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第一部 新婚夜想 大正十三年神無月〜大正十四年如月《秋〜初春》
水底で待ってる。 01
しおりを挟む『ずいぶんご執心のようね、五代目』
「誰だ」
四阿のベンチで音寧を可愛がっていた有弦は、彼女が何度目かわからない絶頂とともに失神してしまったため、スカートのなかからずるりと吐精した分身を引き抜き、ふたりぶんの着衣の乱れを直していた。あとで一緒にお風呂に入るのも楽しそうだな、とほくそ笑んでいたところで、あの声がしたのだ。
『あたし? 過去の音寧の半神……とでも言えばいいかしら』
「確かにその声には、聞き覚えがあるが……俺のおとねではないな」
『まぁ! いっちょまえに俺の、ですって?』
声がした方向へ首を向ければ、そこには音寧が双子の姉の形見として大切にしている鏡がある。まさか、鏡から声がしているのか?
有弦が鏡を拾い上げて覗き込んでも、姿は見えない。けれども確かに声はこの鏡からしている。
「まさか綾音嬢なのか……?」
『そうよ?』
音寧と同じ声色のくせに、妙に婀娜っぽい、それでいて高慢な印象を与える彼女――震災で死んだはずの双子の姉、綾音。
「どういうことだ?」
『質問ばっかりね、資くん。こちらからも質問していいかしら? いまは大正何年の春? 五代目有弦を襲名して桂木の家からわざわざ音寧を花嫁に迎えたってことは、あたしと傑はそっちの世界で死んでいるってことよね?』
「いまは大正十四年の如月廿日だが……そっちの世界? 何を言っている?」
『あーやっぱり。音寧困ってるでしょ』
「何がだ」
音寧と異なり綾音は思いついたことや言いたいことをすぐさま口に乗せるらしい。妻が困ってる? どういうことだ? たしかに身代わりの花嫁だと気兼ねしていたようだが……
『あの娘、いまのままじゃ子ども産めないのよ……心を通わせてあなたたちが頑張っても。岩波山を繁栄させるための掟を守るには音寧にあたしのちからを返さないといけないの』
「は?」
『時宮の破魔のちからってのは特殊でね、あたしは生まれつき父親と同等のちからが扱えたんだけど、音寧は』
「やはり弱いのか? ちからがないことを気に病んでいるようだが」
『……』
寝言で聞いたことは黙って、有弦はムスっとした表情で言い返す。
綾音は言葉を遮られて黙り込むが、やがて『そうよ』と応える。
『彼女は生まれつきちからがないわけじゃなかったの。生まれるときに死にそうだったあたしにちからを譲ってくれたの……言ったでしょう? 返す、って』
「返す」
『時宮の破魔のちからをもともと持っていたのは音寧の方なのに、父親は彼女を無能だと蔑んでいた。音寧も自分が生まれたときに破魔のちからを持っていたことなんか覚えてないわ、なんせちからの譲渡は母親の胎のなかで行われていたんですもの』
到底信じられるような話ではないが、現に何も映らない鏡が喋っている状況に陥っているのだ。しぶしぶ有弦は綾音の言葉を受け入れ、理解しようと試みる。
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