アルコホリックガールにサヨナラ

ささゆき細雪

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3.アルコホリックガールにサヨナラ

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 勘違いするなと怒鳴られた。
 二日酔いの頭越し。ああ痛いガンガン響くよやめてくれその低いテノールで怒鳴るのは。


「ショーコ、お前の姉貴ってほんと、どうしょうもねえな。なんか放っておけねーんだけど」


 携帯電話越しに聞こえてきたのは妹の困り果てた声。
 まことに遺憾ながらまた困らせてしまったらしい。


「そう言われても。偶像と現実のギャップ、あまりのどうしょうもなさに幻滅した?」
「いんや全然、むしろ逆」


 どういうことだ? ああ頭痛い。
 ぐったりしてるあたしの横で、少年は笙子と会話を続ける。内容はあたしの処刑手段だろうか、このまま精神病院送りか? 考えるのも嫌になってきた。このまま寝てしまいたい。だけど吐き気が襲ってくる。せり上がってくる生理的欲求を電話中の少年に訴える。洗面所から洗面器。少年は静かに背中をさする。胃の中をひっくり返したかのような惨状。少年、何も言わずにさする。ニスを塗る時に発生する卵が腐ったような臭い。それでもあたしの背中を少年はさすり続ける。

 みっともないのに嬉しかった。背中の向こうの大きな手のひらの温もりが。

 幽霊でも幻覚でもない、男の子が優しく介抱してくれるなんて。妹の彼氏にときめいてどうする自分。
 電話を切って、少年があたしを見つめる。至近距離。何赤くなってる自分。


「キミ、笙子の彼氏くんでしょ?」
「はぁ? いつそんなこと言った?」
「言ってないけどそうなんだろうなぁって解釈した」


 ぽつり、淋しそうにあたしが呟くと。


「んなわけねーだろ!」


 ばつが悪そうに顔赤くして、たぶんまた怒らせちゃったんだろうけど、少年、そんなことおかまいなしで、酒臭いあたしの身体に抱きついた。


「……俺は、ショーコのためにあんたの世話を焼きにきたんじゃねえ。好きな女のためにここにいるんだわかってくれ!」


 わかってくれと言われても、理屈がわからない。
 少年はあたしのことが好きという結論になるじゃないか。
 どうして? あたしも気づいたら少年のこと意識してたけど。


「靴屋でスニーカー買ったときから、俺は惚れてたんだよ!」
「靴屋? あ……バイト先か。ってことはそこで惚れられて、実は同級生の姉貴だって知って……笙子の悪知恵で今に至る、と」
「まぁそんなとこ」


 悪びれもせずにあっさり頷く少年。あたし、素直に今の心境を語るとこうなる。


「一目惚れって今の時代天然記念物だと思うけど、実在したんだ」
「……意を決して告白してるのに茶化さないでください」
「別にいいじゃん。あたしも好きなんだから」


「え」


 そういう反応を取られるとは思ってもいなかったのだろう、少年は固まったまま口を閉ざしてしまう。死んだアサリみたい。


「一週間楽しかった。幽霊だろうがあたしが生み出した幻覚だろうが、夜になるとキミがいて、一緒にお喋りしたり、あたしの課題手伝ってもらったり、寝るまで傍にいてくれたり……笙子みたいにあたしを優しく叱ってくれるし。いい人だなぁ、って。奇妙な同居生活だけどこんな風にずっと一緒にいてくれたらいいのになぁって思った。だから」


 キミが妹の恋人だったら、すごく申し訳ないなぁ、って。思った。けど。違うと言ってくれた。それが嬉しかった。嬉しくて泣きそう、いや吐きそうだ。……やばい。吐くよ!

 あたしの掛け声で我に却った少年はすばやく洗面器を取り出し、あたしの背中に手のひらを乗せる。
 嘔吐再び。


「いい雰囲気だったのに……全部出しちゃった方がいい。寒気はするか? 急性アル中だったらもっと大変なことになるから」


 悲しそうにあたしの背中をさする少年。
 きっと笙子もこんな顔していつも駆けつけてきてくれたんだろうな。お酒に頼るなんて空虚なだけの逃避手段、もうやめたい。死んでもいいやなんて自暴自棄になるのも、嫌なことを忘れようとアルコールに走ることも、しちゃいけない。悲しむ人がいる。笙子や少年に、多大な迷惑をかけて、それでいいのかあたしは?


 よくないよ。更生しなくちゃ。


「大丈夫か?」


 こっくり。
 頷いて、あたしは彼の体温を感じる。
 あったかい。
 安心する。
 自分は一人じゃないんだって理解できる。


「うん。幻覚少年がいれば大丈夫」
「だから俺は幻覚じゃないって」
「幽霊よりマシだと思わない? 幻覚少年」
「じゃあお前はアルコホリックガールだ」
「アル中少女ねぇ……どっちにしろ、そう呼べるのも今だけだぞ」


 少年が幻覚なんかじゃないということを思い知るために、酒臭い身体で、何度も抱きつくあたし。
 バカ何するんだよって罵倒されながら抱きしめ返されて、お互いに顔見合わせて。
 どちらからともなく噴き出し笑い。

 そうだ、カーテンを開けよう。
 きっと窓の向こうにはオレンジな太陽とマシュマロのような白雲が拡がっているから。

 それで窓を開けて、思いっきり叫ぼう。
 近所迷惑なの承知で。
 恥ずかしがらずに叫べるのは酔っ払いの特権だもの。


「バイバイ、アルコホリックガール!」


 心地よい酔いは未だ、覚めそうにない。



――byebye,alco-holic girl! / fin.
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