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参 その六
しおりを挟むその頃。
義経の郎党である伊勢三郎に保護された秀足は、別棟で素直に手当てを受けていた。
三郎も特に言葉を発することなく、黙々と血を拭い、布を幾重にも巻きつけていく。
こうしたことに馴れているのか、巻きつけられた布はきついわけでもゆるいわけでもなく、秀足の腕や足に結びつけられた。
三郎は申しわけなさそうにしている秀足を見て、ぼそりと呟く。
「お前さんのせいじゃねぇだろ。お前さんは主を守るためにああした行動をしたんだから」
俯きがちに、秀足は手を動かす。けれどそこには紙も墨も筆もない。
何か言いたそうな秀足を見て、三郎は首を傾げる。
「喋れないのか、お前さん」
こくりと頷く秀足。義経は自分のことを知っているが郎党は正妻の侍女のことなど見向きもしないだろう。知らなくても当然だと秀足は首を振る。
「そうか……?」
かすかな違和感。
几帳から秀足が転がり込んできたときのことを思い出し、三郎はあらためて目の前の少女を見つめる。
あれは偶然見つかったわけではない。
主を守るために自ら飛び出してきたように見えた。
敵は邪魔だと彼女を引きずり出し庭へ投げたが、もしかしたらあれも彼女の計算だったのかもしれない。
敵を欺くように身軽に身体を浮かせ、縁側から灯りの届かない庭の最奥へ飛び込んだ彼女の姿を見た三郎は、彼女がなぜ傷つくことを覚悟してそこまでするのか理解できなかった。
一歩間違えれば馬に蹴り殺されていたかもしれない、敵の剣に喉を裂かれていたかもしれない、嬲られ無残な姿で打ち棄てられてしまったかもしれないというのに。
秀足は無表情のまま、三郎の言葉をきく。
「……あのとき、義経の名を呼んだのは、お前さんだろ?」
主の静が救いを求めていたのを、秀足は庭の暗闇から見守っていた。
そして彼女の夫の到来を、真っ先に告げるべく、叫んだのだ。
――よしつねさまあ!
どこか、幼くて、甲高くて、切羽詰っていて。
誰のものかもわからなかった。
声。
だが、その声が颯爽と現れた義経の追い風になったのは事実だ。
「俺はそうとしか考えられない」
布を結び終えた三郎は、黙り込んだままの秀足の前で、優しく問いかける。
「お前さん、ほんとうは喋れないんじゃなくて喋らないんだろ」
観念しろと三郎は秀足のあたまをくしゃりと撫でる。
秀足は拒むことなく、三郎の手を受け入れる。そして。
「……あたいのこと、誰にも言うでないよ?」
まるで異国のような訛り方で、淋しそうにうそぶく。
彼女の懇願に、三郎は接吻で応えていた。
「っ……?」
きつく抱きしめられ、秀足は困惑する。
けれどもこの温もりは、厭なものではなかった。
きょとん、とする彼女の前で、悪びれずに彼は告げる。
「言わないから。俺のオンナになってくれ」
そしてまた口づけられる。
誰のものとも知れない、血の味が秀足を酩酊させる。
きっと目の前の男は刺客と戦ったばかりの状態で血が滾っているのだろう。
だから秀足のような女に欲情しているのだ。
そう、秀足は納得する。
自分の主である静もまた、義経に求められているであろうから。
主と自分は違う。けれど、状況は似たようなもの。
口づけに酔わされている間に秀足は着物を脱がされている。
このまま抱かれてしまうのも時間の問題だろう。
彼はやさしいだろうか。あたいが処女であることに気づいているだろうか。
くちびるが触れ、はなれて生じる蜘蛛の銀糸のような唾液を垂らしたまま、秀足は血走った眼の三郎に問いかける。
「はじめて、だから、やさしく……して」
一過性のものであってもかまわない。
彼は自分を救ってくれた。だったら自分も彼を救いたい。
癒してあげたい。
そう思うのは当たり前のこと。
だから秀足は自ら足を開き、彼の熱を強請る。
健気な彼女の言葉に、三郎はくすりと笑う。
はじめて見たときから、主を一途に想う姿が好ましかった。
けれどそれは危ういものでもあるのだと、ついさっき知ってしまった。
自分を犠牲にしてまで彼女とその夫のために危機を顧みず行動する姿が放っておけなかった。
ともに戦う主と郎党、という自分と異なり、彼女はかよわい女の子でもある。
……そう口にしたら拒まれそうだから言わないが。
「ほたる」
「あたいの、名前?」
「主人の奥方の優秀な侍女の名前だろ?」
「ん……たがわねぇ」
素肌を暴いても恥じらうこともせず、幸せそうに微笑む彼女を前に、三郎は暴走する己を律しながら。
彼女を愛した。
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