Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪

文字の大きさ
31 / 57

chapter,5 (6)

しおりを挟む



「どうしましたか」
「刑事さん、気づいてないんですか」
「何を」

 上城は応接室を見渡し、両肩を下ろす。こんな場所で一人一人話を聞いていても、意味はないだろうと彼は苦笑する。なぜなら。

「あれ」

 そう、上城が指さしたのは手のひら大の灰色の機械。盗聴器。
 平井はにっこり微笑む。気づくも何も、彼が設置したのだから。

「気にしないで大丈夫ですよ。そちらの目的がはっきりしていますから」
「賢季さんですか」
「ものわかりがよくて助かります」

 上城夏澄の一人息子、上城春咲。鈴代財閥の将来に関わるであろう重大人物の息子が、まさか次期財閥当主と恋仲に陥っているとは事件が発生するまで誰も知らなかったのだろう。平井は運命の皮肉を感じながら、頭のいい少年の意見を請う。

「あえて鈴代泉観に近づいた理由を教えてもらおうか」
「は」
「しらばっくれても無駄だよ。呪われた人殺しの魔女に惚れた愚者とあえて呼ばれることを甘受した理由は何だい?」
「……見当違いですよ」

 むすっとした声で、上城は応える。その反応を見て、怒らせたかなと平井は苦笑する。

「俺は親父と関係ない。好きになった女の子がたまたま次期財閥当主だっただけだと……何度言ったらわかるんですか」
「たまたま、なんだね」

 平井の言い方が、あまりにもわざとらしかったので、上城は不機嫌そうに問い返す。

「そういう刑事さんこそ、スズシロを疑ってないのですか」
「人殺しの魔女、って証言ならいくつか取れているよ。勿論、本人も」

 自分が人殺しの魔女であることに相違はないと、口にしている。

「嘘だ」
「本当だよ。さっき、本人がそう言った。自分こそが、呪われた人殺しの魔女だと」
「嘘だ」
「彼女は自分を責めていたよ。呪われた人殺しの魔女という名称を手にした人間として、この事件が起こったことを、元凶を」

 まるで、一連の事件の犯人は鈴代であると言い切るような平井の態度に、上城は「嘘だ」としか言えなくなる。
 信じていたのに、鈴代が自ら犯行を自供するなんて……そんなことが。
 黙りこんでしまった上城を見て、平井は言い過ぎたかなと顔をしかめる。彼女が口にした人殺しの魔女という意味を、上城は履き違えている。彼女は、殺人を犯していない。犯したのは……

「上城くん。なぜ、彼女がそう言ったかわかるかい?」
「え」

 茫然自失状態の上城に、優しく、平井が尋ねる。それは、刑事である彼が口にしてはいけない、個人的な心境。

「鈴代泉観が人を殺したとは思えない。それは俺だって思うさ。上城くんは本当に彼女のことを大切にしているんだな。そして言わずもがな、彼女も……」

 黙っていた上城が、頬を上気させる。それは、人殺しの魔女と追い詰められている彼女に差し出された温かい光のようだ。
 平井は、上城に呟く。盗聴器の向こうに聞こえるか聞こえないか微妙な大きさで。もし、賢季が聞いていたら、どんな反応を示すか見ものだなと平井は意地悪く考える。

「人殺しの魔女に惑わされるな」

 上城は、ハッとしたように、平井の言った意味を受け止める。
 呪われた人殺しの魔女。人殺しの魔女。

「まさか」
「そのまさかが可能性なんだ」

 鈴代泉観は、自らを呪われた人殺しの魔女と口にした。だが、人殺しの魔女だとは言っていない。こんな矛盾があるのか。
 上城は盗聴器に聞かせないよう、あえて白い紙に文字を綴る。

「スズシロは……『呪われた人殺しの魔女だと自分で言った』のか?」
「そうだ」
「つまり、『人殺しの魔女ではない』わけだ」

 上城は理解する。鈴代は人殺しの魔女ではない。呪われた人殺しの魔女であると。

「俺の言いたいことがわかったか」
「はい。要するに『人殺しの魔女は別にいる』ってことですよね」

 上城の丸文字を見て、平井は笑う。

「そのとおり。俺は『人殺しの魔女を探している』んだ、『呪われた人殺しの魔女』じゃなくてね」

 呪われた人殺しの魔女と自らを認めた鈴代。人殺しの魔女は別にいると示唆した平井。

「彼女は自分を責めているが、まだ誰も殺していないよ」

 なぜ、鈴代が自分のことを呪われた人殺しの魔女だと認めるのか。それが上城にはまだ理解できない。呪われているとすれば、それは誰によるものなのか突き止めなければならない。そして、呪われていない人殺しの魔女を探さなければならない。

「だから、上城くん」

 鈴代を救うために。

「呪いを解くんだろ?」

 平井が、鈴代に信頼されている理由は、この背中をぽんと押すような言葉の数々にあるのかもしれないと、上城は感じる。いつの間にか嫉妬心は消えていた。その代わり。

「当然です」

 上城の中に芽生えたのは、強い意志。
 呪いはまだ、謎に包まれたまま。だが、上城はしっかりと、頷いた。
 彼女を苛む呪いを解くために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちだというのに。 入社して配属一日目。 直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。 中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。 彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。 それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。 「俺が、悪いのか」 人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。 けれど。 「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」 あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。 相手は、妻子持ちなのに。 星谷桐子 22歳 システム開発会社営業事務 中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手 自分の非はちゃんと認める子 頑張り屋さん × 京塚大介 32歳 システム開発会社営業事務 主任 ツンツンあたまで目つき悪い 態度もでかくて人に恐怖を与えがち 5歳の娘にデレデレな愛妻家 いまでも亡くなった妻を愛している 私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...