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chapter,5 (6)
しおりを挟む「どうしましたか」
「刑事さん、気づいてないんですか」
「何を」
上城は応接室を見渡し、両肩を下ろす。こんな場所で一人一人話を聞いていても、意味はないだろうと彼は苦笑する。なぜなら。
「あれ」
そう、上城が指さしたのは手のひら大の灰色の機械。盗聴器。
平井はにっこり微笑む。気づくも何も、彼が設置したのだから。
「気にしないで大丈夫ですよ。そちらの目的がはっきりしていますから」
「賢季さんですか」
「ものわかりがよくて助かります」
上城夏澄の一人息子、上城春咲。鈴代財閥の将来に関わるであろう重大人物の息子が、まさか次期財閥当主と恋仲に陥っているとは事件が発生するまで誰も知らなかったのだろう。平井は運命の皮肉を感じながら、頭のいい少年の意見を請う。
「あえて鈴代泉観に近づいた理由を教えてもらおうか」
「は」
「しらばっくれても無駄だよ。呪われた人殺しの魔女に惚れた愚者とあえて呼ばれることを甘受した理由は何だい?」
「……見当違いですよ」
むすっとした声で、上城は応える。その反応を見て、怒らせたかなと平井は苦笑する。
「俺は親父と関係ない。好きになった女の子がたまたま次期財閥当主だっただけだと……何度言ったらわかるんですか」
「たまたま、なんだね」
平井の言い方が、あまりにもわざとらしかったので、上城は不機嫌そうに問い返す。
「そういう刑事さんこそ、スズシロを疑ってないのですか」
「人殺しの魔女、って証言ならいくつか取れているよ。勿論、本人も」
自分が人殺しの魔女であることに相違はないと、口にしている。
「嘘だ」
「本当だよ。さっき、本人がそう言った。自分こそが、呪われた人殺しの魔女だと」
「嘘だ」
「彼女は自分を責めていたよ。呪われた人殺しの魔女という名称を手にした人間として、この事件が起こったことを、元凶を」
まるで、一連の事件の犯人は鈴代であると言い切るような平井の態度に、上城は「嘘だ」としか言えなくなる。
信じていたのに、鈴代が自ら犯行を自供するなんて……そんなことが。
黙りこんでしまった上城を見て、平井は言い過ぎたかなと顔をしかめる。彼女が口にした人殺しの魔女という意味を、上城は履き違えている。彼女は、殺人を犯していない。犯したのは……
「上城くん。なぜ、彼女がそう言ったかわかるかい?」
「え」
茫然自失状態の上城に、優しく、平井が尋ねる。それは、刑事である彼が口にしてはいけない、個人的な心境。
「鈴代泉観が人を殺したとは思えない。それは俺だって思うさ。上城くんは本当に彼女のことを大切にしているんだな。そして言わずもがな、彼女も……」
黙っていた上城が、頬を上気させる。それは、人殺しの魔女と追い詰められている彼女に差し出された温かい光のようだ。
平井は、上城に呟く。盗聴器の向こうに聞こえるか聞こえないか微妙な大きさで。もし、賢季が聞いていたら、どんな反応を示すか見ものだなと平井は意地悪く考える。
「人殺しの魔女に惑わされるな」
上城は、ハッとしたように、平井の言った意味を受け止める。
呪われた人殺しの魔女。人殺しの魔女。
「まさか」
「そのまさかが可能性なんだ」
鈴代泉観は、自らを呪われた人殺しの魔女と口にした。だが、人殺しの魔女だとは言っていない。こんな矛盾があるのか。
上城は盗聴器に聞かせないよう、あえて白い紙に文字を綴る。
「スズシロは……『呪われた人殺しの魔女だと自分で言った』のか?」
「そうだ」
「つまり、『人殺しの魔女ではない』わけだ」
上城は理解する。鈴代は人殺しの魔女ではない。呪われた人殺しの魔女であると。
「俺の言いたいことがわかったか」
「はい。要するに『人殺しの魔女は別にいる』ってことですよね」
上城の丸文字を見て、平井は笑う。
「そのとおり。俺は『人殺しの魔女を探している』んだ、『呪われた人殺しの魔女』じゃなくてね」
呪われた人殺しの魔女と自らを認めた鈴代。人殺しの魔女は別にいると示唆した平井。
「彼女は自分を責めているが、まだ誰も殺していないよ」
なぜ、鈴代が自分のことを呪われた人殺しの魔女だと認めるのか。それが上城にはまだ理解できない。呪われているとすれば、それは誰によるものなのか突き止めなければならない。そして、呪われていない人殺しの魔女を探さなければならない。
「だから、上城くん」
鈴代を救うために。
「呪いを解くんだろ?」
平井が、鈴代に信頼されている理由は、この背中をぽんと押すような言葉の数々にあるのかもしれないと、上城は感じる。いつの間にか嫉妬心は消えていた。その代わり。
「当然です」
上城の中に芽生えたのは、強い意志。
呪いはまだ、謎に包まれたまま。だが、上城はしっかりと、頷いた。
彼女を苛む呪いを解くために。
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