。
「こらっ、やめろっ!」
生まれたばかりの赤ん坊がこんな風に猫の尻尾を掴むだろうか? ミヒャエルは彼女を傷つけないよう「シャアッ!」と一鳴きして握られていた手を外させるが、赤ん坊はきゃっきゃと笑いながら白い毛の塊を指に巻きつけている。そのままふぅっ! と息を吹きかけて――ポポポポポポ、と小さな白い毛玉が「にゃあ」と鳴く。
「にゃあ?」
「にゃあ」
ミヒャエルと同じ白い毛色の、仔猫がジゼルフィアの周囲をくるりと回る。そしてそのままミヒャエルを見上げて「シャア」と威嚇する。
「なんだ、お前」
「わしは、ミヒャエイール。大精霊の祝福を通じて聖女によって生み出されたそなたの分身じゃ」
「はあ?」
「わしはヒセラのために生まれた精霊ゆえ、ジゼとそなたの加護には干渉せぬ。せいぜいジゼルフィアの寿命が尽きるまで黙ってみておるがよい」
「な」
ヒセラ、という名前にミヒャエルは目をまるくする。たしか、大魔女タマーラによってヒセラと名付けられた魔女がいたはずだ。ほんの数日前、“魔女の森”で生まれた赤ん坊が……
「ふたりでひとりだと、聖女ジゼルフィアは“祝福”を使って分裂しおった。聖女と魔女に分かたれたふたりをお主ひとりで守護することは不可能ゆえ、わしは生まれた」
「ジゼルフィアの生命力が薄いのは、ヒセラと分け合っているから、なのか?」
「知らぬ。だが、デ・フロート家の一人娘であるジゼルフィアは他のマヒの女性よりも王子の花嫁に選ばれる可能性が高い。そのときまで寿命がもたぬのなら、ヒセラがジゼルフィアになれば問題ない。それが大魔女の見解なのだろう」
「そんなバカなこと」
「わしもそう思う」
ミヒャエイールと名乗った仔猫は老人のような言葉づかいでミヒャエルに説明する。別の世界線で不本意な生涯を終えたジゼルフィアが妖精王に分裂を願ったため、いまの彼女はジゼルフィアとヒセラというふたりでひとりの聖女に生まれ変わったのだという。信じられないが、“魔女の森”ですべての次元を網羅する世界樹と繋がっているタマーラはヒセラが産まれた際にデ・フロート家に「革命が起こる」と予言している。その内容までミヒャエルは耳に入れていないが、それはジゼルフィア誕生に関わる予言だったのだろう。
ミヒャエイールはジゼルフィアがミヒャエルの尻尾を毟った毛から生まれてしまった。生まれたばかりの精霊にしてはどこか矍鑠としたところがあるミヒャエイールだが、これは大精霊の祝福によって分裂した魂を守護するためだと考えればいいのだろう。
ミヒャエルの子分のような精霊は、だからといってすべてを信じることもないと自嘲する。
「わしは、別の世界線で聖女ジゼルフィアが悲劇的な死を遂げ、やり直すためのこの世界で分裂を願いもうひとりの彼女を守護する役割を得ていることしか理解できておらぬ。すまぬが親たるミヒャエルよ、赤ん坊のジゼルフィアを寿命が尽きるまで守護しておくれ」
「お前は」
「わしはヒセラの元へ行く」
もう二度と逢うこともないだろうと猫の鳴き声をあげながら、ミヒャエイールはデ・フロート家から姿を消した。
違う。
彼女は妖精王の娘ではない。けれどこのミヒャエルを恐れることもなく、無垢な瞳を向けてくる赤子はその言葉に応ずるかのようににこぉっと微笑む。
不老不死の妖精王の娘は夫となった初代ハーヴィック国王が死んだ後に、天界に戻り、そのままひっそりと姿を消したとされる。
人間と添い遂げたことで魔力を失ったため、いまは亡き初代王妃という扱いで夫とともに霊廟に祀られている。
だが、一部ではマヒの一族を守護するために死を偽り天界へ旅立ったのだとも言われている。
