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chapter,7
02. 身代わり聖女の懐妊《3》
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「兄上、花鳥公国から聖女の身柄の要求が」
「断る」
「ですよね」
シュールトのもとに届いた報せによると、花鳥公国から宣戦布告と称して国境にあるブレーケレの街が攻撃されたという。魔物の数は片手で数えることができる程度だったが、花鳥の軍事政権下で調教されたのか足並みが不気味なほどに揃っていた。そのうえ魔物に生命を握られているのであろう生気のない軍人たちがやけくそになりながら破壊活動を起こしているらしい。
幸い、ブレーケレの民衆は王城まで避難させていため人的被害は出ていないが、放たれた炎によって異国情緒漂う町並みはあっけなく壊されてしまった。真っ先にかけつけた王城魔術師によって炎に包まれていた街は鎮火されたが、焦げ臭いにおいが充満しており、精霊の姿も消えてしまったという。
王城の執務室で難しい顔をしているリシャルトはシュールトが持ってきた敵国の要求を突っぱね、ため息をつく。
「花鳥も姑息なことをする。ブレーケレ一帯を制圧したうえで、聖女を求めるとは」
「ブレーケレ付近には冥界へ通じる冥穴がありましたよね。彼らの狙いはそれでしょうか」
「俺とヒセラが封じている冥穴か……たしかに、聖女が花鳥に渡ればあの国はいままで以上に魔物を掌握できる。精霊が使えない以上、彼らは魔物を使ってこの国を、しいては大陸を統一しようとするだろう」
「魔法と精霊との共存に反旗を翻していた国のすることじゃありませんね」
呆れた表情のシュールトに、リシャルトも頷く。いままでの花鳥は武力による一方的な攻撃が主でそれらは結界によって阻まれていた。ハーヴィックが持つ精霊魔法の結界は未だ完全に破壊されていない。だが、聖女の引き渡しを拒否したことで彼らがこの先強行手段に移ることは予測できる。
「父王は」
「魔物が国内に入ってきているとなると霊獣リクノロスを憑依召喚させる必要が出てくるだろうと兄上を案じております」
「そなたの母上とともに避難所でおとなしくしているのならばそれでいい」
ハーヴィックの現国王はすでに引退を控えた身で、国外に発表はしていないが病気闘病中でもある。国内外の政治外交防衛は第一王子リシャルトと第二王子シュールトに一任されているも同然であった。シュールトの母で現王妃マリアは”水”の精霊が持つ癒しのちからで国王や避難所にいる持病持ちの民衆の看護を担当している。ほかにもこの緊急事態に四大精霊の加護を持つマヒの一族たちが各々国防のため動き出していた。
唯一、魔妃の一族であるデ・フロート公爵家だけがこの事態を静観している。ジゼルフィアが死んで身代わりにヒセラを差し出したことで役目は終わったとでも思っているのだろうか。だとしたら片腹痛い。リシャルトは”時”の精霊ミヒャエイールの言葉を思い出し瞳を伏せる。
『――デ・フロート家は”魔女の森”の世界樹の守護を第一としている。彼らを動かそうとするのならば”魔女の森”を燃やせ』
だが、そうしたらヒセラは深く悲しむだろう。”魔女の森”を燃やして世界樹に干渉することは最終手段だと、リシャルトがミヒャエイールに告げれば、ヒセラと契約している老猫はぱたぱたと尻尾を振ったのであった。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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