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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
黄昏時にはじまる魔薬の宴 04
しおりを挟む着衣の乱れを正しながら、尾久は檜沢の肩に乗っている人型に息を吹きかけ、ふたたび動かしはじめる。
ふわりと起き上がった白い人型は風もないのにその場から舞い上がり、外へと飛び出していく。
「いま岩波山にいる綾音嬢に飛ばした。檜沢、将校たちの応援を呼んで来い」
「おう……ってお前はどうするんだ?」
「土間には入れないだろうが建物内を探ってみる。魔薬のひとつやふたつ押収できればこっちのものだ」
それに、連れ去られた彼女には綾音が事前に渡したお守りがついている。魔の気配を浄化する石が割れないうちに取り戻せばいいだけのことだ。
「わかった。突入できるよう準備する」
「頼んだぞ」
檜沢が頷いて黄桜屋の店舗を出る前に尾久が軽い口づけを贈れば、顔を真っ赤にして無言で走り去っていく。
ひとりその場に残された尾久は、間口からのぞく空が青から灰色へと変化しているのを見て、苦笑する。
こちらに向かって雨雲が流れてきている。これは一雨来そうだ。赤き龍を確実に仕留められればいいが……
「千里くん!」
「綾音嬢……ずいぶん早かったですね……と、資どの!?」
「彼女はどこだ!」
押し殺した声の資に迫られて、尾久は奥の土間を指さす。
目を血走らせてはぁはぁと息をととのえる資の肩に、振り袖姿の綾音が乗っていた。
資に肩車させた状態で全力疾走させた結果、予想より早く到着できたのだろう。ふだんの冷静な彼からは想像できない姿に唖然とするものの、尾久は資の肩から飛び降りた綾音の手のなかに自分が飛ばした人型がいるのを確認し、ハッとする。
「……破魔のちからを」
「了解っ」
薄暗い土間の入り口に繋がる観音開きの扉を突破しようと資が体当たりしているが、結界が発動しているためびくともしない。
その様子を見て綾音が「どきなさい」と厳しく告げれば、資が悔しそうに引き下がる。
「これはあたしの仕事よ……っ!」
その声と同時に雷鳴が轟く。
落雷とともに突如降り始めた驟雨に共振するかのように扉がガタン、と意志を持つ。
資がいくらぶつかっても動かなかった扉が、綾音が手のひらをかざしただけで大きな音を立て、ギギギギと動き出す。
埃臭い土間の空気が店内を侵食していくなか、資が暗闇のなかに一歩踏み出そうとして、声を荒げる。
「なんだこれは……地下へつづく階段になってるぞ!」
「きっと異空間に繋げられているんだわ。この下に、きっと彼女と赤き龍が……」
綾音の言葉を背中で受け止めながら、資はひとり我先にと地下へと飛び込んでいく。魔を視ることはできなくても、彼女を救うことはできると。
資につづいて綾音と尾久も地下へとつづく階段へ、降りていく。
ギシッギシッと響く朽ちかけた床の感触が薄れると同時に、濃厚な魔の気配が漂ってくる。
そして突然、視界が明るくなって――……
無惨に切り刻まれて布切れと化した翡翠色のワンピースだったものと、彼女が首にかけていたはずの守り石の紐が、真っ黒になった状態で、床の上に散らばっていた。
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