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chapter,4
05. 聖女ジゼルフィアと大精霊の祝福(後編)《1》
しおりを挟むジゼルフィアと名付けられたデ・フロート家の長女は、虚弱体質でありながらも賢く、そして美しく成長していく。
デ・フロート家の加護精霊ミヒャエルによって寿命を削られていることについては既に両親から伝えられたらしく、早めに結婚して次代へ生命を繋ぐことが望ましいと言われながら育っていった。だが、十歳に満たない少女に「早く結婚して後継ぎを産め」というのは酷なことである。
「ミヒャエル。あなたはいまわたくしの寿命を削って“時”の加護を与えてるのでしょう? わたくしがどこかの殿方と結婚して子どもを産んだら、今度はその子どもが寿命を削られる運命になるの?」
「ジゼが女公爵となって婿を迎えた場合だな。それでいて産まれてくるのが女児ならば。血筋から一番近くて若い女の寿命がデ・フロート家の加護の代償だ」
「じゃあ、わたくしがデ・フロート家を出たら?」
「何をもって出るというかによる。たとえばお前が公爵家よりも格上の男と婚姻するとか、公爵家を継がずどこぞの馬の骨と駆け落ちした場合だな。デ・フロート家の“枷”は自然と外れる。だから早く結婚しろと両親は口を酸っぱくしているんだ。初潮もまだの一人娘に」
「ふうん」
自室で椅子に腰掛け、窓の向こうを見つめながら、ジゼルフィアはつまらなそうにミヒャエルの二又に分かれた尾を撫でる。
父公爵が用意してくれたジゼルフィアの部屋からは、“魔女の森”がよく見える。緑あふれた森の奥に、行ったことのない王城の尖塔がちょこんと顔を出していた。
「公爵家から外れれば加護の対象からも外れて、そのぶん寿命を削られることもなくなるってこと?」
「そうだな。代わりに“時”の加護は喪われ、お前が持つ魔力が宝の持ち腐れになる」
「じゃあ、魔力の強い殿方に嫁げばわたくしの魔力は温存できますよね」
「ハーヴィックの王子の花嫁――聖女にでもなれればな」
ミヒャエルが嫌々ながら呟けば、ジゼルフィアがくすりと笑う。
「ミヒャエルよりも強い精霊となると、やはり王家の加護霊獣?」
「霊獣リクノロスのちからを持つ男の妻になるというのは、王家の器になることだぞ。心臓に“祝福”の爆弾を持っているお前には酷だ」
「わからないじゃない。奇跡が起こるかもしれない」
「そういう不確定要素を“時”の精霊である俺に言ったところで無駄だ」
「公爵家の不幸を退けるためだけに未来視をする、過去を変えられない“時”の精霊には無理かもしれないけど。ハーヴィックには妖精王の僕たる霊獣リクノロスがいるわ」
「まあ、あれも“時”を司る霊獣だが……」
「わたくしが聖女に選ばれれば、リクノロスのちからを借りて長生きすることができるかもしれないってことよね」
ジゼルフィアがあえて明るく言えば、ミヒャエルはやれやれとため息をつく。
「それでも心臓に妖精王と取引した“爆弾”がある限り、宿命は変えられねえよ」
妖精王の僕が持つ加護のちからは上位精霊であるミヒャエルですら畏れる類の、強大なものである。あれを律することができる伴侶をハーヴィックでは“聖女”と呼び、崇めている。次期王位継承者の花嫁が聖女と呼ばれる所以だ。ジゼルフィアが聖女に選ばれる可能性は高いだろう。だが、生まれる前に妖精王と“取引”した心臓がそれまでもつかわからない。
「そう」
ふっ、と淋しそうに瞳を伏せて、ジゼルフィアは立ち上がる。
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