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わたしとねずみ 3
しおりを挟む車の荷台から深緑の大木がはみ出している。
細長くて針のような葉が鈴なりに垂れ下がっている松に似たその木の名は、樅。
「わざわざ長野の方から取り寄せてきたって執事がおっしゃっていましたよ。なんでも、この樹に飾りをつけてお祝いをするんだとか……こんな巨木をどうするのでしょう」
窓の向こうに映る風景を目をまるくして見つめている百冨と、その横で何も言えずに突っ立っているわたし。
結婚のお披露目を行うクリスマスの夜会まで三日を切っている。ねずみは自分の邸宅を夜会の舞台にすべく、全国各地からさまざまなものを取り寄せているという。必要とあれば外国のものも率先して取り入れている欧化主義のねずみのことだ、顧客を驚かせるためさまざまな演出をするのだろう。この樅の木しかり、わたしの結婚お披露目しかり。
派手な演出のひとつにされたわたしは慣れないドレスと呼ばれる西洋服を着せられている。
「夜会って、こんなを格好するの?」
「よく似合っておりますわ、緋鞠さま」
西欧から取り寄せたであろう全身がうつる金縁の鏡に立ったわたしは、百冨が褒めちぎる声にも喜べず、途方に暮れた表情だ。
ふだん着ているワンピースみたいなものだと口にしていた百冨に準備された服は生地が分厚く、足元が隠れてしまうほどに裾が長く膨らみのある不安定なものだった。それでいて肩はむきだしで背中と胸元は布が少なく心もとない。西洋服の知識はあったが、実際に着てみるととても恥ずかしい。
「ご主人さまが緋鞠さまのためにご用意された仏蘭西の衣で仕立て上げたものです。イブニングドレスと呼ばれるそうですよ。慣れない格好で緊張されるかと思いますがほんのひとときの我慢です」
父親が選んだドレスの色は赤。それを引き立てるように白い縁取りがされている。裾のところには水晶のようなビイズと呼ばれる人口の珠玉がちりばめられている。歩くと足元に縫いつけられたビイズが水飛沫のようにきらきらと揺らめく。ドレスの裾だけを見ていると、水中を優雅に泳ぐ真っ赤な魚のようにも見える。
「……でも、恥ずかしいわ」
情熱的な朱赤の布をふんだんにつかったドレスを渋々身に纏ったわたしに、百冨は白い毛皮の襟巻を差し出し、むきだしの肩を包みこむように巻きつける。
「こちらの襟巻は小岩崎さまから緋鞠さまへの贈り物です。これなら人目に出ても恥ずかしくないと思いますよ」
「……そう」
わたしのためにねずみが準備してくれた襟巻。白い縁取りがされた赤いドレスに真っ白な襟巻は悔しいくらいによく似合う。まるで赤い花に雪が降り積もっているよう。雪なんて生まれてから一度も見たことないけど。
「お嬢様? どちらへ?」
「ねずみのとこ。こんな奇特なことされたらお礼を言わないと落ち着かないわ」
百冨にはこの部屋に残るよう指示し、わたしはドレスに素足という格好のまま飛び出して小岩崎邸の螺旋階段を駆け足気味に降りていく。
そのときはまだ、普段着でいるときの感覚で足を動かしていた。
ドレスの裾が足に絡まって躓き、目の前が真っ白になるまでは。
――それは豪華なシャンデリアが煌めく天井のひかりの色。
そのときになってようやく瞼の裏にちらつくドレスの赤い裾を思い出す。
炎のように赤いドレスの忌々しい裾のことを。そして。
螺旋階段を勢いよく転げ落ちていくことを覚悟して、つよく瞳をとじ、痛みの到来を待つ……
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