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chapter,6 (1)
しおりを挟む呪いを受けた魔女の、真実を暴くため。
賢者は聖母をめぐる、破滅への標を開く。
* * *
綺麗な、ひとだと、思う。
「一度だけ、こっそりだけど見たことがあるの。一度だけだけど」
午後九時。
平井に「明日も学校だろ」と言われ、渋々鈴代邸をあとにした豊と上城。メイド服を脱いだ豊は見慣れたグレーのブレザーに着替えている。
上城と帰ることを豊は嫌がっていたが、帰り道が途中まで同じこともあったし、平井に「送ってもらえ」と命令されたこともあって、おとなしく上城の隣を歩いている。抵抗する気力も殺された小堂の遺体を直に見てしまったせいか、今はない。むしろ、早くこの不安をどうにかしたいと、豊は自分のわかっていることを、愚者と言いつけた彼に、話していた。
「鈴代泉観の母親だって言われて、思わず納得した……でも」
その中の一つが、鈴代の母親、紗枝のこと。
「でも?」
「怖かった」
豊は、小声で呟く。自分の部屋に閉じこもったままの紗枝の姿を垣間見た感想を。
「それは、スズシロ……いや、呪われた人殺しの魔女の母親だから怖いってこと?」
真顔で上城に問われて、豊は咄嗟に首を横に振る。
「違う。違うの……そういうわけ、じゃあなくて」
歯切れの悪い回答。なんだか豊らしくないなぁと上城は困惑する。鈴代を憎んでいた豊が呪われた人殺しの魔女の母親を恐れる理由として妥当だと思った選択肢を、彼女が自ら否定したのだ。それ以外の理由を、上城は推測できない。
そんな上城をよそに、豊は口を開く。
「……彼女が幽閉同然に自室に留められている理由を、あんたは知らないでしょ?」
初めて鈴代邸に入った日に、母親は病気を患っているから今は一室に閉じこもっているという話を聞いただけの上城は、素直に声を上げる。
「病気じゃないのか? あんまり詳しく聞かなかったから何の病気かは知らないけど」
「病気、ね。確かに、奥様は病気よ。それも、関係していないわけじゃないわ。でも、本当の理由があるの。もっと物騒で厄介な理由。それを知ってしまったら、いくら綺麗な人だと思っても、怖くて近寄れない」
ぶるっ、と身体を震わせた豊を見て、上城は低い声で確認する。
「心の病気か」
「知ってるの」
「……そんな気がしただけ」
物騒で厄介な理由。上城は鈴代から聞いた自室にひきこもっているという紗枝の話、小堂の死体が発見されて関係者が集った際に耳にした、メイドが紗枝の部屋に鍵をかけたというまるで罪人のような処置、豊が見た紗枝の客観的な印象を元に、何の病気なのかを考え、口にする。
それが図星だというのは、豊の顔でわかる。彼女はなんでも顔に出るタイプなんだろう、喜怒哀楽そして秘密でさえも。
上城が、見た目以上に鋭い人間であることを目の当たりにした豊は、賢季が警戒していた相手が彼であることを思い知る。
だから。
豊は誰にも言うなと賢季に言われたことを、零す。
「鈴代紗枝は」
賢季に対する小さな意地悪だと、承知で。
「未遂に終わったけど……夫と、無理心中を起こしたことが、あるの」
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