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参 その一
しおりを挟む鎌倉の叛逆者として孤立していく義経とその妻たち。そのなかで、頼朝に間諜を言い渡された静の侍女、浅葱は戸惑っていた。
――なぜ、静さまは戻ろうとしない?
義経は相変わらず、複数の妻や妾のもとへ毎日日替わりで通いつめている。そのなかで唯一、肉体関係を持たない妻が静である。
浅葱からしてみればふたりの清らかな関係は夫婦というより兄妹のようにしか見えない。けれど幾夜も床を共にしていることを考えると、静も義経のことをまんざらでもなく思っているようだ。
しかも。
「暇をだそうかと思うの」
静は何もかも知っている。禅に指摘され唖然とした浅葱だったが、今となればやはり利用されていたのは自分のほうだったのかと諦めがつく。それでいて。
……静さまは自分を頼朝のもとへ帰そうとしている。暇をだすことで。
「これ以上ここにいても、あなたの得るものは何もない。それに」
執着するものもないでしょう。
淋しそうな主の声を、浅葱は信じられない面持ちで耳に入れる。
「わたしは義経さまの妻。だから戻ることはない……伝えて、わたしを利用していたひとに」
それは誰への伝言か。
浅葱はすべてを察し、無表情のまま頭を垂れる。
「申しわけ、ありません」
そして、懐刀を静の手へ返す。
浅葱はこの侮れない少女をすきになっていたのだと、今になって、思った。
――ならば、仰せのとおり、あなたの敵となって真摯に向き合いましょう。
それが礼儀というものだ。
その夜、静の前からひとりの侍女が姿を消した。けれど、騒ぐことはせず、まるで最初から彼女などいなかったかのように、主であった静はふるまう。
浅葱はきっと、すべてを伝える。
利用する人間が利用される人間に利用されていた事実を頼朝は嫌悪するだろう。そして静の利用価値がなくなったことを悟り、切捨てにかかる。義経が鎌倉へ足を踏み入れることを頼朝が禁じたように……
『浅葱どのだけが戻られたことできっと世論は河越庄をも非難するでしょう』
秀足にその災いが自分以外に降りかかる可能性を示唆され、静も頷く。
現に、それから半月もたたないうちに、静の父親は自害したのだから。
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