もし目の前にいる彼女がヒセラルフィアの生まれ変わりだとしたら、生命を懸けてまでなさなければならないことが起こるのだろう。ミヒャエルの知り得ない場所で、何かが蠢いている。
マヒの一族の加護精霊の“枷”だけでなく、大精霊がもたらした祝福をその身に受けた状態で、泣き声をあげる柔らかな生き物は、物思いに耽るミヒャエルの二つに割けた尻尾をぎゅっと掴んだ。
「こらっ、やめろっ!」
生まれたばかりの赤ん坊がこんな風に猫の尻尾を掴むだろうか? ミヒャエルは彼女を傷つけないよう「シャアッ!」と一鳴きして握られていた手を外させるが、赤ん坊はきゃっきゃと笑いながら白い毛の塊を指に巻きつけている。そのままふぅっ! と息を吹きかけて――ポポポポポポ、と小さな白い毛玉が「にゃあ」と鳴く。
「にゃあ?」
「にゃあ」
ミヒャエルと同じ白い毛色の、仔猫がジゼルフィアの周囲をくるりと回る。そしてそのままミヒャエルを見上げて「シャア」と威嚇する。
「なんだ、お前」
「わしは、ミヒャエイール。大精霊の祝福を通じて聖女によって生み出されたそなたの分身じゃ」
「はあ?」
「わしはヒセラのために生まれた精霊ゆえ、ジゼとそなたの加護には干渉せぬ。せいぜいジゼルフィアの寿命が尽きるまで黙ってみておるがよい」
「な」
ヒセラ、という名前にミヒャエルは目をまるくする。たしか、大魔女タマーラによってヒセラと名付けられた魔女がいたはずだ。ほんの数日前、“魔女の森”で生まれた赤ん坊が……
「ふたりでひとりだと、聖女ジゼルフィアは“祝福”を使って分裂しおった。聖女と魔女に分かたれたふたりをお主ひとりで守護することは不可能ゆえ、わしは生まれた」
「ジゼルフィアの生命力が薄いのは、ヒセラと分け合っているから、なのか?」
「知らぬ。だが、デ・フロート家の一人娘であるジゼルフィアは他のマヒの女性よりも王子の花嫁に選ばれる可能性が高い。そのときまで寿命がもたぬのなら、ヒセラがジゼルフィアになれば問題ない。それが大魔女の見解なのだろう」
「そんなバカなこと」
「わしもそう思う」
ミヒャエイールと名乗った仔猫は老人のような言葉づかいでミヒャエルに説明する。別の世界線で不本意な生涯を終えたジゼルフィアが妖精王に分裂を願ったため、いまの彼女はジゼルフィアとヒセラというふたりでひとりの聖女に生まれ変わったのだという。信じられないが、“魔女の森”ですべての次元を網羅する世界樹と繋がっているタマーラはヒセラが産まれた際にデ・フロート家に「革命が起こる」と予言している。その内容までミヒャエルは耳に入れていないが、それはジゼルフィア誕生に関わる予言だったのだろう。
ミヒャエイールはジゼルフィアがミヒャエルの尻尾を毟った毛から生まれてしまった。生まれたばかりの精霊にしてはどこか矍鑠としたところがあるミヒャエイールだが、これは大精霊の祝福によって分裂した魂を守護するためだと考えればいいのだろう。
ミヒャエルの子分のような精霊は、だからといってすべてを信じることもないと自嘲する。
「わしは、別の世界線で聖女ジゼルフィアが悲劇的な死を遂げ、やり直すためのこの世界で分裂を願いもうひとりの彼女を守護する役割を得ていることしか理解できておらぬ。すまぬが親たるミヒャエルよ、赤ん坊のジゼルフィアを寿命が尽きるまで守護しておくれ」
「お前は」
「わしはヒセラの元へ行く」
もう二度と逢うこともないだろうと猫の鳴き声をあげながら、ミヒャエイールはデ・フロート家から姿を消した。
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