姉と薔薇の日々

ささゆき細雪

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ヨーク・ランカスターローズの花言葉

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   * * *

 諫早に車で連れていってもらった郊外の種苗センターは、思ったより広かった。

「全国でも有名な種苗業者が経営してるんだぜ。ここに行けば一日遊べるんだから」
「詳しいね」
「で、今日は何を買いに行くんだって?」
「血のように真っ赤な薔薇の苗」

 楓は今頃静岡の実家に帰ってるのだろう。
 車に揺られながら、昨日の試験結果を追憶する。

「でもよかったな、同室さんも赤点なかったんだろ」
「まぁね」

 難関の生物も、終わってみれば二人そろって平均点以上。このペースで行けば、来年の准看護士の資格試験もどうにかなるだろう。

「諫早、公務員試験はどうなの?」
「うーん。どうだろ」

 諫早は就職活動の真っ只中だ。本人は安定できる職を求めているらしいが、今の時代にそれは無理なのではないかとあたしの方が心配してしまう。
 この夏の公務員試験が彼の人生に左右するのだろう。いつもよりほんの少しだけ余裕がない。

「セリカは高校出たらどうするんだ?」
「県立の衛生短大、受験する予定」

 普通科の高校を出て衛生短大に行った場合は三年間かけて正看護士の資格を取らなくてはならないが、あたしみたいに高校時代から勉強している人間は、二年間で正看護士の資格が取得できるのだ。
 それに、当たり前のことだが正看護士の方が准看護士よりも給料がいい。

「そっか。お互い大変だな」
「ねぇ、もしかして花木コーナーってあっちの?」
「そうだよ」
「……あんなに広いの?」
「だから、薔薇って一言に言っても、色、形は様々だろ。あと、桜も苺も薔薇の仲間なんだぞ」
「それはわかるけど……」

 目の前に広がる大パノラマ。
 葉っぱの生い茂った緑の薔薇のアーチの向こうに見えるのは幾つもの花木。

「植物園みたい」
「でもこれ全部売り物だからね」

 本当だ。
 先頭にあった巨大なアカシアの樹には『売却済』と書かれた札が堂々と貼られている。
多分、シンボルツリーにするのだろう。

「セリカ、薔薇あったよ」

 ローズガーデン、と名付けられたその一角は、暑い夏だというのに四季咲きのクリーム色の花がちらほら開いている。

「四季咲きの方が賑やかでいいよね」

 諫早はぼけっとしてるあたしを置いてとっとと品定めをしていく。
 夏休みということもあって、家族連れの姿が多い。
 もし、彼女が生きていたら。
 彼女は運転免許証を取って、あたしと母を乗せてここまで連れていってくれたかもしれない。

「ヨーク・ランカスターローズ」

 ふと、小さな苗木に目が止まる。
 白と赤の混じり合った個性的な花の写真が幹の部分に結び付けられている。
 白と赤。
 まるで、あたしと彼女みたいだ。
 対照的で、それなのに離れられない二つの色合い。
 でも、写真の裏の説明を見て笑う。


「花言葉は、戦争?」


 対照的な二つの色を持つ花だから、争い合ってしまうのだろうか?
 でも、あたしと彼女はそこまで仲が悪かったとは思えない。ダイキライというのももしかしたら一つの愛情表現だったのかもしれない。照れ隠しの表情にもとれる。
 大喧嘩をした覚えは一度もない。
 いつも些細なことで言い合ってた気はするが、絶交宣言もしたことなかったし、どちらかが泣けばどちらかが引くという暗黙のルールもあった。
 周囲から見れば、似ていない仲のよい姉妹だったのだろうか?

「セリカ、これなんかどうだ?」

 後ろを振り向くと、諫早が濃いグリーンの葉を繁らせた鉢を抱えている。

「四季咲きで、小さな八重の花をいくつも咲かせるんだって」

 だが、写真を見ると、血のように真っ赤ではなく、どす黒く見えてしまう。

「えー……もっと鮮やかな赤い花がいい」
「そっかぁ」

 鉢を持ったまま、諫早は残念そうに次の標的を探しに行く。
 寂れた我が家に真っ赤な薔薇の花を。

 まるで彼女のように誇らしげで気高く、散る間際に鮮血を迸らせる花を……
 諫早があたしの条件にあった苗を見つけたのは二時間後のことだった。
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