わたしとねずみとくるみ割り人形

ささゆき細雪

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わたしとねずみ 4

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「気がついたか?」



 声をかけられて重たい瞼をひらく。そこはさっきまで自分がいたねずみの邸ではない。煉瓦でできた壁と木の天井がわたしを迎える。
 身体を起こすと、橙色の炎が入れられている暖炉と、金と銀のちいさな星と紅い姫林檎が飾りつけられているちいさな樅の木が見えた。粗末だけど、温かみのある部屋だ。
 木枠の窓からのぞく景色はかつて侍医が教えてくれた独逸の風景を彷彿させる、古い異国の街並み。
 そしてわたしを見つめているのは金髪碧眼で軍服を着たの男のひと。姿かたちからどことなく中世の騎士を彷彿させる彼の声はどこかぶっきらぼうだったが、それとは裏腹に、心配そうな表情でわたしを見つめている。


「ここは?」
「きみの家じゃないか。何を言っているんだ。床に頭を打ったときに記憶喪失にでもなったのかこの間抜け」


 怒ったように口にする彼の姿は、まったく似ていないのに自分の婚約者であるねずみにそっくりだと思わず笑ってしまう。


「何を笑っている。僕はきみを罵倒しているのだ。すこしは言い返すなりしてはどうだ」
「ごめんなさいね、間抜けで」
「……まあいい」


 小声で零しながら、彼はわたしの両手を取る。真っ赤なイブニングドレスを着たわたしは軍服の青年をじっと見つめ、やがて声をあげる。


「くるみ割り人形!」


 彼は侍医がわたしにくれたくるみ割り人形と同じ格好をしていた。だとしたら、これはわたしが見ている夢なのだろうか。


「それがどうした? 聖なる夜にやってきたねずみの大軍を我らが叩きのめしてやったことをきみはやはり忘れてしまったというのか。嘆かわしい」
「……ねずみの大軍」


 たしかに、くるみ割り人形は悪いねずみの王様をやっつけた、と侍医も言っていた。だとすると目の前の彼は悪いねずみの王様をやっつけて持ち主の少女を助けたところ、なのだろうか。
 侍医が教えてくれた物語では、鉛の兵隊がねずみの大軍を退ける際に、ねずみの王様とくるみ割り人形にされたひとりの騎士が一騎打ちを行い、彼の危機を持ち主の少女が救ったことで、王様を倒したことになっている。
 じゃあ、目の前にいるくるみ割り人形の青年は、わたしにとっての王子様なのだろうか……?


「僕が窮地に陥った時に君が手を貸してくれたから、こうして平穏を取り戻すことができたのに。そのように腑抜けな状態ではお礼のしがいもない。接吻のひとつもくれぬのか……ならばこちらから奪うまでだぞ」


 呆然と見つめていたわたしをその場で押し倒し、彼はむきだしにされた肩に噛みついた。夢ならば痛くないはずなのに、なぜだか甘い疼きが生じて困惑する。


「……んっ!?」
「その林檎のような赤い唇もたいそう甘そうだ」


 ぺろりと舌なめずりをされ、ぞくりと震えるわたしを前に、金髪碧眼で軍服を着ていたはずのくるみ割り人形の姿が変わってしまう。


「ほんとうなら、結婚するまで待とうと思っていたのに。君が美しすぎるから我慢がきかなくなってしまった……」
「――ねずみ?」


 くるみ割り人形の姿は黒髪黒眼の礼服姿の青年になっていた。
 そして床の上に押し倒された状態のまま黙り込んでいるわたしをじっと見ていた彼は、まるで人形にもどってしまったかのように硬い表情になって嘯いた。


「いつまでそうしているつもりだこの間抜け。男と女が子を成すためにすることも知らぬのか」
「知ってます……けれど」


 これは夢のはず。なのに、身体が熱いのはなぜだろう。
 のしかかる彼の荒い息に、自分の顔も自然と赤らむ。そんなわたしを勝ち誇った表情で見つめるねずみ。
 いつしかするりとドレスを脱がされ、膨らみかけの乳房がまろびでていたことにも気づけずにいた。


「!?」
「……ずっと、こうしたかったのだ」


 あやすように、そうっと乳房を包み込まれ、ゆるやかに揉みしだかれる。
 浮遊感を伴う心地よさに愕然とする。これは夢、のはずなのに。


「ん……ふぁ、ぁんっ……」


 彼の指先に惑わされながら、わたしは甘い声をあげる。
 尖りはじめた乳首は茱萸の実のように赤らみ、彼からの施しに悦びを感じている。
 はしたないと一蹴されそうな姿なのに、ねずみは一心不乱になってわたしの胸を責めている。
 やがてちゅくん、と湿った水音と湧き上がる快楽に、わたしはいやいやと首を振っていた。
 彼の舌が先端を舐めしゃぶっていたからだ。


「いけません……っ、そんな……」
「嫌なのか? 気持ちよさそうな顔をしているくせに」
「まだ、だめ、です……っ」

「そうか……駄目、か」


 あっさり行為を打ち切るねずみに、わたしは目を丸くする。
 脱がされたドレスをふたたび着せられ、背中からぎゅっと抱きしめられる。



「気がせいてしまった。まだ想いを確認していないのに……」
「ねずみ」
「君があまりに美しいから、どうかしてしまったのだ……許せ」



 許せと言われても、これは夢のなかの出来事。わたしは抱きしめられた状態のまま、彼の懺悔を内耳に留める。


「そうだ。いつものように話をしよう。君が行きたいと口にしていたおとぎの国のことや、雪の精のことを」
「いつもの、ように?」


 何のことだか見当がつかないと顔を向ければ、わたしを叱ってばかりの懐かしい声とともに、甘い口づけが降ってくる。



「――ああ。君はひどいひとだ! うつつでは楽しませてあげようと話してあげたことを忘れ、夢だと言って与えられる快楽に打ちひしがれて腑抜けているかと思えば肝心なところで拒む。そんな暇があるのなら……とっとと思いだして戻ってこい!」
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