恋愛観測

ささゆき細雪

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 あと少しで午後六時。部活動の延長届が出されていれば、七時まで大丈夫だったはずだ。屋上の入り口に差し込む陽光の眩しさに、二人は手をかかげ影を作る。
 西陽が学校の建物を照らして、世界を橙色に染め上げていく。屋上で望遠鏡をセットしている日雀の影が、佇んだまま仕草を見守っている香子の影と重なり合う。
 屋上ではジャスミンの白い十字架形の花が咲き乱れていた。天に伸ばすように緑の蔓が屋上の柵に絡まっている。若葉の合間から顔をのぞかせるたくさんの支子色の花は、ほんのり甘い、鼻孔をくすぐる芳香を漂わせている。
 天体観測にはまだ早い時間。それなのに日雀は三脚を広げ、西の方角をしきりと気にかけている。高層ビル群の合間を狙って、彼は望遠鏡の配置を決めた。

「日の入りまでまだ時間あるんじゃないの?」
「今日の日没は十八時四十二分。だけどもう見える」
「……日が暮れないと星は見えないのに?」

 日雀を手伝おうと遮光板と呼ばれる板を立てかけながら、香子は首を傾げる。それを見て日雀はにやりと不敵な笑みを見せる。


「俺は恒星ほしが嫌いだって言っただろ?」


 望遠鏡が示す先にある天体……それは。

「遮光板そこでいいよ。肉眼でも見えるけど、レンズ越しに見た方がよくわかるから。ほら見えた!」

 あかく燃える、太陽。

「真ん中のあたり。黒いの。わかる?」

 レンズを覗き込んでいるにも関わらず、彼に肩を掴まれる。彼は夢中だ。香子にもわかるくらい、夢中になっている。
 太陽の中のほくろのような黒点・・に。

「今年は黒点0756の活動が活発だから、よく見えるんだ。ガスの塊である太陽が自転することで黒点は生まれるんだよ。磁場が表面から分離するから。だけど太陽だって地球と同じように自転しているから、黒点も生まれてはすぐ消えていく。こうして観測できるのは表面に現れているときだけ。明日だと裏側に周って隠れて見えないだろうから……」

 自転する太陽。想像したこともなかった。香子は饒舌に語る日雀の解説を内耳に留めながら、目の前で繰り広げられる自然の摂理をまばたきせずに見つめつづける。

「今日も大伊さんが地学室に残ってたら、教えてあげようって思ったんだ」

 星が嫌いな天文部の男の子は、太陽に負けないくらいの明るさで、潔く香子に告げる。

「好きだろ、惑星ほし?」
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