アルコホリックガールにサヨナラ

ささゆき細雪

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2.幻覚少年の正体

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「おかえり、リョーコちゃん」


 幻覚少年は夜現れる。あたしがバイトで疲れきった時も、早く帰ってきて課題に取り掛かっている時も、授業のない休日でも。
 いつも、夜にひょっこり。幽霊みたいに。だけど幽霊じゃない。一緒に夜食食べるし、美大の課題を手伝ってくれるし、帰る時は玄関から出て行くから。


「玄関開いてた?」
「閉めた」
「つまり開いたままだった、と」
「ご名答」


 幻覚少年はあたしの部屋の合鍵を持っているわけではない。いつ、どこから侵入してくるのか、始めのうちは疑問に思ったけど、答は呆気なかった。無用心にも鍵をかけずに毎日出かけていたのだ。彼は問題なく侵入できたわけ。なんてこったい! そこまで怠けていたとは呆れてしまう。強迫神経症とは縁がなさそうだ絶対。これからは気をつけよう、幻覚少年にも厳重注意されてしまったではないか。


「鍵くらい閉めろよ。いくら寮母さんがいるからって、これは一人暮らしを甘く見すぎだ」


 最近ではあたしにくどくどお説教までする始末。見た目高校生の少年にそこまで言われる筋合いはないのだが、その小言を気持ちいいと感じてしまうのもまた事実。


「じゃあ、毎日セキュリティ万全で外出したら、キミは侵入できないじゃない」
「そしたらドアの前で待ち伏せしたりピンポンダッシュしたりベランダから侵入したりするから問題ない」
「……大問題だよ」


 今日は金曜日。
 幻覚少年と出会ってもうすぐ一週間。意外なことに彼は料理上手だ。あたしが毎晩カップラーメンしか作らないので飽きたのかもしれない。あたしが夜遅く帰ってくると、台所を占領して味噌汁を作って待っててくれたりする。普通女子がするんじゃないかなぁって思うけど、嬉しいので素直にいただく。

 あれからアルコールを断ったのかと聞かれると、答えは否、なのだが、幻覚少年がいる前だとやっぱり飲む気になれない。彼の見た目が未成年だからだろうか。


「幽霊なら酒飲んでも問題ないって」
「でもあたしの良心が疼くのです」
「自分は浴びるように酒飲む癖に」
「あれは失恋したときだけですー」


「ショーコの言うとおりか」
「へ?」


 なんで幻覚少年から笙子の名前が出てくるんだ? あたしが驚いた顔をすると、彼は何事もなかったかのように味噌汁をすする。


「笙子のこと知ってるの」
「同級生」
「幽霊じゃないじゃん」
「だからそう言ってるのに」


 驚いた。
 笙子の男友達にこんな変な男の子がいたとは。幻覚だぁと喜んで相手してたあたしがバカみたいだ。種明かしの呆気なさにあたしは項垂れる。


「つまんない」
「つまんなくない」 


 幻覚少年……もとい、笙子の同級生は困ったようにふて腐れたあたしを見つめる。灰色の瞳。きつい眼差し。


「騙すつもりなかったんだけど。ショーコが姉貴に振り回されてるの見てらんなくてさ。あいつ、彼氏できたんだぜ。知らないだろ」


 初耳だ。もしかして幻覚少年、キミのことか? 静かに少年を見つめる。


「どうした? がっかりした? 俺が幻覚じゃなくて。幽霊や死神の方がよかった? そしたら殺せるのにな。あんたが憧れてた死に方どおりに……殺さないって。ほんとどうしょうもない姉だな」


 硬直したあたしを見て、彼は意地悪な言葉を吐き出す。当然だろう、大好きな妹を姉に占領されていれば。嫉妬心は火曜サスペンス劇場の動機に繋がりかねない。ならこれは笙子が仕組んだことなのか?


「ショーコは関係ねえよ」


 強がるでない少年。あたしにはわかってる、自身が甘ったるい人間だってこと。だからこうして無言で酒瓶に手を出しちゃうんだ。鏡月。コップに注がずそのまま焼酎の瓶に口をつける。もう何がなんだかわからない。飲んでやれ。ぐびぐびっと。


「おいこら飲むなそこで現実逃避するなかえってこい! 何無謀なこと……リョーコ!」


 胃の中がカァっと熱くなる。
 心の中のもやもやも全部焼ききってくれればいいのに。
 他人本願ならぬアルコール本願。
 駄目だな、そうやって認めたくないことから逃げる悪い癖。

 笙子。
 ごめんね笙子そんなに苦しんでいたなんてあたし知らなかったんだ。
 これってアルコール依存症の被害妄想になるのかな。
 もうわかんないや。
 朝起きたら全部忘れられるぞこれで。忘れてやるぅ!




 ――いいのかこれで?
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