恋愛観測

ささゆき細雪

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 午後六時四十二分。日雀が指摘した通りに日没は訪れた。地平線へ姿を消していった夕陽を見送ると、日雀は天体望遠鏡を慎重に南西へ傾ける。
 橙から茜へ、茜から紫紺へ、紫紺から藍へ。
 瞬く間に変化していく日常の空の表情。こんなにも空は表情豊かだっただろうか?

「これ見たら帰ろう。今日もぎりぎりだ」
「え、何が見えるの?」

 藍から黒橡へ。黒橡から薄墨へ。
 星が嫌いだと豪語しているにもかかわらず、日雀は天体望遠鏡を空へ向けつづける。

「中学の理科で習わなかった? これから顔を出す惑星」

 大気は安定している。雲ひとつない空。
 日雀が指をさす。その先には肉眼でもくっきり見える白金色の煌き。

「月じゃないよね……月は東だし」

 月の出る時間は日没から一時間弱。東の空はまだ暗い。

「宵の明星、金星だよ。今の時期はまだ地平高度が低いから普通の人は気づかないけど」

 月明かりに邪魔されることもなく、その惑星は輝いていた。


「のぞいてごらん」


 促されて、香子はレンズを覗き込む。

「……ピンポン玉みたい」

 墨染の夜空に浮かぶピンポン玉。その横で蛇行するように光っている星の群れは?

「ヒガラくんって星座詳しい?」

 今の時期なら春の大曲線が見えると思うんだけど、と香子が尋ねる。だが、恒星には興味がないらしく、日雀はきっぱり否定する。

「ぜんぜん」
「何それ。天文部員らしくないよ」
「まともに星座覚えるとどうなるか知ってるか? 星占いの黄道十二星座、まぁ黄道十三星座と言ってもいいんだけど、それ以外にも北天十九星座、南天十二星座にプトレマイオスの四十八星座……多少被ってるのもあるけど、今現在天文観測家が公式に認めている星座の数は八十八あるんだ。全部覚えられるわけねえだろ?」

 まるで恒星に喧嘩を売っているかのように日雀は熱く語る。まともな星座については知らないと言ってるくせに、彼はかなりマニアックな知識を披露している気がする。

「はちじゅうはち……そんなにあるんだ」
「先輩が星座詳しいから、なんとなく話は聞いてるんだけど。八十八もあるって聞くとイヤにならない?」

 俺はうんざりだ、と夜空を見上げながら大仰に溜め息をつく。レンズから顔を離し、香子は静かに尋ねる。

「だから、嫌いなの?」
「まあ、な」

 困惑した表情で、日雀は頷く。そして腕時計を見て、そろそろ下校時刻だと気づいた二人、そそくさと天体望遠鏡を片付ける。
 夜は、はじまったばかり。
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